伊吹文明ら国会議員団は、“譲位”纂殺の「4・30」を廃止しない、不敬・不忠きわめる“非・国民”集団──今上陛下に「お前は廃帝!」と宣告する“安倍晋三の大逆”「退位」を糾弾せず、「奉祝感謝4・10」の“国民目隠し工作”

筑波大学名誉教授  中 川 八 洋

(本稿は、2018年11月27日付けの新聞報道を読み、衆議院議員・伊吹文明氏にお手紙を認め公開書簡にしようと考えたのが執筆の動機である。が、公開書簡の文体は、一般読者が読みにくくなる難点があるため、一般的な論考に変更した。ただ、この場合、伊吹文明氏にとっては無礼千万な表現が多くなり、伊吹文明氏にはご不快な思いをさせると思うと気が重い。観音菩薩のように優しい伊吹文明氏の寛恕を乞う次第である。敬称についても、本稿では省略しており、この非礼もなにとぞ平にご海容をお願いしたい)。

第一節 4・10を、「《4・30廃止!》を求める国会議員総決起大会」に変更せよ!

 上記の新聞報道によると、超党派の国会議員連盟が、民間の「天皇陛下御在位30周年奉祝委員会」と合同で、「4・10奉祝感謝の集い」を催すという。民間団体の会長が日本商工会議所会頭・三村明夫。国会議員連盟の会長が伊吹文明。実際の主催者は日本会議。

 この「奉祝感謝の集い」は、来る4月が普段の4月ならば、基本的には歓迎してもいい集会だし、問題にすべきことはない。が、天皇制廃止の共産革命に他ならない「4・30」が迫る直前の、「4・10御在位30周年奉祝感謝の集い」は、明らかに祖国叛逆と皇統護持破壊の犯意に立脚している。天皇制廃止の極左革命「4・30」を、国民の目から“隠蔽するための国民目晦まし煙幕集会”だからだ。

 背後に“過激コミュニスト群”菅義偉/山本信一郎/内閣法制局の天皇制度憎悪が蠢いている「4・10奉祝感謝の集い」とは、「《430廃止!》を求める国会議員総決起大会」に直ちに変更をしないならば、断固、粉砕されねばならない。共産革命支援の有害集会だからである。

 しかも、今般の「4・10奉祝感謝の集い」では、国会議員諸君は票を狙ってただ雁首を並べるだけ。民間企業は寄附を嫌々ながら出すだけ。金太りするのは「日本会議」。「日本会議」は、皇室の威厳を傷つけ陛下の権威・名誉を毀損し皇統の悠久を破壊するのをどこ吹く風と、畏れ多くも今上陛下をダシに不敬な金集めをする第二の目的もあって、有害無益はなはだしい狂騒集会を企画した。

 これほどに有害な皇統断絶促進集会に協力するのは、伊吹文明ら現在の日本の国会議員が、無学無教養を越える知的愚鈍化・劣化がひどく、国家の枢要な政治になると、ほとんど無知蒙昧だからである。端的に言えば、伊吹文明ら自民党国会議員たちは、人間以下になったと慨嘆せざるを得ない。現実にも、アヒルや豚並みの知力しかない。

知的愚鈍化・劣化がひどい伊吹文明ら数百名の自民党国会議員の頭は、アヒルや豚より悪い?

 これは誹謗しているのではない。客観的な事実を述べているだけで、誇張も存在しない。現に、伊吹文明ら国会議員で、2017年6月に成立した「退位」特例法第一条が、譲位の禁止と受禅の禁止を定めていると気づき驚愕し騒いだ者は一人もいない。自分たちが立法する法律も読まない/読めないのが、日本の国会議員の退廃しきった現状の実態である。この事実一つでも、伊吹文明ら自民党の国会議員が「知的愚鈍化・劣化がひどく、国家の枢要な政治になるとアヒルやブタ並みで、ほとんど無知蒙昧の痴呆」は、真実の中の真実。

 もう一つ、例示する。2017年12月1日、安倍晋三は、唐突に、皇室会議に「退位4月30日、即位5月1日」と、退位と即位の分離を提案し、幼児のごとくに自画自賛して「了承された」とはしゃぐ有様。退位と即位の日を分離することは、空位を意図的に創ることだから、ほんの一部の日本人は「空位をなぜ創った」と怒った。しかし、伊吹文明よ、「数百名もいる自民党国会議員団の中で、この異様な分離を重大視した者が居たのか否か」を自問したらどうか。一人もいないではないか。

 一日の空位創りは百年の空位創りの先例になる。この分離は、天皇制廃止を狂信し爆走していなければ決して発想されず、万が一にも日本国の政策には成りえない。だが、脳内空洞の伊吹文明ら日本の国会議員集団は、この「退位-即位分離」の異様さに気づくことができない。伊吹文明を筆頭に、自民党の国会議員とは全員、脳内に腐ったイワシの頭を入れたアヒルやブタ以下が人間の顔をしているだけなのが実証された。私は、ジョージ・オーウェル『動物農場』の光景を喚起しているのでない。文学的修辞が苦手な私は、科学の生物学上のアヒルやブタを言及している。

 しかも、この「4・30-5・1」分離は、空位の問題よりもっと恐ろしい、凶暴な共産革命運動。なぜなら、この分離により、今上陛下は皇位継承を純度百%で禁止され剥奪される。「4・30」の式典では、今上陛下が皇太子に皇位を譲位することを、“凶悪な反・天皇制度感情”を普段は隠している民族系厚化粧の安倍晋三が完全に剥奪した。「4・30」には、譲位は、匂いもないし煙ほども存在しない。

 「4・30」で譲位が厳格に禁止され存在しない以上、「5・1」の新天皇陛下(皇太子殿下)は、今上陛下から剣璽を承継されることを必然的に禁止される。今上陛下の剣璽は、「4・30」にいったん安倍晋三の人民政府の所管に移り、「5・1」に安倍晋三の人民政府から新天皇陛下に下賜される。このことは、2018年2月20日付けの、菅義偉(安倍晋三代理)「式典準備委員会」の配布資料に明記されている。即ち、「4・30-5・1分離」は、「譲位-受禅の皇位継承」の全面廃止を明瞭かつ確実に実行するために考案された、非暴力の共産革命である。

 皇位継承は、「崩御→践祚」の方式か、「譲位→受禅」方式の二つしかない。これは、世界の王制でも普遍的だし、日本でも神武天皇以来かたくなに守られてきた。が、この世襲の原理に基づく皇位継承を全面的に廃止することを安倍晋三は決定した。

 そして、スターリン崇拝の大量殺人快楽症だった“血塗られたコミュニスト”安倍晋太郎のDNAを継ぐ、“隠れ共産主義者”安倍晋三は、「皇位は、人民政府が、御代ごとに恣意的選択で決定する」を法制化した。ブッシュ政権のコンドリーサ・ライス国務長官はかつて、安倍晋三を「傲岸な、ならず者rogue」と喝破し口も利かなかった。

 その通りで、ごろつきが本性の安倍晋三は、心底では「俺様は、天皇より偉いのだぞ。天皇は、俺様の命令通りに動けばいい」を信条としている。例えば、天皇の大権である元号制定権に従い、新元号は新天皇にしか制定できない。だが、安倍は今上陛下に「お前が新天皇の代りだ。俺様の言う通り、新元号の政令に御名御璽しろ!」と、4月1日に強要する。

 伊吹文明よ、これらが嘘だと思うなら、退位特例法第一条を、一度でいいから、ちゃんと読んだらどうだ。法律が読めないアホ馬鹿を越えたスーパー劣化人間が立法機関の国会の議員になっているのが日本。いったい日本とは正常な国家なのか。もう一つ。伊吹文明よ、今上陛下をなぶり者にするのが狙いの人民法廷「4・30」を強行する安倍晋三の第二の理由を知っているのか。

 「4・30」の第一理由・目的は、(今上から新帝への)譲位と剣璽渡御を禁止すること。第二の理由・目的は、無礼千万にも今上陛下に「無事に老齢定年退職ができます。日本国の社長様の安倍晋三首相に御礼の挨拶を申し上げます」と、安倍晋三に対して感謝を捧げさせるのが目的である。嘘だと思うなら、2018年2月20日付けの菅義偉官房長官の書いた公式文書(4月3日に閣議決定)に、そう明記されているから、読んだらどうだ。

 関係文書を何一つ読まない上に、屈辱に耐えておられる今上陛下のご無念とご心痛に思いを致すこともないのが、伊吹文明を初め自民党国会議員の全員である。譲位をご希望された陛下のためにも、天皇制度の皇位継承を古来からの“法”に従い断固として護持せねばと、眦を決している真正の愛国者など、伊吹文明を初め自民党国会議員には一人もいない。

今上陛下の臨御拒否(ボイコット)か、安倍晋三の「廃止」決定かのいずれかしかない、「4・30」阻止

 天皇制度を護持すべく、世襲の原理に基づく皇位継承を絶対に護持しようと、正常な日本人なら誰しも考える。そして、世襲の原理に基づく皇位継承は、今上陛下の在位中に行われる場合が「譲位→受禅」。その中核は、今上陛下から皇太子への直接の剣璽承継であるのは言うまでもない。

 だが安倍晋三は、今上陛下を嘲笑する目的で設けた狂気の「4・30」式典を廃止し、正しく「5・1」に今上陛下の譲位と剣璽渡御をしようとはしないだろう。ならば、伊吹文明が率いる自民党国会議員団が、安倍晋三の総理官邸に押しかけ大声をあげて、「4・30を中止しろ!」「5・1に譲位・受禅と剣璽渡御を行え!」と迫るほかない。特に、伊吹文明がまだ真正の日本人であり、健全なこれまでの自民党国会議員ならば、必ずそうするはず。

 だが、「4・30中止!」を絶叫しない伊吹文明とは、日本国民であることを止め、日本列島に棲息する生物学的ヒトに成り下がった。ヒトであるなら、アヒルやブタと同列とみなしても、誹謗ではない。科学の生物学において至当な学術的定義である。

 しかも、伊吹文明ら自民党国会議員は、「4・30」廃止運動をしないだけでない。あろうことか、「4・30」の直前に、「4・10奉祝感謝の集い」をする。「在位三十年記念式典」は2月24日に政府主催で挙行済みだから、この後に、屋上屋を重ねる「4・10」の必要などどこにもない。

 なぜ「日本会議」は、こんな馬鹿げたことを企画したのだろうか。一部の良識ある国民の中に巻き起こる「4・30廃止」の叫びや運動を妨害するのを狙ったのは、瀝然としている。「4・10奉祝感謝の集い」をすれば、同じ時期に展開される群小の「4・30を廃止せよ!」運動など、ぶっ飛んでしまう。現に、「4・30」に批判的な国会議員は一人残らず「4・10」に糾合されてしまった。

 日本会議のメンバーで「4・30」を非難する少数者も、この「4・10」に動員され、「4・30批難/反対」運動の芽とチャンスとが徹底的に潰されている。天皇制廃止の決定的な基盤を作る「4・30」を強行するため、共産党員・菅義偉や「日本会議」会長であるロシアKGB対日工作員・田久保忠衛らが謀議しての“世紀の策謀”が「4・10奉祝感謝の集い」なのだ。薬害エイズ運動で「共産党員以上の共産党員」の凱歌をあげた櫻井よし子が、この「4・30反対つぶし」でも大いなる暗躍力を発揮しているという。噂では、櫻井よし子と共産党員・菅義偉の接触頻度は昨年から急坂右肩上がりだという。

 櫻井よし子はまた、皇后陛下の失声症という危害を加えた皇族傷害罪テロリストHと、異常な昵懇関係。櫻井よし子の本心が天皇制度憎悪狂であることに疑う余地など一㍉もない。

「特例法の全面改正」「5・1に譲位/剣璽渡御」「5・1譲位パレード」「十連休廃止」が正しい“感謝”

 そもそも伊吹文明ら自民党国会議員は、皇位を譲位される今上陛下に何をなすべきかという本質を思考することができない。一言で言えば、常識すら完全ゼロだと言うこと。三歳の童子に等しい白痴のレベルが伊吹文明である。今上陛下に対して国民がなすべきことは、次の二つのみ。

 第一は、次御代の新天皇への忠誠を誓い、今上陛下の次御代への御心労に幾分でも安らぎを捧げる事。第二は、今上陛下への感謝は、皇居から高輪の上皇御所への譲位パレードを挙行し、沿道に日本中から今上陛下に感謝している国民に拝礼や手を振る機会を与えること。おそらく数百万人が全国から参集するだろう。この譲位パレード禁止を公言する安倍晋三の噓八百の屁理屈は、「高輪御所の修理が未完成だから」。だが、これは理由にならない。

 具体的に言えば、5月1日の午後、二時間ほどかけた譲位パレードの後、両陛下は高輪プリンスでお休みになり、夕方の日暮れた頃、皇居に猛スピードで還幸されればよいのである。が、「両陛下と国民とのお別れの機会なんか絶対に設けないぞ」が、安倍晋三の確固たる方針。安倍晋三は、今上陛下に「廃帝!」のレッテルを貼って、嘲笑し恥をかかせるのが楽しく、この「4・30」をデッチあげた。だから、安倍にとって譲位パレードをすることは、折角の「4・30」が台無しになるから、譲位パレードに絶対反対。また、密かに天皇制廃止を目指す“共産党の別動隊”「日本会議」は、菅義偉とは一心同体。「4・30反対」の動きを虱潰しに潰している。

 絶対に挙行すべき御代替わりパレードには、譲位パレード/即位パレード/立太子パレードの三つがある。この三つは、国民との関係において決して欠かしてはならない。

 序に言うと、国民との関係で行うパレードではないが、皇居・宮殿の儀場と御所の間での剣璽渡御パレードは、原則的には行わなければならない。これが中断された理由は、明治天皇/大正天皇/昭和天皇の三代にわたり、即位の大礼が京都・紫宸殿で挙行され、皇居内・御所との距離が遠すぎた物理的理由による。新天皇の御所と践祚儀場が近接している今は、復活が検討されるべきだろう。

表1;決して軽んじてはならない御代替わり儀式パレード

 話を、愚鈍と劣化のジェットコースターに乗って、すべての知も精神も空洞・空無となった、伊吹文明ら自民党国会議員団の問題に、戻すとしよう。伊吹文明らは、この譲位パレードの絶対挙行を安倍晋三に強硬に申し入れるだけではなく、上述した「4・30」の完全廃止も、総理官邸に毎日押しかけて申し入れしなければならない。また、上述した、緊急を要している退位特例法第一条の全面削除的改正は、国会議員の一斉蜂起で可能である。特例法改正については、拙著『徳仁新天皇陛下は、最期の天皇』第一章で論じている。それを拳々服膺されたい。

 さて、これまで論じていない問題に、訳のわからぬ「十連休」問題がある。5月1日の休日化は当然である。しかし、「4・30」は廃止すべきものだから、この休日はありえない。また、5月2日の休日もあり得ない。つまり、「十連休」法を「5月1日のみ休日とする」に改正すべきである。特に、安倍晋三が理由なき「十連休」を断行したのは、これによって“天皇制廃止の大犯罪”「4・30」を十連休の中に埋没させ隠すためである。伊吹文明よ、この事実を、しかと肝に銘じて欲しい。

 もう一つ、元号は、新天皇の御名御璽での詔書渙発が絶対。少なくとも、5月1日発表は、政府つまり安倍晋三が厳に遵守しなければならない事。伊吹文明よ、天皇制廃止や天皇侮辱に狂奔する安倍晋三に対し、反・皇位継承を糺して正・皇位継承を挙行させるに、このようにやるべきことが一杯ある。有害無益な「4・10」なんぞ、直ちにぶっ壊して断じてやらないのが常識で、国会議員の職責。真面な自民党国会議員なら必ずそうする。日本国民なら、こんなイロハ行動、必ず自覚する。

第二節 「国家」「日本」が消失し、アヒルや豚と変らぬ知能劣化の日本の国会議員

 伊吹文明は、自民党国会議員の中では、社会常識もマナーも(国政以外の)教養もトップクラス。このため、理想の国会議員と目されてきた。次回の総選挙で引退した後、伊吹文明レベルの国会議員不在に、多くの後輩議員は気付き、きっと惜しまれる事だろう。

 そんな国会議員でも、「4・30」が、今上陛下を揶揄嘲笑する「天皇制廃止に向かう人民法廷」だと喝破できない。つまり、日本の国会議員は、国政については全くの白痴に成り下がった。国防も外交も皇統護持も領土奪還も、日本国の亡国100%の新生児数大激減問題も、国政の主要課題だが、国会議員はこれらには究極の無知蒙昧になった。

 国政への無気力(アパシー)と無関心ばかりが、自民党国会議員の頭の中で踊りまくるようになった。彼らには選挙しか頭になく、国政がサッパリの愚昧と劣化という病気の悪化を放置してきた。国会議員の選挙機械(サイボーグ)化である。選挙とは選挙のこと。国政とは異次元の別物。選挙サイボーグには、国政を思考する機能が無化されている。

バークのブリストル演説も読まない/知らない、日本の国会議員の無学無教養ぶりは底なし沼

 エドマンド・バークのブリストル演説は、英国や米国では、国会議員に成りたい大学生の間では必読される。バークは、初めて国会議員になったのは、1774年(45歳、当時では極めて遅い)。その選挙区が当時ロンドンに次ぐ第二の都市ブリストル市であった。

 バークは、当選にあたって、自分に投票した支持者に向かって、「あなた方の要望などに耳を傾けることはしない」「国会議員として自分の頭脳を最高レベルに維持し国政に邁進するに、大いなる障害になるからだ」と次のように言い、実際にもそれから六年近く、選挙区に一度も帰らなかった。当時の有権者は高学歴かつ富裕層。日本の今に喩えれば、東大などの旧七帝大卒で年間500万円以上の税金を支払った者に限られ、いわば伊吹文明レベルだけが選挙権を持つ有権者だった。

「国会議員の囚われない見解、国会議員の慎重な判断、国会議員の啓発された良心は、有権者のために、その他の人や党派の人々のために、犠牲にされることが絶対にあってはならない」

「国会議員の見解/判断/良心は、神からの信託に他ならない。従って、この見解/判断/良心を(有権者の要望によって)乱用することに対し、国会議員は深い責任を負わねばならない」

 簡単に言えば、国会議員が地元の支持層/後援会の有権者と会話することは、国会議員の見解/判断/良心を腐らせる、とバークは言い放ったのである。バークは、次のように続けた。

「国会議員が、自分の判断力と良心の最も明白な確信に反してまで、必ず(地元の支持有権者に)盲目的盲従的に追従しなければならないというがごとき、権威的指図/委任の行使なるものは、我が国の憲法秩序と精神全体の完全な取り違えから生じた誤解に他ならない」(以上は、注)。

(注)バーク『アメリカ論 ブリストル演説』、みすず書房、91~4頁。

 社会常識・マナー・教養の三拍子が揃った富裕層しか有権者になれない1774年においてすら、国会議員バークは、国政に集中するに、これらの有権者と接触・会話すれば、自分の知性が劣化し、自分の判断力が曲がると恐れたのである。ならば、普通選挙法により、大衆が政治の前面に出て投票をもって政治家の当選・落選を左右する1920年代以降、このような大衆と会話するならば、国会議員は頭が腐るどころではない。

 国会議員は、腐ったリンゴが木から落ちたかのように、頭が腐って落ちた“脳なし頭部なしの畸形人間”にならざるを得ない、ということ。現在、日本の国会議員は一人残らず、この“脳なし頭部なし”になったが、国政にスーパー無知で要望だけしかしない大衆と、毎週末に接触し会話するからである。当然、これら大衆と同レベルに思考は劣化し、政治家として究極の無知蒙昧に自己改造する螺旋階段を落下していくほかない。全ての自民党国会議員の知力も精神も、今やアヒルやブタと変わらぬ所まで劣化した。大衆の無知蒙昧が病原菌として政治家の脳内を腐食し尽したからである。

過去が無く未来が無く、自己の欲求を権利だと叫び、義務意識もない大衆を放置する国家は滅ぶ

 日本ではいつしか、共産党系の人民民主主義の革命理論が、選挙を含め政治の世界を律する根本原理的なドグマになった。すなわち、「民意」絶対視の狂説が神格化してしまった。ために、国家と自由が生存するに不可欠な、大衆の暴走に対する規制やそのような思想がさも「悪」として排斥される。一方、日本とは逆に、英国やフランスなどでは、エリート階層に生まれたトップ学生が大衆規制を真剣に考える光景にしばしば出会う。

 日本でも、1930年代の大衆の狂騒が牽引した一億日本人皆殺し(=一億玉砕)の大東亜戦争の狂気の愚行を反省して、(今では考えられない古き良き時代の)「保守」が多数だった1950~60年代、大衆規制を考える(大学教授ではない)知識層がかなりいた。すでに相当な年配の彼らが、フランス語のオルテガ『大衆の叛逆』を原書で読んでいるのに、中高校生の頃、何度か遭遇した。

 私は、多少遅れて1970年代、白水社の翻訳で読んだ。ベルジャーエフやドーソンを手にした時のような大興奮はなかったが、それなりの感銘を受けた。天皇制廃止の共産革命「4・30」に気づかない、伊吹文明ら自民党国会議員団の無知と無気力に出会った昨年11月末、ふと思い出したのが、このオルテガ『大衆の叛逆』(1930年)だった。

 国会議員とは元来は政治エリートである。しかし日本の国会議員は、選挙優先の日常の中で大衆に過剰に接触し会話し、自ら愚鈍化と劣化の道に滑り落ちて這い上がろうともしない、矯正不能な最低の大衆に成り下がっている。忘我の熱狂をもって知識/宗教心/智慧/道徳/国家/慣習を欠如し喪失した大衆が、日本を絶滅に至らしめるレベルで、際限のない福祉を要求し続けるのに、日本の国会議員はそれを規制し対抗するのではなく、ひたすら迎合し、大衆以上に「知識/宗教心/智慧/道徳/国家/慣習」が欠如し喪失した政治に狂奔している。

 特に、大衆に特有な無知と狂気は、「現在は過去の産物。過去に生きることが、現在に生きる事をもたらし、未來への羅針盤と海図を手にすることができる」との、過去の偉大への尊敬が無いどころか、過去そのものがない事にある。まさに、大衆とは、現在を喰らい尽くす、今の瞬間だけがすべての刹那的昆虫の変態に過ぎない。そして、国政という政治を預かる国会議員もまた、選挙がすべてで、今の瞬間だけに生きる家畜アヒルやブタの変態に過ぎない。

 昆虫やアヒルやブタの跳梁跋扈が、日本国の永続にとって有害なのは、自明。それ以上に、致命的な破壊力を発揮する。だから、大衆と大衆化した国会議員をどう排斥的に規制するかは、日本国にとって喫緊の死活問題。が、本稿ではこの問題を掘り下げるのは場違い。別の機会に譲るとしよう。

(注) 『大衆の叛逆』は、『オルテガ著作集 第二巻』、白水社、に収録されている。

天皇制度の奉戴は過去の奉戴。過去が日本国の未来を照らし、日本国の永続の基盤を形成する。

 天皇制度とは神武天皇の即位からでも既に二千年を優に超える。皇祖神の天照大神からすれば、二千二百年以上の歴史を経ていよう。天皇制度の絶対護持が日本国民の“運命の義務”なのは、天皇制度そのものの偉大な価値を護持する事が日本国を裨益するからである。が、これは二番目の事由。実は、筆頭理由ではない。

 天皇制度の奉戴とは、過去の奉戴である。過去を尊敬し過去を未来に維持せんとする民族の精神が、日本国と日本民族の永続の基盤を形成するからである。拙著『徳仁新天皇陛下は、最後の天皇』の冒頭で、ポール・クローデルの著作から一文を引用したが、彼が天皇制度と日本国の永続とが不可分の一心同体であるのを洞察していたからだ。

 本稿が、譲位・受禅を禁止し皇位継承の“法”を破壊する「4・30」を糾弾するのは、皇位継承こそが天皇制度の生命であることにおいて譲位・受禅が絶対に維持されねばならないからだが、そればかりではない。過去の産物である譲位・受禅の皇位継承法の伝統=過去に固執し継続させんとする民族精神が、日本国自体の未来への永続の生命源になるからである。

 伊吹文明ら自民党国会議員団の“天皇制廃止のスプリングボード”「4・30」への無関心・無気力も、この過去に関わる原理原則を反面教師的に証明している。なぜなら、日本は国家として、2050年前後には確実に滅ぶ。“21世紀世界の奇観”日本国の滅亡は、世界の笑いものとして、人類が永遠に語り継ぐものになるだろう。だが、アパシーに頭と人格を犯された伊吹文明ら自民党国会議員団は、日本滅亡の最大の原因である新生児数の大激減に何らの関心もない。

 日本の産業構造も住・交通関連のインフラも、年250万人~300万人が誕生するのを予定した人口構成で完成されている。が、2018年の新生児数は、92万1千人(『朝日新聞』2018年12月22日付け)。この数字は、日本のある年の「外国人、自国人」構成が、「外国人160万人~210万人、日本人92万人」に確度100%で確実になる事を意味する。

 これは、次のような社会の到来である。(「日本人の警官は禁止する」が立法されているから)警官の全員はシナ人/朝鮮人/ロシア人。だから、日本人婦女子に対するレイプは罪にしない。日本の神社仏閣はすべて盗難に遭い、荒廃ではなく一つ残らず廃墟になっている。日本人家屋への侵入盗難も罪にはならない。現在の一千数百兆円の借金は、日本人だけに返済義務を負わせ、外国人は免除。

 優秀な日本人は海外に逃亡するから、日本列島に残っている日本人はレベルが低く、侵入・移住の外国人に対する対処能力はゼロ。そして、日本人にはすべて断種や子宮切除が強制される可能性は高い。2100年に日本列島に住んでいる日本人は、ゲットーに集められた老人を中心に数百万人か。この問題は、いずれ詳細に数学的に計算して発表する予定。本稿ではここで割愛。

 さて、話を、日本国の根幹的な国政すべてに無気力・無関心・無知を極めてアヒルやブタの頭になった伊吹文明ら自民党国会議員団に戻す。伊吹文明ら自民党国会議員団は、日本が「『外国人160万人~210万人、日本人92万人』に確度100%で確実になる」事態について、何か憂慮したり、対策を講じたことがあるか。全く無し。同様に、伊吹文明ら自民党国会議員団は、天皇制度の完全死滅を確定する“譲位禁止”「4・30」を憂慮したり、その廃止を主張したことはあるか。全く無し。

 このように、譲位・受禅の皇位継承法という過去に拘らない日本人とは、日本国の未来に起きる事態を決して憂慮しない(思考できない)日本人と完全同一である。オルテガが定義する通り、過去と未来の欠如は「大衆人」の特性で、刹那の選挙のみに生きる「大衆人」と化した国会議員は必ず、過去を忘却し未来を無視する。重度の過去喪失症で強度の未來盲目症の罹患者が、伊吹文明ら日本の国会議員たちである。

 一言で言えば、「4・30」に目くじらを立ててその廃止を主張しない日本人は必ず、日本国の“絶望の亡国”と次代の日本人子孫の阿鼻叫喚の地獄とを、せせら笑いながら期待している。

 このサイコパス(異常人格者)の右代表が“国家不在、日本喪失”の狂気を放つ安倍晋三と、“日本人皆殺しのカルト宗教”大東亜戦争肯定論を信奉し心底で日本人「地球放浪 ディアスポラ」化を祈祷する「日本会議」である。安倍晋三を支持し「日本会議」に全面協力する伊吹文明とは、この一味である以上、意識せざる無意識において日本国と天皇制度を呪詛する“悪魔の叛逆者”の一人だと断定しても、客観的事実の範疇に括れるだろう。                

(2018年12月30日記)

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