南樺太と沿海州に包囲された北海道をロシアに侵攻させるべく、安倍晋三は「択捉島の軍事基地化」に全面協力──ロシア満洲侵攻の軍用鉄道づくりが目的だった「服部・辻のノモンハン戦争」

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筑波大学名誉教授   中 川 八 洋

(本稿は、三時間ノンストップ「6月2日ゼミ」の、最後15分間の討議部分レジュメを兼ねています)

 1930年代、ドイツで、ラジオから流れるヒトラーの対外プロパガンダ語「平和(=ドイツは戦争を欲しない)」乱発を聞き、かなりのドイツ人は、ヒトラーは「戦争による対外膨張をする」を決意している、その逆さの表現だと正しく喝破した。ために彼らは、ベルサイユ条約の桎梏から解放されるぞと熱狂した。

 一方、ヒトラーの対国内プロパガンダ「ドイツ千年王国」に、“悪魔の思想”「ドイツの廃墟」「ドイツ国の地球からの抹殺」が秘められていると透視していたドイツ人は、ハイデカーやニーチェの妹を除き、果たしてどのくらいいたのだろうか。ハイデカーは“悪魔の思想”「ドイツの廃墟」に感動してナチ党員になった。ニーチェの妹も、廃墟主義の兄ニーチェの代替をヒトラーに観想した。

 私の知る限りだが、存命中のヒトラーを批判・非難は、マイネッケやヤスパースにしてもその全体主義体制・自由圧搾に対してである。「ドイツを廃墟にしたい」「ユダヤ人殺戮実験を適用拡大して、ドイツ人も民族丸ごとゼロにしたい」など、ヒトラーが狂気の廃墟主義者であると、ドイツ人が認識したのは1944年秋以降が最初。しかも、ヒトラーの側近達に限られていた。

 ヒトラーのアドバルーン「ドイツ千年王国」は、“悪魔の思想”「ドイツの廃墟」「ドイツ国の地球からの抹殺」の代替語だったとの論文は数多いけれど、それらは戦後の研究である。ヒトラーの自殺以前に、日記その他でそれを書き残したドイツ人は、私の知る限り皆無である。

平泉澄流“右翼擬装”を継ぐ安倍晋三「戦後レジーム脱却」は“日本国の死滅”を狙う

 “純血のドイツ人”という血を「神」と崇めるヒトラーの革命アジェンダ本『我が闘争』を読んでも、第二のナチ経典『二十世紀の神話』(ローゼンベルグ著)を読んでも、ヒトラーに潜む“悪魔の思想”「ドイツの廃墟」「ドイツ国の地球からの抹殺」は看取されえない。ドイツ人が一人もいない荒涼たる廃墟のドイツを理想郷(ユートピア)としたヒトラーの狂気・廃墟主義は、画家を希望した十代に描いた絵を観れば一目瞭然だが、ウィーンに投げ捨てていたそのようなものは、1930年代ドイツには存在しない。

 この歴史事実は、他山の石として、日本は教訓としなければならない。“純血のドイツ人”の血を「神」と崇め、「純血のドイツ人からなる千年王国を創る」という大法螺が、ドイツ人が一人も生きていない“荒涼たるドイツ”願望の裏返し表現、つまり壮大に反転する転倒語だったことを。

 日本でも、「大東亜共栄圏」「東亜新秩序」「五族協和」「満蒙は日本の生命線」「八紘一宇」など、180度逆に反転させた転倒語が1930年代、暴風のように日本国中を覆っていた。それぞれの原意は、「東南アジアを含めて東アジアを共産体制にする」「東アジアに、スターリンの下で一糸乱れぬ共産体制の秩序を創る」「在満洲の日本人婦女子を支那人にレイプさせ殺させる」「満洲と内蒙古の全てを、スターリンに献上する」「全世界を共産化し、共産主義者となった全人類が連帯する」。それらこそ1930年代に蔓延った日本の共産主義者たちが創作した、国民騙しの“悪魔のスローガン”だった。

1945年8月、大東亜戦争の大敗北とともに、“悪魔の転倒語”「大東亜共栄圏」「東亜新秩序」「五族協和」「満蒙は日本の生命線」「八紘一宇」は、風船が破裂したように、瓦解した。この瞬間、七千万人日本人は、これら国民騙しの“赤いスローガン”が真赤な嘘だったと怒った。が、時すでに遅し。正常な政治には決してスローガンやキャッチ・フレーズがない。政治家の甘言やムード言説──具体的な事例での説明を決してしない──は、すべて国民騙しの“赤いスローガン”と考えて間違うことはない。とすれば、政治権力や人気がある政治家が嘯くスローガンは必ず“悪魔のハーメルンの笛”だと喝破できない国民にも、一半の責任が問われてしかるべきだろう。

 現に、安倍晋三の「戦後レジームの脱却」も、意味がまったく逆の転倒語で、国民騙しの赤いスローガン。このことは、今ではすっかり明らかになった。「戦後レジームの脱却」といえば、その最たるものは憲法第九条第二項「前項の目的を達成するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権はこれを認めない」の削除。だが、安倍晋三は、この第九条第二項を現行GHQ憲法のままにする、すなわち「戦後レジームの永久固定」をすると宣言した。つまり、安倍晋三は、GHQ憲法の絶対堅持や戦後レジームの固定をもって、逆さにも「憲法改正」だと嘯いている。詐言を乱発する“天性の大嘘つき”安倍晋三は、ヒトラーと遜色なし。

 “大嘘つきのデマゴーグ”安倍晋三の転倒語は、昭和天皇暗殺に全知全能を賭けた“悪魔の皇国史観”平泉澄にも似ている。四文字「皇国史観」が醸し出すニュアンスは、右翼的なファナティシズム。が、平泉澄はスターリン崇拝狂で過激な暴力主義マルクス・レーニン主義者。つまり、「皇国史観」は、スターリン崇拝の過激マルクス・レーニン主義をカムフラージュする“擬装の転倒語”だった。

ロシアの「満洲侵攻」蒙古巨大基地造りが目的の「ノモンハン戦争+日ソ中立条約」

 戦後日本は、すでに丸七十四年間が経つが、大東亜戦争を隠蔽することに徹して、決して真実を暴こうとはしなかった。ミクロ的な分析では若干名の良心的な史家はいたが、トータルな大東亜戦争の真実暴きは、結局、私一人しかいなかった。愛国者の(現代史)歴史学者を欠く日本が、未来を喪失するのは不可避。

 特に、①エリート大佐/中佐で終戦を迎えた旧陸軍の共産主義者(凶悪ロスケ)たちが、超寛容な東京裁判から免責にされたため、大東亜戦争の戦史は彼らの独占となり(注1)、これが②共産党支配の学界における最重要史実「大東亜戦争とは、スターリンの命令による戦争」を完全隠蔽し、また「ロシア工作員の日本人の正体をすべてカムフラージュし、逆に英雄美化せよ」を徹底遂行する基盤となった。さらに、③大手出版社がロシアKGBと共産党の二重細胞により支配されている構造とが相まって、この②は、100点満点に完遂された。このため、大東亜戦争の真実も真相も、闇に密封され、現代日本人は“自国歴史を喪失したアパシー野蛮人”(経済活動だけは文明人)に成り果てた。

 そればかりか、④民族系潜入の“「反日・極左」デマゴーグ軍団”西尾幹二・中西輝政・藤岡信勝らが、歴史ノンフィクション作家の半藤一利らと(表では対立しているかの演技をしつつ、実態的には完璧に)共謀して、大東亜戦争の真相暴きを徹底的に妨害した(注2)。ブレジネフ書記長が日本に流布撒布した“ロシアKGBが造語した阿片語”「東京裁判史観!」を吸った日本人は、“マタ・ハリ(ストリッパー)の再来”櫻井よし子を理想像に、自ら「愛国」酒酔い演技に踊る「反日」北朝鮮人になった。

 以下、正しいノモンハン戦争の歴史を復習するのは、一般の日本人が、“櫻井よし子的な、「愛国」酒酔い演技に踊る北朝鮮人”自己改造から覚醒・脱却し、真正日本人に戻る第一歩に必要だからである。

 1939年夏のノモンハン戦争について、それから七十年がすでに経つのに、執拗にロシアKGBが“KGB直営新聞”産経新聞社ほかを通じて、虚報を流させ続けている。理由は単純明快。プーチンのロシアが、この真実が暴かれれば、次代における日本列島への軍事侵攻・占領が困難になると考えるからである。ノモンハン戦争は全てスターリンが作戦計画を立て、関東軍の服部卓四郎と辻政信らに命令した戦争。ロシアの対日侵略を円滑にするための、“日ロ合作の八百長戦争”だった。

 ノモンハン戦争の第一目的は、満洲の全土占領を目論むスターリンが、シベリア鉄道のボルジャから、興安嶺山脈の西側麓に近いタムスクまでの軍用鉄道の敷設完備(図1、注3)、ならびに満洲侵攻の予行演習であった。

 ノモンハン戦争の第二目的は、「ソ連軍は強い」という嘘先入観を日本陸軍内に流布撒布すること。実際に、陸軍内部でかつては大声だった「主敵はロシアだ!」は、ノモンハン戦争を境に、劇的にか細くなった。「嘘先入観《ソ連軍は強い》」づくりには、日本軍の将兵が壊滅的に死傷する必要がある。それには、日本陸軍が展開する戦場が“低地の墓場”で、ソヴィエト・ロシア側が高地の安全地帯に展開する様な戦場が最適。たまたまノモンハン・ハルハ河の湿地・砂地地帯がぴったりだった。ここではソ連軍側は、夜間の砲弾盲撃ちでも日本軍に甚大な被害を与え、家畜のごとくに屠殺できる。実際に日本軍将兵2万人が、服部・辻の計画通り、豚や牛以下に屠殺された。「ソヴィエト・ロシア側の死者は数百人」が本当の数字だろう。

 しかも、ここは関東軍測量部が「モンゴル領」と確定していた領域。モンゴル側は「日本に侵略された」と怒り「反日」となり、それまでの反ロシアから親ロシアに国論が一変し、「ボルジャ→タムスク」の対日侵攻の軍用鉄道建設に全面協力した。1939年秋から1941年秋までの第一期「ボルジャ→チョイバルサン」(約400㎞、現在も運行)、1942年春から1944年秋までの第二期「チョイバルサン→タムスク」(約400km、遺跡として遺る)がスターリンの命令通り完成した。

 この鉄道敷設は、日本側(忠誠日本人の対ロ諜報員)に気づかれたが、陸軍参謀本部や関東軍・総参謀本部に所属する日本人ロシア「対日」工作員のエリート作戦参謀たちが握りつぶす屁理屈として、日ソ中立条約を万能薬として活用した。実際にも日ソ中立条約を錦の御旗に、これらの鉄道敷設情況を調べ「ロシアの大軍が近く満洲に雪崩れ込む」との諜報担当の真面目な陸軍将校の機密上申を、「日ソ中立条約があるから、ロシアはそんなことはしないよ」と握り潰す口実にした。日ソ中立条約は、当時の日本国民の愛国心やロシア軍事動向に鋭敏な真面目な「愛国」陸軍軍人を葬り去る万能麻薬として大活躍したのである。

「択捉島のロシア領」化は、「モンゴル東部の満洲侵攻主力基地化」のそっくり再現

 さて、問題の核心。かつて「ノモンハン戦争+日ソ中立条約」は、ロシアの対満洲侵略占領の軍事侵攻準備を円滑に進める“日本をして眠らせる麻薬”で“満洲完全軍事包囲網の完成”だった。安倍晋三の日露平和条約締結と国後島・択捉島の対ロ献上は、この愚行の歴史をそっくり再現する。

 すなわち、ロシア人として育てられた“空前絶後の日本憎悪狂(=日本国の死滅狂)”安倍晋三は、日本国民を騙すべく、次の三目的をプーチンと六年間も謀議してきたのである。

1、安倍晋三は、“日本の固有の領土”国後・択捉島をロシアの対日侵略の前線軍事基地にすべく、それらを「ロシアの昔からの固有の領土だった」と再定義してあげた。

 このために安倍晋三は、日本政府の文書から「国後・択捉島は日本固有の領土」「国後・択捉島は日本国に帰属する」「国後・択捉島は、ロシアに不法占拠中」を削れ、と命令した。固有の領土、日本に帰属、不法占拠、という国際条理で1951年以来支持されてきた三正語が、“巨悪な犯罪総理”安倍晋三によって抹殺されたのである。

 また2月7日、安倍晋三は北方領奪還大会で、元島民に対し、永年のシュプレヒコール「四島を返せ!」を口に出すな!と命令した。これも「北方領土は昔からロシア領である」の世界への発信であった。安倍晋三は、「ロシアのプーチン皇帝様から、7%の歯舞・色丹島だけを恵んで頂く」という形の条約を締結する。なお、北方領土の面積は約五千㎢。千葉県と同じ。安倍は、「千葉県の93%を韓国に提供する」のと全く同じ売国行動に爆走している。

 安倍晋三ほどの“空前絶後の「反日」人士”は日本史上に存在しない。常日頃、「愛国」を鉦や太鼓でうち鳴らす、産経新聞や日本会議はなぜダンマリの沈黙に徹し、安倍晋三を静かに熱烈支持するのか。産経新聞がロシアKGBの直轄新聞でないなら、決してあり得まい。“共産党の別動隊”日本会議が、これまたロシアKGBの協賛団体でなければ、決してあり得まい。

2、この国後・択捉島の巨大軍事基地化を推進すべく、安倍晋三は、日本国民の税金を使って、日本に両島の経済開発の最大限の経済協力をさせる。レーニンがチチェーリン外務大臣に語ったごとく、安倍晋三とは自国の首を絞める(ロシアに侵略される、亡国する)縄を編んでロシアにもってくる“役に立つ白痴”の典型。

3、日本人を対ロ油断の麻薬中毒に浸らせる秘薬として日ロ平和条約を締結し、これにより北海道・東北・北陸を無防備情況に追い込み、「ロシア様に日本を無血占領レベルで侵略して頂く」。これが安倍晋三の、意識していようと(witting)、無意識であろうと(unwitting)、唯一の本心。

 以上の、安倍晋三の本心は、歴史に範を求めれば、GRU工作員の服部卓四郎/辻政信のノモンハン戦争をそっくり再現している。また、近衛文麿と松岡洋右による日ソ中立条約締結という“狂気の暗愚”をそっくり再現している。このことは、図2と図3をみれば、一目瞭然ではないか。

図2;「ノモンハン戦争+日ソ中立条約」が招いた、1945年8月のロシア満洲全土占領

図3;「国後・択捉島のタムスク巨大軍事基地」化に全面協力して、プーチンの北海道・東北・北陸侵略プランに欣喜雀躍の安倍晋三

 要は、安倍晋三は、プーチンと領土奪還交渉など全くしていなかった。安倍晋三は、プーチンと共謀し、出来るだけ早い近未来に、ロシアが対日侵略を円滑実行できるよう“擬装”「領土交渉」をしていたのである。

「安倍晋三は“近衛文麿のクローン”」&「安倍晋三は“松岡洋右のクローン”」

表1;関東軍を牛耳るロシアGRU工作員たち

表2;心底では“スーパー反日”が猛炎の、松岡の日ソ中立条約/安倍の日ロ平和条約

1、戦史叢書『関東軍1』は、“ミクロで見れば事実の堆積、マクロでいえば真赤な嘘”が基調。その執筆人や監修人がことごとくロシア対日工作員の元将校たち。当然に、ノモンハン戦争の真実隠しの政府公刊戦史にならざるを得ない。

2、産経新聞「教科書をつくる会」は全員、“幸徳秋水系のアナーキスト、北朝鮮人、共産党派遣の赤モグラ、ロシア対日工作員”。共産党やロシアKGBと犯罪的共犯関係を持つのが産経新聞。このことは、今上陛下が皇太子であられた2009~13年、八木秀次が公然共産党員の保阪正康/山折哲雄と組んで皇太子殿下への罵詈讒謗と廃太子キャンペーンした事実でも証明されている。

3、『朝日新聞』2014年7月8日付け。『朝日新聞』2015年6月11日付け(朝刊、夕刊)、『朝日新聞』同年8月11日付け。朝日新聞は、タムスク?の軍用鉄道の巨大操作場の大きな空撮写真も報道した。私のファイルにそれが欠けて無い。日付が分からない。御存じの方は教えて下さい。

(5月18日記)

「特別ゼミ」事務局長の追記

 前々稿の「開催通知書」で書き忘れていたことがありました。中川先生のこの「レジュメ追加補足第二」に便乗させて頂きます。「○ 当ゼミにおいては、本名の使用は厳禁です。ゼミ参加名簿は、むろん作成しません」。本件は、ゼミ参加者名を中川先生にも原則秘匿していますから当たり前のことですが、念のため。

吉田寿太郎

(参考)       「ノモンハン戦争」の文献リスト

軍事史(軍事史作品として両書は二流以下。が、「ノ戦」を軍事史に昇格させた点を評価)

1、ゴールドマン『ノモンハン 1939』、みすず書房。

2、岩城成幸『ノモンハン事件の虚像と実像』、彩流社。(備考)文献解題の著作ともいえる。

諜報謀略史

1、黒宮広昭『The Mystery of Nomonhan,1939』,Journal of Slavic Military Studies,2011年1月16日号。これは、ノモンハン戦争研究の白眉。最優秀作品賞です。

戦史

1、クックス『ノモンハン』、朝日文庫。

2、牛島康充『ノモンハン全戦史』、自然と科学社。

3、秦郁彦『明と暗のノモンハン戦史』、PHP研究所。

4、戦史叢書『関東軍1』、朝雲新聞社。  備考;上記三冊と異なり、過剰な隠蔽の情報操作が露骨。

戦史に関連する回想記 備考;1と2は良書。この三冊以外の回想記や戦記物はほぼ悪書。

1、三田真弘編(実態は第7師団第26連隊)『ノモンハンの死闘』、北海タイムス、1965年。

2、『陸軍中将 土居明夫伝』、原書房、1980年。

3、『昭和史の天皇』第25~9巻、読売新聞社。

外交史関連の回想記等

1、北川四郎『ノモンハン』、中公文庫、原著は1979年で徳間書店。

2、外務省欧亜局第1課『日ソ交渉史』、巖南堂書店、1942年。

トンデモ「歴史改竄」毒書

1、辻政信『ノモンハン』、亜東書房、1950年。

2、扇廣『私評ノモンハン』、芙蓉書房出版。

3、田中克彦『ノモンハン・ハルハ河戦争』、原書房。共産党員の田中克彦はロシア「対日」工作員。ロシアがノモンハン戦争の真実隠しに今も躍起である事実と対日偽情報工作手法を分析する視点で読めば価値あり。

歴史小説

1、五味川純平『ノモンハン』、文春文庫。ソ連に依頼されて書いたのではなく、満洲でのソ連軍侵攻時の“反日”関東軍への怒りと怨恨から書いたようだ。が、共産党員に同情や共鳴は禁物。

2、半藤一利『ノモンハンの夏』、文春文庫。  備考;半藤も、五味川に負けない過激な共産党員。

3、須見新一郎・第26連隊長/大佐が主人公の、司馬遼太郎『ノモンハン』があったはず。司馬は執筆準備の途次、“悪魔的ロスケ”瀬島龍三と対談。この対談に須見が怒って、協力を拒否。司馬は、この非協力で、執筆を断念。須見の判断が正しかったか否かについて、私は思案中。なぜなら、ノモンハン戦争を、私や黒宮のレベルで正しく喝破していた陸軍軍人は須見一人しか生存していなかった。その須見の回想が消えたことは残念。だが、瀬島龍三が司馬遼太郎の歴史小説『ノモンハン』をズタズタにロシア側に改竄しようとしていたのも事実。

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