“真赤な嘘”「アイヌ語地名」の大量捏造・垂れ流しは、歴史事実「侵入(侵略)異民族」を隠蔽・擬装するための組織的な偽情報工作

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筑波大学名誉教授   中 川 八 洋

(本稿は、連載「侵略異民族アイヌの本当の歴史」第11弾)                             

 アイヌ語の地名は北海道を除き、日本のどこにも存在しない。しかも、確かに存在する北海道アイヌ語地名の中ですら、数多くの北方縄文語が含まれているし、七世紀末から1200年頃までの丸五百年以上にわたり、東北から移住してきた者とその子孫の、常時平均六万人の日本人(「擦文期・移住日本人」)がつけた地名も相当数に上る。

 これら原日本人や、現日本人の祖先がつけた地名が、北海道アイヌ人も使う言語となってしまったからと安易にアイヌ語だと決めつけるのは、学問的には許されることではない。前者の北方縄文語をアイヌ語の中から選別するのは言語学的に極めて困難なのは認める。が、後者についてはそうではない。七世紀末~十二世紀の東北日本人の言語つまり日本語(方言)を、アイヌ語の中から選別するのは不可能ではない。政府が相当数の国語学者を投入すれば、ザクザク発見できる。

 即ち、いかがわしい“山師”山田秀三らが蒐集した「北海道アイヌ語地名」の中、アイヌがつけた地名は、三分の一程度なら確かにそうだろう。だが、三分の二は北方縄文語や日本語である可能性の方が高い。とすれば、「北海道アイヌ語地名」についても、いったん白紙にするのが学問である。北方縄文人がつけた北海道地名や、擦文期・移住日本人がつけた北海道地名は、決してアイヌ語地名ではない。この事を日本人はしかと認識されたい。

 だが、混乱を避けるために、本節では、「北海道アイヌ語地名」問題は扱わない。割愛する。

 一方、北海道以外の日本列島に関わる「アイヌ語地名」と称されるものはすべて、真赤な嘘の創作。それなのに、この非在の「アイヌ語地名」が、全国津々浦々にわたり、大量生産工場かに捏造され垂れ流されている。もう一度言う。青森県以南に、アイヌ語地名は、歴史学的に言語学的に、万が一にも存在しない。完全にゼロ。北海道以外の日本列島に存在すると詐言的に捏造されている「アイヌ語地名」という偽情報は、一つ残らず唾棄され、抹消され、洗浄廃棄処分されねばならない。

 そもそもアイヌは東北地方以南に居住したことも往来したことすらない。例外は唯一つ、青森県の津軽海峡沿岸三ヶ所(津軽半島突端、下北半島突端、陸奥湾の南端海岸)に、江戸時代で総計500人弱、鎌倉時代で300人弱、斉明天皇の御代に約100人のアイヌが居住していた事実のみ。しかし、これより南にアイヌは一人も居住したことがない。秋田県のマタギも純日本人で、アイヌとは全く関係ない。

 しかも、アイヌが居住した青森県北端の海岸沿いですら、アイヌ語地名は存在しない。とすれば、青森県北端を除き、青森県以南には万が一にも存在しない不在・不実のアイヌ語地名が、さも存在するかに捏造され続けている現在の日本の情況は、高級ブランド革製品・時計の模造品が大量販売されているのに、これを取り締まるべき官憲が放置している情況と同じ。この節でメスを入れるのは、この問題である。

”真赤な嘘”「アイヌ語地名」は、どう捏造されるか──捏造犯罪者たちの手口を暴く

 1995年、死没著者による異様な怪奇本『東北六県アイヌ語地名辞典』が出版された(注1)。直系親族が「樺太師範教授」と父親の職歴を捏造するだろうか。師範学校には教諭はいても教授はいない。「師範学校教諭」はいるが「師範教授」などという奇天烈な職は捏造。

 ともかく、アイヌ語地名など一つも無い東北六県にアイヌ語地名が辞典にするほど無数に存在するとは、偽書『シオン賢者の議定書』を彷彿とさせる。

 ロシアで捏造され、「ユダヤ人の世界征服陰謀」を煽る偽書『シオン賢者の議定書』は、ナチ・ドイツのヒトラー/ゲッペルスが悪用した嘘宣伝を通じて、ユダヤ人の大量殺人を正当化するバイブルに昇格した。アウシュビッツのユダヤ人虐殺は、『シオン賢者の議定書』とは無関係ではない。「ユダヤ人が全人類を滅ぼし全世界を支配せんとしているから、先制的にユダヤ人を滅亡させて全人類を救うことは正義だ」とのナチとロシアの神話は、『シオン賢者の議定書』を源泉としている。

 「東北六県には、日本人より前にアイヌ人が居住していた」「その証拠が、地名がアイヌ語である」の狂気の嘘話が大量に捏造されるのは、頭が狂った日本人の戯言・虚言癖からではない。ロシアKGBが共産党と共同して立案した、対日侵略を正当化する計画に基づいた侵略準備の一つ。つまり、ロシアの対日侵略に供するための歴史捏造であり言語捏造である。

 ロシアが対日侵略する際には、アイヌと善隣友好条約を締結し、アイヌの同盟国として北海道に侵略する。この時、ついでに東北までロシア領にする。当たり前。このためには、「東北六県も同盟先住民族アイヌの故郷だった」という創作嘘話がロシアに必要。即ち、『東北六県アイヌ語地名辞典』に戦慄しないのは、東北六県の日本人が、日本国民ではすでになく、いや人間であることすら止め、アヒルやブタと同類の家畜に成り下がっているからだ。自分の子孫たちが確実にロシア兵に殺されレイプされ餓死させられるジェノサイドの現実を想像・想定できない者を人間とは言わない。

 流言飛語的な語呂合わせ“狂書”『東北六県アイヌ語地名辞典』を、そのほんの一部だが紹介。

1、青森県

(1)青森(市);「アイヌ語アウモイAw-moyの宛て字」「《叉になっている湾》の意味」(9頁)。←アホくさ。青森湾の海岸は、叉になっていない。

(2)三内;「アイヌ語サンナイSan-nay=《降りてくる川》の宛て字。鹿が降りてくるという意味」(10頁)。←なぜ、鹿なのか。降りてくるのが猪や人間ではないとどう証明したのか。また、「ナイ」は川か。「苗 なえ」の音韻変化形の可能性の方がもっと高い。弥生時代の日本人にとって、種籾から稲の苗を育てた場所は神聖だった。何らかの祀りがなされていただろう。

(3)奥内;「アイヌ語オッコナイokko-nayの宛て字」「大きさが等しい二つの川が合流して海にそそぐ川の意味」(10頁)。←陸奥湾に面する奥内町には、アイヌが必要とする魚が捕れる川は一つもない。むろん、二本の川が合流している川など一つもない。

(4)八甲田山の酸ヶ湯温泉;「原名はアイヌ語シュケ・ユShuke-yu」「シュケは煮る、ユは硫質泉のことだから、《煮ているように沸騰している硫質泉》の意味」(14頁)←アイヌ語のユは、日本語の「湯」。アイヌは温泉に関心がなく一瞥すらしない。名前を付けることなどあり得ない。シベリアでのアイヌの生活圏には、温泉がなかったようだ。アイヌ語の二割以上が北方縄文語や日本語なのも知らない無学なペテン師らしく、有害きわまる反・学問の“地名ごっこ”をしているだけ。悍ましい。

(5)乗鞍岳;「アイヌ語Noru-i-kuraが、音韻転訛した短縮形。uとiが連続するので、uが脱落してノリクラとなった。ノルは熊の足跡/イは処/クラは熊を獲る仕掛け弓」。つまり、「熊の足跡が有るところに、仕掛け弓を仕掛けたの意味」(14頁)。←アイヌは、熊が出没する山野であれば辺り構わず、毒矢を仕掛ける。それなのになぜ、東北六県の中で乗鞍岳だけに毒矢を仕掛けたのか。しかも、山の名前をこの毒矢でもって付けたのだから、乗鞍岳だけに毒矢を数千本いや数万本は仕掛けたはずだ。はて、アイヌがそうした理由は何か。月の輪熊は、乗鞍岳にしか棲息しなかったらしい。アイヌが一人も住んでいない東北地方にアイヌが何十万人も住んでコタンを営んでいたと妄想する、『東北六県アイヌ語地名辞典』の著者とは、どうやら飛び抜けた気狂いではないのか。

 上記の僅かな例でも、読者は笑い過ぎの笑止で顎が外れただろうと心配する。そこで、簡単な追加コメントをしておきたい。追加コメントとは、アイヌが居住したことのない土地にアイヌ語地名などあろうはずもないとの根本(メジャー)批判を補足する、若干のマイナー批判のこと。

アイヌは「川辺の民」で、コタン(集落)は必ず大きな魚が漁撈できる川辺につくる。川が無ければ代りに海岸につくる。アイヌが居住した土地か否かは、アイヌ語「コタン」が川辺か海岸から発見されるか否かで判定される。東北地方にアイヌ語「コタン」の痕跡は、一つも発見されていない。アイヌは、津軽海峡沿岸を除き、東北地方には一人もいなかったからだ。

②アイヌは、山に狩猟をしに行くが、山中に集落を決してつくらない。熊や鹿のいる山は猟場であって居住集落の場所ではない。猟をしなければアイヌは山に入らないし、高山に決して登らない。

③アイヌは風呂に入らないし、温泉にいっさい興味がない。

④4~6世紀のアイヌ人口は二千人がせいぜいである。一方、この時期の東北の人口は、弥生時代から古墳時代に入っているが、二十万人をはるかに超えている。仮に、アイヌが、(ふんだんに鮭が捕れ羆・鹿も捕り放題の)北海道に比すれば食べ物が少なく生きること困難な東北に全人口の半分(=一千人)を南下させたとして、コタンをいくつ営むことができるか。百人単位で一コタンとしても、せいぜいコタンは十ヶが限界。つまり、東北全体で(コタンなしでは形成されることが決しない)アイヌ語地名が十ヶ見つかったというなら尤もらしいが、コタンの存在が絶対のアイヌ語地名が五百も千もあると主張するのだから、「笑止な大法螺でございます」と自ら白状しているようなものだ。

⑤また、仮にアイヌ一千人が東北にいたとしても、人口の0.5%以下の外国人が、99.5%以上を占める日本人の領内で、地名を決定し絶対多数の日本人に採用させることなどありうるのか。それとも、日本人にとりアイヌは、弘法大師様のような、地名を授けて信者から感謝・礼讃される有り難いお方なのか。「アイヌ語地名が東北にある」は、度が過ぎた狂説奇論の極み。

 即ち、上記①~⑤の初歩知見にすら極めつけの無知を晒す『東北六県アイヌ語地名辞典』は、凶悪ペテン師しか書けないトンデモ偽書。そう断定し断固として排撃しない日本人とは、正常性が一欠けらも無いか、日本人でないからである。つまるところ、この問題は、まずもって、この断定・排撃をしないアイヌ「学者」をどう扱うかになる。千葉大学のアイヌ語学者・中川裕の沈黙は、要注意?

 学者・研究者以前の“職業的法螺吹き”瀬川拓郎ならいざ知らず、さも歴史学者であるかにふるまう榎森進や海保嶺夫が、これらアイヌ語地名“狂”ペテン師集団に対する糾弾・排撃を一切しない問題は、看過してよい矮小な問題ではない。榎森や海保は共産党の革命運動家であり通常の学者ではないにしても、アイヌ語地名“狂”ペテン師集団に対する糾弾・排撃義務から逃亡している事実は、両名が間接的共犯関係にあるのを裏付けていよう。

2、岩手県

 さて、『東北六県アイヌ語地名辞典』の、青森県以外はどうであろうか。抱腹絶倒の煽動・洗脳に長けた有害漫画性は相変わらず。

(1)大船渡市;「アイヌ語のオプナトO-pu-na-to。オは「川口」、プは「堆積する」、ナは「水」、トは「そこに」だから、“川口に、水が集積する、そこに”=”津波が起こり易い”の意」(70頁)。ここは良港で、”大きな船(大船)が着く(渡ってくる)港湾”からつけられた地名なのは自明すぎよう。また大船渡市は、川口ではない。それに「堆積」を、別の意味になる「集積」に摩り替えるダーティさは噴飯物。また「川口に水が集積する」なら津波ではなく、洪水ではないか。

(2)大船渡市盛町;「大船渡港頭の町。アイヌ語サカリSak-a-ririの下略である。波が全くないという意味。ここは波静かなところだからである」(70頁)。私は思わず吹きだして嗤った。盛町は、港頭ではなく大船渡港から奥まった陸地に在って、海はないから波もいない。「波がないのに波静か」とはいったい何だ。また、大船渡が津波に襲われ易いなら、この盛町も津波に一飲みされて水没する。それがどうして「波静か」なのか。『東北六県アイヌ語地名辞典』の著者は現地調査を全くせず、妄想で大嘘を膨らます手口。また、郷土史の史料を捜しに捜して、それと比較し真偽判定をする地名由来調査もしていない。“アイヌ語の語呂合わせ”屋は、人を騙すことに執念を賭ける犯罪者的な悪人。

(3)花巻市;「アイヌ語パナヌマキPana-nu-ma-kci。パナは「川下」/ヌは「持つ」/マは「川に続く沼」/ke-iは「処」だから、“川下に持つ沼のところ”の意」(81頁)。意味不明! 「持つ沼」は言葉? それにkciをスリの早業でke-iに摩り替えている。これ、語彙摩り替えという犯罪ではないか。そもそも花巻市は、安倍頼時の時代から旧名を「鳥谷ヶ崎」という。江戸時代、名馬「花の牧」を産する事から、いつしか「花巻」と呼ばれるようになった。アイヌ語語呂合わせごっこをするなら、「鳥谷ヶ崎」でやれ!

3、秋田県

(1)秋田市;「アイヌ語a-ki-taの三音節。aは豊富/kiは油/tは「そこに」だから、“沢山の原油がそこに滲みだしている”の意味」(182頁)。著者が狂った詐言師・犯罪者なのが端的に証明される好例。

①まず、どこにもアイヌ語「滲み出している」は無いのに、それを創作している。

②「秋田」の語源は昔から確定済み。733年、奈良時代の大和朝廷は、秋田市に秋田城を建設するに、土地の人々が「上げ処(と)」と呼ぶ場所を選定した。それは「周辺より高い丘のような場所」の意。秋田城祉を見れば、その通り。が、大和朝廷の高官は東北弁を正確には聞き取れず、「あぎた」と聞き、漢字「秋田」を宛てた。

③日本では、石油を古来から「燃える水」と命名。668年、新潟県柏崎あたりから石油が発見された時、土地の人々は天智天皇に献上すべく、敦賀まで船で、敦賀から近江大津宮までは大行列で石油を運んだ。『日本書紀 下』(岩波書店、369頁)に、「越の国、燃える土(天然アスファルト)燃える水(原油)とをたてまつる」と記録されている。

 新潟県も秋田県も昔は原油のことを、通常は「臭い」の転訛である、「くそうず」と呼び、漢字「草生水」「草生津」を宛てた。秋田市内に「草生津(くそうず)川」があるが、直訳すれば、「原油川」となる。現地調査をしない地名“語源”捏造は、明らかに犯罪。本名「日本一狂助」のペンネーム金田一京助という“稀代のペテン師”言語学者の罪は計り知れない。

(2)雄物川;「アイヌ語オモノOm’onoは、Omu-o-noのuが脱落した短縮形。オムは「塞がる」/oはomaで「そこにある」/noは「十分に」の意」「すなわち、河口は勝平山の崩壊によって塞がり、上流は流木によって塞がったの意味」(182頁)。雄物川の河口も上流も氾濫するが、歴史的に一度として川を塞いだことはない。雄物川の水量と勾配から、物理学的にも「塞がる」こと自体、万が一にも起きない。そもそも秋田市内にある勝平山は、標高52㍍。崖がある岡で、山と言えるかどうか。しかも、一度も崩壊したことはない。崩壊しても、その土量では雄物川を塞げない。

 また、語源は確定済み。“年貢を運ぶ川”という意味で江戸時代に「御貢(おもの)川」や「御物成(おもなり)川」と呼ばれるようになった。明治時代、これを行政官庁が「雄物川」を造語し統一した。

(3)勝平山:「アイヌ語カツピラKatu-pira。カツは顔、ピラは崖。(アイヌは顔の正面真ん中部分には毛がない。このアイヌの正面真ん中部分の)アイヌ顔のように草木が生えていない崖の意」(182頁)。つまり、秋田市の祖先のほとんどが、かつて、この小さな崖にアイヌの顔を連想したとの主張。が、古来から今に至る約一万年以上、誰一人としてアイヌを見た秋田人はいない。このように、東北以南にアイヌ語地名があると詐言する者は気狂いか、orペテン師などの流言飛語の犯罪者か、のどちらか。

(4)太平山(標高1170㍍、旧名オイダラ、霊山);「アイヌ語オ・イ・ユタラの短縮形。oは「そこ」/iは動詞ユタラの主語/yutaraは「伝言する」だから、この霊山にある三吉権現という神が坐しているから、“そこ。三吉権現が神のお告げを告げる”という意味」(183頁)。なんとも絶句する狂言狂論の極み。

①オイダラの「ダラ」が「平」なのは自明。だが、「オイ」の義が諸説あって(たとえば「狼」)、その語源が確定しない。凶悪“狂”ペテン師は、ここに眼をつけた。が、アイヌ知らずの彼は重大なミスを犯している。アイヌは《無神》教徒で「神」が不在。例えば、イオマンテ熊送りで絶叫する「カムイ・モシリ」は「熊の国」という意味で、「神の国」とは訳せない。アイヌが日頃、成獣の羆を「カムイ」と呼ぶ事実は、アイヌ語のイロハ。「カムイ」は、「神」概念を欠くアイヌが日本語「神 カミ」をパクった日本語の転訛。

②当然、アイヌには、「神のお告げ」等の習俗的な宗教概念はいっさいチンプンカンプンで理解不能。一方、この凶悪“狂”ペテン師が指さす「神」は、特定の太平山三吉神社(「三吉権現」ではない)が祀る神だから、アイヌが、673年創建で801年に坂上田村麻呂が戦勝祈願して社殿を建立した大平山三吉神社が祀る“三吉霊神 みよしのおおかみ”がお告げをする神だと強弁・捏造し、この山名、つまり太平山の旧名を命名したと主張していることになる。が、アイヌの神道信者は、二〇世紀の日露戦争で活躍した北風磯吉ただ一人。四世紀から六世紀にかけ、神道に関心を持ち日本人の習俗的宗教「神のお告げ」を理解したアイヌもいないし、アイヌのコタンも、太平山には存在しない。こんな出鱈目が許されるなら、「仏陀もキリストも日本人」が容易くデッチアゲられる。

③シベリア蛮族アイヌは、原日本人の縄文人とも、その子孫たる日本人とも、完全に相異して、アニミズム信仰すら存在しない。即ち、山に神秘性や聖性を観想することをしない。太平山を霊山として仰ぐのは、フランスの詩人ポール・クローデルが感嘆した、日本人が自然に対し懐く霊的感得力や信仰からだが、それは日本人(縄文人)的アニミズム信仰が基底にあって初めて顕現される。

④日本人は、神のお告げが欲しくて神社を建立し御神体を祀っているのではない。祀るべきと感じる精神や観念がもたらす、言葉を越える無私の感情が祀らせるのである。

(5)大館市の比内;「アイヌ語Pit’nayのtが消失した地名で、“頭大の石が堆積している川”の意」(187頁)。そもそもtが消失することなどアイヌ語であるのか。また、アイヌ語piはhiに転訛するのか。この著者は、犯罪者的な捏造師。英語peopleがheopleに転訛しないように、piはhiに転訛しない。←比内は、『日本三代実録』の878年の条に内村とあるのが、史料の初出。和語「ひ」には、決して「ピ」と発音する漢字を宛てない。『六国史』は、当代一流の漢語の達人が全国から集められており、発音の正確さは厳密を越える。鎌倉時代の史書である東鑑(=吾妻鑑)も「肥内 ひない」としており、「ひ」の不変は絶対。「ピ」と発音されたことが万が一にもなかったのがわかる。「火内→肥内→比内」の宛て漢字の変遷からも、「ひ」が厳格に維持されている。宛て漢字「火」を宛てている場所は、おおむね砂鉄が採れ鉄銑生産工場や鍛冶屋が多い地方。未調査だが、比内もそうではないのか。

4、山形県

 読者も、これほど人を食った出鱈目本の内容を読むのに呆れ果て疲れただろう。ここで中断しなければならない。が、あと一つ我慢して読んで欲しい。

(1)山形市内の富神(とかみ)(富神台は新幹線「山形駅」の西方。山はないから、台を山に改竄している)

 流言飛語が目的の語呂合わせ狂人は、こう語る。「山形市内の柏倉の西。毘沙門を祀る富神山(戸上山)。古くは蝦夷がカムイを祀っていたのだろう。トカミはアイヌ語to-kamuy=「湖の神」の義」(243頁)。全て妄想からのスーパー嘘創作。富神台には湖などない。小さな池もない。川もない。が、アイヌ語「湖の神」が語源だという。完全に狂っており、口から出任せで書き捲っている。私が、これを取り上げたのは、上記の「蝦夷がカムイを祀っていた」という一文に重大な問題があるからだ。

①日本語「神」をパクったアイヌ語「カムイ」は、江戸時代の新アイヌ語。恐らく1600年代。それがどうして、『日本書紀』の神武天皇の御代から奥州藤原四代を語る史書までが記載している、「蝦夷」=完璧な日本人と関係があるのか。平均でも一千年間もずれているではないか。

②「蝦夷」はアイヌではなく、純粋な日本人。彼らの文化・文明度は大和朝廷と一㍉も変わらない。租庸調の「税金支払いたくない」が理由だったようだが、大和朝廷への服属拒絶をする、ただそれだけの理由で唐帝国や漢籍の表現ルールに従い、東北の武装日本人を「蝦夷」と名付けた。が、奥州平泉の中尊寺・金色堂など、平安京と並ぶ文明の先端を走っていた日本人に語彙「蝦夷」は不適当だった。ともかく、教養と文明度においてこのように一流日本人であった「蝦夷」が、アイヌのカムイを祀るなどとの戯言は、時空を超える映画「スターウォーズ」の空想でなければあり得ない。

③アイヌは、江戸時代頃より借用語「カムイ」を使い、成獣の羆を見つけると「カムイだ」「カムイだ」と叫んだ。このように、アイヌにとって、「カムイ」は、日本人の「神」とは次元を異にした概念。だから、アイヌは、決して「カムイ」を祀ったことがない。現に、アイヌには祭壇も無いし、寺院・神社・教会のような礼拝の宗教施設もない。毒矢で熊を殺し人間を殺戮するだけの、世界で最も獰猛・残忍な野蛮人がアイヌである。神がなく良心も敬虔もないから、コシャマインのように日本人一万人ほどを無造作に殺戮できる。プーチンもそうだが、無神教徒は恐ろしい。

④「アイヌが神を祀る」などというトンデモ戯言は、嘘八百「ヒトラーは、虫も殺さぬ高野山の高僧ごとき人格者」より悪質な“世紀の偽情報”。この“狂”著者は、鈴木貫太郎首相に「スターリンは西郷隆盛のような人物」を吹き込み洗脳した松谷誠・首相首席秘書官(GRU工作員、ソ連人)と同類のようだ。 

”狂気の反・学問”「語呂合わせアイヌ語地名ごっこ」が、なぜ日本に発生したのか?

 日本でアイヌ語地名ブームが起きたのは、政治的な他意があらわな、全てにイカガワシイ金田一京助論文の「北奥地名考」が、軍事クーデター5・15事件が起きた1932年に発表された以降。この金田一論文の後、金田一の弟子・知里真志保が1956年、『地名アイヌ語小辞典』『アイヌ語入門ー特に地名研究者のためにー』を出版し、アイヌ語地名ブームが本格化した。

 金田一と知里には根本的相違がある。知里は東北以南のアイヌ語地名には、決して同意しなかった。「東北以南にアイヌ語など存在しない」と確信していた常識人だったようだ。が、恩師・金田一のペテン論文「北奥地名考」を批判していない。それでも知里は、表1;「アイヌ語地名」先駆者ワースト三人のうち、他の二人には批判のメスを入れた(注2)。知里には、多少の“学者の良心”があった。

表1;嘘八百「アイヌ語地名」先駆者ワースト三人

 が、売名一路の奇人的な“不審人物”金田一は、学者的な良心とは無縁だった。だから、語呂合わせ遊びの噴飯物にすぎない「北奥地名考」が書ける。これは本人が述懐しているように、地図帳をパラパラ捲り漢字の「内」がつく地名をリストしただけで、地名の語源研究など一秒すらしていない。漢字「内」を初めて習った小学生二年生が興じる漢字遊びと同じレベル。

 漢字「内」を用いる東北地方の地名は、一部は、「和語 うち」に漢字「内」を宛て、この「内 うち」が音読みされ「ない」となったと考えられる。また、「内」の過半は、元は「稲の苗 なえ」ではないのか。「なえ」が「ない」に音韻変化し、これに漢字「内」が宛てられたと考えるべきだろう。

 アイヌ語に「うち」なる語彙はない。アイヌ語「ナイ 川」は、元は北方縄文語と解される。原アイヌ語ではなさそうだ。樺太アイヌは「ナイ」を地名には用いない。北海道南西部のアイヌは、「ナイ」を小さな川の上流に限ってしか用いない。それ以上に、津軽海峡海岸部を除き、アイヌは一人として東北地方にコタンを営んでいないから、アイヌ語地名が東北に生れる余地は一㍉もない。

 そこでトリックスター金田一京助は、奥州藤原四代や安倍頼時ら「奥州の名門武将はことごとくアイヌだった」という、スーパー歴史の偽造をぶち上げた。恥じなきコミュニスト金田一らしい“果てしなき大嘘スパイラル”宣伝術。が、中央政府への服属拒否の「蝦夷」たち、すなわち東北の名門武将や豪族は、漢籍と和歌と仏典に長じ、そのうえ和弓と騎馬戦の達人。松浦武四郎が正確に描いて残した蛮族アイヌの実像とは余りに異次元的で全てに相違している。

 名声を悪用して、反・学問どこ吹く風と“真赤な嘘”「アイヌ語地名」を垂れ流し続けた金田一京助の害毒と大罪は、人類を塗炭の地獄に落とし込んだマルクス『資本論』やルソー『人間不平等起源論』と同種で同罪だと言える。

「アイヌ語地名」捏造本の大量出版は、「アイヌ先住民族」嘘宣伝の某組織が命令か

 バチェラーや金田一を継ぐ「アイヌ語地名」を捏造する本は、今なお出版され続けており、それらの背後には巨大な黒い影が蠢いている。北海道や樺太におけるアイヌ語地名の本も、反日性が漂う以上、警戒を怠る積りはないが、「“非・学問”とは必ずしも言えない」点から、今は大目に見ておく。

 しかし、東北以南に非在・不実の「アイヌ語地名」があるとする、真赤な嘘出版物が垂れ流されている情況を、日本国は断じて放置してはならない。何故なら、このやり方は、共産党が仕組んだ天皇制廃止運動の邪馬台国論争と完全にソックリで同一ではないか。両者とも、露骨な政治運動で歴史事実の大改竄運動だから、その放置は命取りになり、日本亡国の一因となる。

 真赤な嘘「アイヌ先住民族」を捏造し、これを日本人に擦り込む方法として、アイヌは昔から広く日本列島に居住していたとの嘘歴史を大規模撒布することは、実に効果的。最重要な歴史真実「アイヌはシベリアからの侵入異民族である」を抹殺隠蔽する方法として、偽情報「日本列島にはアイヌ語地名がたくさんある=アイヌは昔、日本中に住んでいた」ほど、脳内が空洞の日本人をさらに思考停止に追い込むに効果抜群の麻薬撒布方法は、他には見当たらない。

 『魏志倭人伝』の「邪馬台国(←やまとのくに)」は、大和朝廷が統治する「大和の国」の支那風表記に過ぎない。ニュートン力学や地動説と同じく、「邪馬台=大和」の完全一致は、自明以前。論議無用のはず。それを「やまたいこく」と、わざわざ「と」を「たい」に意図的な間違い読みをして、九州に「大和の国」があるはずだと、意図的に論争の火を数十年の永きに亘って燃やし続けさせた。数百冊以上のエセ歴史本を出版・垂れ流させた。天皇制廃止運動として有効だったからだ。

 実際にも、邪馬台国論争は、「神武天皇から神功皇后までは、その存在が歴史事実として確定できない」との共産党製“真赤な虚構”を正当化する学術的根拠の一つになった。吉川弘文館の『日本史年表・地図』からも、実在明らかな「神武天皇から神功皇后までの十四代以上の歴代天皇」が抹殺・削除されている(5頁)。大それた歴史改竄である。歴史偽造の流布は、恐ろしい結末に到る。

 話を、嘘歴史捏造と撒布を目的とした“虚”「アイヌ語地名」本の大量出版問題に戻す。「アイヌ語地名」を北海道に限定している知里真志保/更科源蔵の二人は、ここではクリティーク対象外。体系的でなく雑駁・無作為的だが、私の書棚にある次の毒書的な有害図書を俎上にあげる。順不同。

a、筒井功『アイヌ語地名と日本列島人が来た道』、河出書房新社、2017年。

b、大友幸男『日本のアイヌ語地名』、三一書房、1997年。

c、菅原進『アイヌ語が語る日本史物語』、ツーワンライフ出版、2016年。

d、小島俊一『岩手のアイヌ語地名』、岩手日報社、1997年。

e、永田良茂『神戸のアイヌ語地名』、友月書房、2015年。

f、柴田和一『アイヌ語地名考 二戸郡・青森県』、文芸社、2020年

g、松本成美『アイヌ語地名と原日本人──先住者の心をたずねて』、現代史出版会、1983年。

h、山田秀三『東北・アイヌ語地名の研究』、草風館、1993年。

i、太宰幸子『みやぎのアイヌ語地名』、河北新報社、2020年

j、西鶴定嘉『東北六県アイヌ語地名辞典』、国書刊行会、1995年。

 これら十冊を一気に読破すると、著者たちのトリックが一瞬に見えてくる。十冊の中、多少とも教養があるのは、『アイヌ語地名の南限を探る』(2020年)という新著もある、aの筒井功(元・共同通信社記者、学歴は本人が秘匿)ぐらい。そこで、aの解剖をさらりと解説する。

①筒井は、“反・歴史”「アイヌ部族は北海道で産まれた」を絶対とする。つまり、「アイヌ部族はシベリア生れ」という最重要な学術的事実を全面否定する。それはまた、卒倒する嘘「北海道人=アイヌ人が南下」(注3、245頁)など、“スーパー極論的虚構”「北海道縄文人はアイヌである」の宣言である。

②この説はまた、狂論「北海道の縄文人はアイヌ人」を前提とする。筒井は、この前提で「続縄文人の主体はアイヌである」とする(244~7頁)。さらに、この前提で、青森県の巨大な三内丸山「縄文遺跡」もアイヌ製かも知れないとする(260~2頁)。まず後者。筒井は、アイヌは三内丸山のような大型建造物の建築技術を持たないことに思考が回らない。三内丸山の縄文人は物差しを用いている。筒井とは、アイヌ音痴/縄文文化無知/思考力欠如の三つが特徴。要するに筒井は、アイヌの実態と現実を一切無視して、妄想でアイヌ虚像を描き、この妄想の連鎖で架空の嘘歴史を弄んでいる。

アイヌは、土器を一切つくらない。土器が一つも出てこないユーカラは、これを傍証している。そればかりか、アイヌは土器をほとんど使用しない。アイヌの生活様式が日本人にもはっきりと分かった江戸時代、アイヌのチセ内にある食器も調理関係道具も、木か鉄ばかり。土器や陶磁器が一つもない。これが現実のアイヌ生活文化なのだ。こんなことも知らない筒井のアイヌ音痴は度外れ。

 青森県から北海道の続縄文土器が出土するのは、当然なのだ。北海道縄文人は、青森県の日本人とほぼ同じ“ほとんど日本人”。両者は数千年に亘り交流している親族的な近親関係にある。“ほとんど日本人”の縄文人が製作生産した縄文土器が、土器を作らない異民族アイヌと何らの関係もないのは、イロハ常識ではないのか。

④要は、筒井は、アイヌとは異質な異民族の北海道縄文人を逆さにもアイヌだと信じている。紀元前二万年前後に旧石器人が沿海州から北海道に移住してきたが、これが原アイヌだと信仰している(18頁)。では土器を作らないアイヌが、どうやって縄文土器を大量生産したのか。筒井の頭は正常か。

⑤筒井は、アイヌの南下は東北地方のある地点でストップするとする(13頁の図)。アイヌは、津軽海峡の北端部分から南には南下していないから、南下論自体が妄想。語源学を破壊尽して、マジック・ショー的な語呂合わせ“アイヌ語地名ごっこ”を根拠とするだけ。その上、歴史学と考古学を転覆している。そんな反・学問、つまり学問サボタージュから、学的根拠や成果は、何一つ生まれない。

 筒井功の本を唖然・憮然と読了した後、一息ついて筒井の主張を一言に纏めてみた。「北海道の先住民族はアイヌのみ」が、筒井のモチーフ。他の有害「アイヌ語地名」本も全く同じ。歴史学的無知・無教養を丸出した上に、アイヌ部族の文化的特性に関しても無知or無知を装い、大法螺話「アイヌは北海道に地底から垂直に湧きだしてきた」「北海道から東北まで、いや九州までコタンを作りまくり、多くの地名を残した」を吹聴するキワモノ本ばかり。

 また、fとiと筒井の新刊『アイヌ語地名の南限を探る』が2020年刊であるように、「アイヌは先住民族」を第一条で定めた「2019年アイヌ誇り尊重推進法」が、これら嘘歴史(偽情報)本の大量垂れ流しを促進している。「2019年アイヌ誇り尊重推進法」は、ロシアKGB(鈴木宗男は日本におけるトップ工作員)と日本共産党(菅義偉は熱烈な党員)の二組織が背後にあって、この二組織が実際の起草者で、実際の立法推進者だった。

 デタラメ語呂合わせ「アイヌ語地名」の大量出版も、全く同じ。その背後ではロシアKGBが操り、日本共産党が煽りに煽っている。「アイヌ語地名」出版物については、警察庁が全国の都道府県警察本部に内偵させ、その背後を確定しておく必要がある。これは、北海道防衛と日本の国家安全保障において、警察の当然の職務だろう。     

                                              注

1、西鶴定嘉『東北六県アイヌ語地名辞典』、国書刊行会。頁数は本文。

2、知里真志保『アイヌ語入門』、北海道出版企画センター、第四章など。

3、筒井功『アイヌ語地名と日本列島人が来た道』、河出書房新社。頁数は本文。

(2021年4月14日記)

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