昭和天皇「処刑」と日本国死滅が信条の林房雄は、“天皇制廃滅の狂本”『神武天皇実在論』で何を狙ったのか──人を欺き誑かしては快感する民族系“偽装”のレーニン教徒・林房雄は、本当にアナーキストに“転向”していたのか

Pocket

筑波大学名誉教授  中 川 八 洋

 マルクス・レーニン主義やポスト・モダンなどの極左宗教を狂信する売国奴たちを別とすれば、日本人とは、一般に哲学・思想が皆目理解できないスーパー哲学音痴が特性の先天的「白痴」民族。ルソーとニーチェを国民挙げて拒絶する米国人と比較すると、日本人は三歳の幼稚園児と同一レベル。ニーチェ思想は、ルソーと並ぶか、それ以上の超極左ドグマ。が、こんな哲学の初歩すら知らないのが、家鴨か豚になって世界随一に“人間としての人格と精神”を喪失した、現在の日本人の常態。

 現に、河上肇のコミンテルン日本支部(日本共産党)の党員だった林房雄が離党届を出し(1932年)、二・二六事件が発生した1936年に作品『プロレタリア作家廃業宣言』を発表したことをもって、「林房雄は保守に転向した」と思い込み歓迎した、日本の無学無教養な民族系クズ人間が何と多いことか。民族系たちが林房雄の作品を読んでいる光景は、道端に転がる腐った鰯の頭に集るハエの大群。

 正常な大人は、転向という言葉を聴けば二つのチェックをする。第一。「擬装転向だろうか、本物の転向だろうか」の見究め。擬装転向者の例に平野義太郎/清水幾太郎/中嶋嶺雄/香山健一など。

 第二。「何に転向したのか」を確定。共産党からの転向者は、ほんの一握りの保守への転向者を除けば、90%はアナーキストに転向する。共産党員から保守に正しく転向した例に、林健太郎/谷沢永一/遠山景久/三田村武夫/俵孝太郎など。つまり、共産党からの転向者90%は、アナーキストという極左から極左への転向。一般通念上の転向ではない。正しくはセクト変更と言うべきもの。

 擬装転向でもない/アナーキストへの転向でもないユニークな転向もある。江藤淳。共産党を離党したのは1960年の安保騒動直後。民族系に転向したが、共産党に戻りたく、相当に葛藤していた。結局、自死しか(彼にとっての)悔恨の転向を解決できなかった。

“幸徳秋水の先駆者”西郷隆盛を崇拝した林房雄は、“ヒトラー型亡国病”アナーキスト

 さて、林房雄。彼は終生、天皇制廃止と「日本国を滅亡させてやれ」の極左反日感情に生きた。この事実は、林房雄の生涯は共産党員時代と寸分も変らなかったことを示す。ただ、共産国日本に革命するのではなく、日本国を地球から滅亡・消滅させる、より過激な革命に路線を変更した。赤いレーニン型革命から黒いフーコー型革命への転向だった。

 林房雄はまた、西郷隆盛を人生の師匠に仰いだ。アナーキスト西郷隆盛とは、“幸徳秋水の先駆者”的イデオロギーの持主だった。だから、大賢帝”明治天皇に叛逆し、日本国を永久戦争で破壊し尽くす(ヴァンダリズムの)西南戦争を実行した。

 林房雄が大東亜戦争を肯定するのは、大東亜戦争が“昭和天皇を処刑し、皇族をすべて廃止し天皇制廃止を戦争目的にしていた”からだ。林房雄は、特高警察からの説得による離党届後、「“戦争気狂い”西郷隆盛→大逆事件の幸徳秋水」の系譜における、天皇に叛旗する正統アナーキストの後継者たらんと、いったんは考えたようだ。

 蛇足。「“戦争気狂い”西郷隆盛→大逆事件の幸徳秋水」につき一言。西郷隆盛とは、ドイツ国すべての廃墟とドイツ人の殺戮を目的として第二次世界大戦を開始したヒトラーに酷似する。同種と言える。ならば、西郷隆盛とは、「東洋の先駆的ヒトラー」と称していい。

 西郷隆盛の狂気「“大賢帝”明治天皇に叛逆し日本国を永久戦争で破壊し尽くす」を喝破したのが、日本史上、屈指の大秀才・大村益次郎。必要性も理由も存在しない有害無益な戊辰戦争をおっぱじめて総指揮する西郷隆盛を、隣で見ていた大村益次郎は、西郷隆盛が長岡城や会津若松城攻略であらわにしたように、「焼き尽くす事/破壊し尽くす事」にしか関心がなく、明治維新後の日本国をどうするかについては1㍉も思考しない異常さに気づいた。明治新政府発足直後、西郷隆盛が明治新政府への叛乱を計画していると見抜けたのは、日本では百年に一人の高いIQをもつ大村益次郎のみ可能な洞察力であろう。

 このところを、史料ではなく、司馬遼太郎の作品『花神』で代用する。『花神』は、史料に沿って正確に記述しており、一般の人には解り易い。テロで重体の大村益次郎は今際の際の1869年、「西郷隆盛の大叛乱に備え、四斤砲をたくさん製造せよ」と遺言した。西南戦争1877年の八年前だった。東京ではなく大阪に砲兵工廠を作ったのも、大村益次郎が西郷隆盛の西南戦争を見据えて、九州への砲や砲弾の輸送の迅速さを考慮したからである(注1)

 なお、戦後日本では極左革命家が西郷隆盛を理想像的人士と仰ぐ事実も、西郷隆盛が極左革命家であるのを傍証していよう。注2。

『大東亜戦争肯定論』はアナーキズム、『神武天皇実在論』はコミュニズム

 以下、林房雄が日本国に残した二大“最凶”悪書『大東亜戦争肯定論』『神武天皇実在論』を解剖する。この二著には、それぞれ表1が示す特徴がある。両書を同一視しない用心深い分析こそ慎慮であって、林房雄の真像に迫真できる。

表1;“スーパー反日極左”林房雄「二大有害図書」の特性

第一節“日本は敗け亡国した、ああ愉快”──『大東亜戦争肯定論』のモチーフ

 『大東亜戦争論』は、新聞広告か何かで知り、渋谷の大盛堂で購入した。1964年当時の私はまだ駒場キャンパス。急いで読まねばと思ったのは、当時は憲法第九条第二項を削除し「国防軍設置」を明記することについて、国民の六割が悲願とした時代。“スーパー対ロ売国奴”安倍晋三のような第二項を残すコミュニストなど自民党にいなかった。1960年代は日本にまだ保守の真面さが残っていた。

 国防軍設置の第九条改正を阻止すべく共産党機関紙・朝日新聞は、「大東亜戦争アジア侵略論」「国防軍設置の九条改正が日本を再び侵略戦争に導く」等、破茶目茶なフェイク・ニュースを大洪水の如く垂れ流していた。私を含め保守陣営は、赤い革命勢力の「大東亜戦争アジア侵略論」キャンペーンをぶっ潰す方法はないものかと思案に暮れていた。1960年代の一般国民は、今の私と同じ保守が過半で、民族系は僅かしかいなかった。

 ただ、タイトルが『大東亜戦争肯定論』と、当時の保守本流(備考)の常識「大東亜戦争否定論」からすれば逆さで何か変だと思ったが、朝日新聞が全面キャンペーンする「大東亜戦争アジア侵略論」を叩き潰す妙案が必ず提示されているはずとワクワクして、私は本屋に走った。が、下宿に帰り読んで愕然。憲法第九条改正など一言もアピールしてなかった。さらに、共産党の天皇制廃止論と同じ、第五章「武装せる天皇制」には心底から仰天した。思わず同書を床に叩きつけたと記憶する。

(備考)戦後日本の保守知識人──竹山道雄/福田恒存/林健太郎/磯田光一/中川八洋──は、「大東亜戦争否定論」者かつ東京裁判支持論者。この五名の外、勝田吉太郎/谷沢永一/栗栖弘臣/曽野明/松原正も同様。大東亜戦争否定と東京裁判支持は“保守”の基本条件。三島由紀夫は民族系であって、保守ではない

 なぜなら、この第五章で林房雄は、私が尊敬する「反共・反露・反ナチ・親英米」の竹山道雄の天皇制論を「反共的天皇制論」と嘲っている(注3、151~4頁)。竹山道雄の『ビルマの竪琴』は大東亜戦争否定論の白眉。私は小学校六年生の時、この映画を観賞し、中学校二年生の頃に固まった私の大東亜戦争否定論形成に強い影響を与えた。

 次。昭和天皇の聖性を護り天皇制度(国体)を維持すべく、マッカーサー元帥/フェラーズ准将/キーナン検事らが、米国における評価や人気の大下落と帰国後の収入減という犠牲を払ってもなお、信念の王制主義(モナーキズム)から「昭和天皇には起訴する訴因すらない」と、無罪以前の不起訴に全力を挙げた。そして東京裁判を、“日本を裁く法廷”ではなく、「昭和天皇には起訴する訴因すらない」を確定させる“昭和天皇を守る”法廷に強引に変更してしまった。日本国民である限り、皇室の永遠を守るのが日本国民に祖先から課せられた高貴なる倫理精神である。この精神の当然の発露として、正しき日本人は、日本の国体を護持してくれた米国のポツダム宣言と東京裁判に感謝を捧げる。

 だが、終生、レーニンを崇拝し続けた(備考)“共産党崩れのアナーキスト”林房雄は、ゴロツキ・ヤクザの本性をあらわに、東京裁判を「世紀の残酷喜劇」(143頁)、「戦争史にも前例のない捕虜虐殺」(155頁)と罵倒する。その人格に倫理も道徳もない林房雄とは、野獣的な「鬼畜米英!」「天皇を殺せ!」の妄念の炎を燃やす、精神が腐りきった共産革命家だった。

(備考)『プロレタリア作家廃業宣言』を発表した1936年の林房雄は、この年、裏ではレーニンの『第三インターナショナル』を翻訳出版していた(白揚社)。林房雄にとり“転向”は売名と売文のビジネスだった。

 林房雄を暗に非難する東京裁判擁護論の磯田光一の論考(注4)は、当時の保守においては、真ん中よりリベラルの見解。一般国民の保守は、もっと直截に東京裁判を支持し東条英機などを許す雰囲気は無かった。「東京裁判に法的正義がない。勝者が敗者を裁いたからだ」等は、この“赤黒”林房雄『大東亜戦争肯定論』から広がった。1983年にロシアKGBが日本国内に大々的に流したロシア製スローガン魔語「東京裁判史観」は、日本人を「反米」に改造する“洗脳麻薬”の偽情報工作だった。

ロシアKGBだけでなく、朝鮮総連も高額で林房雄に発注した『大東亜戦争肯定論』

 大東亜戦争肯定論が『中央公論』誌上に連載される経緯について、1965年の年末だったか、私は自民党国会議員から確かな情報をもらった。「朝鮮総連→笹原金次郎(編集長、北朝鮮人、朝鮮総連の中堅幹部)→利根川裕(編集部員)→林房雄」が依頼ルートである、と。笹原金次郎は1960年、激しく安保反対闘争を行い、デモ参加の北朝鮮人にカートン単位で煙草を差し入れるなど、「在日」の間では有名な人物。また、この依頼の際、現在価額で一千万円程度の金が朝鮮総連から林房雄に渡されたという。ただ、なぜ朝鮮総連が林房雄にこの大著を依頼したのかが、イマイチよくわからない。

 1964年、大東亜戦争肯定論を読んで、「林に依頼したのはロシアKGBだ」「狙いは、ベトナム戦争反対を日本国内に起こすのが目的か」「いや、当時の日本でまだ根強かった(竹山道雄などの)保守知識人層における大東亜戦争否定論をつぶす情報戦だ」などとすぐさま理解した。私以外の誰でもそう思った。ともあれ林房雄は、ロシアと朝鮮総連の二か所から指示されて書いたことになる。

 これと関係あるか否か定かではないが、徳岡孝夫は、三島が自決する二ヶ月前の1970年9月、「林さんはもうダメです」「あの人、右と左から金を貰っちゃった」と執拗に愚痴るのを聞かされたと述懐している(注6)。この徳岡の回想記を読んだ時、三島由紀夫とは小学校三年生の女子児童のような世間知らずで、林房雄が金に汚いのも知らなかったのかと苦笑した。と同時に、徳岡に漏らした三島の愚痴は、『大東亜戦争肯定論』執筆に絡む林房雄の行動と関係があるかも知れないと感じた。

スターリン32年テーゼを密かに信奉する林房雄の本心は、「昭和天皇を絞首刑に!」

 林房雄は「レーニン教徒50%、偽装転向アナーキスト50%」だから、共産党員が半分残っている。江藤淳の「共産党員50%、民族系50%」とかなり似ている。このため林房雄は、「東京裁判が昭和天皇を起訴もしなかった/戦争責任を問い有罪・絞首刑にしなかった。ケシカラン」と怒る共産党と完全一体。だから、林房雄『大東亜戦争肯定論』を読んでいると、ゴリゴリ共産党員の家永三郎『戦争責任』を読んでいるかに錯覚する。林房雄の半分は家永三郎と同一だから、当たり前か。

 林房雄は、無罪となるどころか、それ以前に不起訴となった昭和天皇を呪い、彼特有の転倒語法で「(昭和天皇を絞首刑にしなかった)かかる恥知らずの裁判に対しては、全日本国民とともに叫びたい、《我々は天皇と共に有罪である》」(155頁、丸カッコ内中川)と、昭和天皇は有罪だ(=昭和天皇を絞首刑にしろと絶叫している。林房雄と共産党の公式立場には差異がない。

 林房雄がかくも激しく昭和天皇“憎悪”感情を爆発させる以上、林房雄とは強度の天皇制廃止論者なのは自明以前。当然、林房雄が、神武天皇の実在を一㍉も認めることはあり得ない。林房雄『神武天皇実在論』を額面通りに受け取った者の頭は、アヒルや豚並み。いや、林房雄を信じる演技をして、天皇制廃止を企んでいる。中共「対日」工作員・宮崎正弘は、後者のタイプ(附記1参照)

 このことは、GHQ憲法第一条「天皇は象徴」に対する林房雄の異常な言動にもあらわ。私など正しき保守は、憲法第一条を「天皇は日本国の元首である」に改正せねばと必死だが、林房雄はこれとは反対方向に、「天皇の本質が消えて形骸化したのだから、そんな天皇制は廃止すべきである」と、天皇制廃止の理由に悪用する(148~9頁)。“コミンテルンの犬”林房雄の天皇制廃止の妄執は、共産党員より巧妙で狡猾。そして林は、天皇制廃止のために日本国を死滅させる、日本国死滅教を唱道し祈祷する(171~2頁)

魔語「東亜百年戦争」は、侵略ロシア&“大東亜戦争の主役”スターリン隠蔽のため

 林房雄は「カストロのキューバ共産革命の成功に密かに拍手を送った」(97~8頁)と告白するように、純度100%の共産主義者である。また、林房雄は、ソ連(フルシチョフ)がこのカストロ・キューバに核弾頭付き弾道ミサイルSS4&5を配備したキューバ危機については一言も触れない。札付きのロシアKGB対日工作員だった林房雄にとり、『大東亜戦争肯定論』は、対「日本人」洗脳作戦の手段だった。

 そればかりか、林房雄は土井たか子を凌ぐ、異常な毛沢東礼賛者。毛沢東を現実通りに、ルソー的“反文明狂”共産主義者とせず、民族主義者だと嘘ラベルを張り、欧米列強による数世紀に及ぶ植民地政策の犠牲者「六億人の支那民族」を率いているとか、全世界の華僑が支持しているとか、歯の浮くような嘘を並べ立てる。農民から土地を取り上げ人民公社を強制した毛沢東の「大躍進」で四千万人が餓死したが、林房雄は、この毛沢東の血塗られた残忍非道には目を瞑る。

 狂信的なレーニン教徒・林房雄にとり、“スターリンの息子”毛沢東は賞賛すべき英雄。一方、“自由な支那”を護持せんとした反共の蒋介石は“英米の傀儡”だからと、唾棄的に排撃する(97~9頁)。林房雄とは、かくも露骨な筋金入りの共産主義者。林房雄は、アナーキストにも転向していなかった。

 さて、林房雄がひた隠す“レーニン教徒”という正体を念頭に、「大東亜戦争は、東亜百年戦争の終結だった」とする林房雄の読者騙し語「東亜百年戦争」を考察しよう(23頁)。林房雄は、「日本の東亜百年戦争」と言いながら、日露戦争については一言も言及しない。1945年8月の日ソ中立条約違反の満洲侵略/樺太侵略/国後・択捉・得撫・千島諸島侵略についても一言も語らない。満洲における日本人婦女子25万人に対するレイプ/餓死殺人に関しても一言も語らない。シベリアに105万人の日本人男児を強制連行し、約60万人(105万人-帰還者47万人=58万人)を殺戮したロシアの悪魔の所業についても一言も語らない。

 林房雄は日本人ではないし人間ですらない。林房雄とは、実はロシア人で赤い悪魔。昭和天皇を暗殺して日本の独裁者になろうとした、幻覚と幻聴が日常だった“重度の精神分裂病”北一輝を絶賛し、明治天皇に叛旗を翻した“戦争狂アナーキスト”西郷隆盛に「東亜百年戦争のイデオローグ」を妄想する林房雄は(132頁)、英米に戦争を挑んで敗北・亡国したこと自体が歓喜であり快楽だった。

 林房雄の史観は、レーニン『帝国主義論』の丸写し。だから林房雄は、レーニンに従い、大東亜戦争をアジア共産化の「解放戦争」と捉える(136頁)。また、この世界共産化に日本人を駆り立てるに、日本国が不在の“非・日本国民”西郷隆盛の永久戦争主義ほど役に立つイデオロギーはなく、ここに林房雄は西郷隆盛を神格化するのである。日本国民から国防という現実の国益擁護の常識すら剥奪して、日本人を空中遊泳する夢遊病者に改造するに、カルト宗教「西郷隆盛教」の洗脳力を活用しようと、林房雄は試行していた。

 われわれ健全な日本国民は、国防を「悲壮なる運命」(177頁)などとは考えない。祖先より預かり子孫に相続させていくべき、国家とその領土に対する世襲の義務を自覚して、自らに課せられた義務を、命を捨てても履行するのが民族の正しい行動規範だと考えるからである。陸奥宗光が決断した日清戦争も小村寿太郎が決断した日露戦争も、日本人が日本国民として履行すべき子孫への当然の義務を果たしたもので、この両戦争の実行こそは、倫理道徳にかなう正義であった。

 だが、空無な虚無主義に冒された“人間喪失”の林房雄は、抽象的に「戦争」を狂妄しても、具体的な国防の顕現としての日清戦争とか日露戦争とかを思考することができない。“ホロコースト殺人教団”共産党のカルト宗教「戦争反対!」と同種である。

 だから、林房雄は、奇天烈なことを口走る。「東亜百年戦争は、そもそもの始めから、勝ち目のなかった抵抗である」(194頁)。日清戦争も日露戦争も、“日本の防衛バッファー・ゾーン”朝鮮半島への清国やロシアの侵略を阻止する戦争であって、国内における暴動や圧政への抵抗とは異次元。しかも、嘘つき林房雄の歴史捏造は悪質。「なんという無謀戦争をわれわれ日本は百年間戦ってきたことか!」(194頁)とは、一体いかなる意味か。

 日清戦争では、開戦前の海軍力も陸軍力も、日本の方がかろうじて優位にあった。日清戦争に無謀性はなかった。作戦と戦意が敵に凌駕すれば、勝利の蓋然性は高かった。

 日露戦争は、英米が戦費の半分を拠出し、さらに英国は、ロシア艦隊に遠く喜望峰周りのルートを強いて兵員を疲労困憊させて熱帯病人を続出させたり、日本が対馬海戦で大勝利するよう、イタリアで建造中だった新鋭軍艦が日本に売却されるよう促すなど、同盟国としてあらゆる策を講じた。日清戦争が日本勝利で終わった瞬間、大英帝国は没落の階段を転げ落ちた。日清戦争から得た威海衛に軍港を建設する金がなく、英国は1898年、事実上これを放棄した。ポーツマス講和条約交渉でテオドア・ルーズベルトは、小村寿太郎を助けて、南樺太を日本に割譲させた。

 英米の全面協力において、日本は紙一重で日露戦争に勝利したが、日本は緻密な計画を一歩一歩積み上げ、大東亜戦争のようなハチャメチャ戦争遂行など僅かもしなかった。戦争自体の無謀さと戦争遂行における無謀さを峻別しないのは、林房雄に他意があるからである。

 アジア共産化を目指した大東亜戦争を“無謀な戦争”と称して正しいか。大東亜戦争によって、支那大陸は中国共産党の共産国となり、朝鮮半島も北半分は共産化し、ベトナムも北半分はそうなった。大東亜戦争の目的は完璧に成功しており、「無謀」とは逆の「優等生的な戦争」であった。

 また、天皇制廃止のため昭和天皇を銃殺する機会を窺い、一億日本人皆殺しと日本列島をスターリンに献上するのも戦争目的だった以上、大東亜戦争は祖国反逆の狂気の戦争であった。「祖国叛逆の狂気の戦争」を、決して「無謀な戦争」とは言わない。「祖国叛逆の狂気」を「無謀」にすり替えるのは、林房雄が大東亜戦争の真相を隠蔽し改竄せんとする犯罪意図があるからである。

 8月14日深夜、昭和天皇を「監禁・脅迫」すべく阿南惟幾・陸軍大臣と平泉澄が共謀した宮城クーデターが端的な証拠であるように、大東亜戦争の祖国叛逆性は明白。健全な愛国者なら大東亜戦争を全否定する。それを逆さにして、大東亜戦争を肯定するとは、林房雄はスターリンの犬で、日本国の死滅を祈祷する敵性ロスケだからである。

(参考)“日本亡国教の教祖”林房雄に共鳴する、バタイユ系アナーキスト三島由紀夫

 三島由紀夫は、「アナーキスト80%、保守20%」の“畸形の愛国者”である。三島の『憂国』『英霊の声』は、バタイユ系の“死とエロスの虚無主義(アナーキズム)”に、薄手のレース編み愛国カーテンを被せた文学。三島の『日本文化防衛論』は三島が愛国保守に戻った時の文学。

 私が村松剛に、三島由紀夫は大きな柱時計の大きな振り子のように、バタイユ(ニーチェ系)と杉田一次(1960年の安保騒動時の陸幕長、国防軍設置の第九条明記論を主張した旧軍のエリート、軍人論で私の師匠)の両極の間をいったり来たりしていると説明したら、1981年3月の村松剛(実態的には三島由紀夫の実弟)は、「中川君と三島由紀夫は瓜二つでクローンだよ。三島が生きていたら、三島・中川コンビが必ずできて、中川君の悲願“旧皇族の復籍”など簡単に実現していたよ」と返答した。天皇制度の明治憲法への回帰と国際法を体現する国防軍の再建への情熱がそっくりだというのである。村松剛は、三島由紀夫思想の根幹たるバタイユ系アナーキズムを極力見ない/気づかない努力をしていた。

 確かに、村松が私に弁明したように、三島由紀夫の一部には、保守の愛国心がある。が、この三島由紀夫が、逆さにも“反・愛国の日本国呪詛教徒”林房雄を高く評価することによって、擬装転向のアナーキスト林房雄が保守であるかのトンデモ誤解が世間で広がった責任を、三島は負うべきだろう。林房雄は、近衛文麿「級」の抜きん出た“人たらし術”を駆使し(注5)、“歴史学とイデオロギーに無知な天才文学者”三島由紀夫の誑かしに成功したのだが、だからと言って三島が林房雄と付き合った大罪は看過していいものではない。

 三島由紀夫は、1963年に『林房雄論』を上梓した。続いて1966年、林房雄と長時間の対談をして『対話・日本人論』を出版した。林房雄の『大東亜戦争肯定論』は、雑誌『中央公論』での連載からすれば1963~5年だから、三島由紀夫は、この二冊で、『大東亜戦争肯定論』を挟んであげている。スーパー・スター三島由紀夫の援護のお蔭で、保守知識人は委縮して、過激な極左本『大東亜戦争肯定論』批判がまったくできなかった。三島由紀夫こそは、林房雄の“悪魔の反・天皇/反・国防”キャンペーンを応援したのである。 

 そればかりか、三島由紀夫が自裁したことによって、林房雄の権威は急騰した。三島の葬儀における弔辞(1971年1月24日)、そして『悲しみの琴』(1972年)の出版は、この決定打となった。狡猾な林房雄は、『神武天皇実在論』をこの合間の1971年末に出版した。三島由紀夫に対する喪中のような情況だったから保守は誰も非難の声を上げず、それを自粛した。三島由紀夫とは、死んだ後も林房雄の暴走を擁護した。三島由紀夫は、この点に限るが、日本の国益に違背する有害人士だった。

 

第一節

1、司馬遼太郎『花神』下巻、新潮文庫、488~506頁、540頁。

2、表2;離反する薩長「参謀総長」と二極化する評価

3、林房雄『大東亜戦争肯定論』、番町書房、ページ数は本文。

4、磯田光一「東京裁判論」『昭和への鎮魂』、読売選書。初発表は、『文学界』1975年8月号。

5、林房雄の人誑し能力の異能について。

 林房雄『日本の原点』は、11名の評論家や有名人との林の対談集。11名中に、反共保守の飯守重任がいる。この事実は、林房雄の保守演技力がいかに高かったかを示す。飯守を誑し込んだ林房雄とは、プロを越える“人誑し屋”だった。

 林の対談相手には、日本国家を守るという正常な常識を持つ、純粋民族系の葦津珍彦/勝部真長/村松剛/黛敏郎がいる。このことは、純粋民族系が、日本国の破壊を信条とする林房雄らアナーキストを仲間だと錯覚する“思想識別力を欠く幼児”なのを明らかにする。前述した竹山道雄/福田恒存/中川八洋/林健太郎ら保守主義グループは、アナーキスト(=極左)人士を即座に喝破する。谷沢永一がヒトラー系「廃墟主義」アナーキスト西尾幹二を日頃から「極左だ/共産主義者(「アナーキスト」の間違い)だ」と怒っていたが、谷沢永一が本物の保守だったから可能な洞察。

 河上肇の下にいた元・共産党員アナーキストの浅野晃や田中忠雄や、(『蒙橿』を読めばわかるように)ヘルダーリン系“廃墟美アナーキスト”保田與重郎の三人は、林房雄とは同類だから林房雄と群がって当然。保田與重郎については、拙著『福田和也と魔の思想』で思想解剖している。参照されたい。日の丸大好きなのに“日本国家が消滅している”浅野晃の異様なアナーキズムについては、機会があれば論文にすることもあるかも知れない。

 皇族から臣籍降下された侯爵・筑波藤麿のご長男で貴公子・筑波常治が、この11名の中に名を連ねられておられる。林房雄は、先の飯守重任とともに、自分を「保守」に見せる偽装表示ラベルとして不敬にも筑波常治を利用している。

6、徳岡孝夫『五衰の人』、文芸春秋、150頁。

第二節 『神武天皇実在論』は、史上空前の“皇室讒謗の不敬の狂書”

 コミンテルン32年テーゼを奉戴する“赤色革命家”林房雄は、皇室の存在それ自体をいかに破壊し尽くし、日本国と一緒に空無にするかの一点に生きた狂信的なレーニン教徒。むろん、津田左右吉を超える強度の神武天皇不在論/神功皇后不在論者である。

 現に林房雄は、自著『大東亜戦争肯定論』の中で、「神武天皇も神功皇后も・・・実在の人物ではない」(165頁)と宣言した。七年後の1971年に書いたキワモノ本『神武天皇実在論』が、史上空前の“皇室讒謗の不敬の狂書”なのは、共産党以上に昭和天皇“絞首刑”を公然と主張した林房雄が、本心を爆発させて書いた以上、当然の内容。別に驚くに値しない。

 正常な日本人なら『神武天皇実在論』を読むと、誰でも「戯言を羅列させて転倒した神武天皇不在論ではないか」と怒り出す。『神武天皇実在論』を読んで怒髪天を衝かない日本人とは、よほど通常の国語力を欠くアホバカ。日本から出て行ってもらいたい。確かに、『神武天皇実在論』ほどの悪辣な皇室侮辱本は、日本史上に他に類例がない。河上肇や津田左右吉を継承するレーニン教徒・林房雄は、生涯揺るぐことなく、皇室讒謗/皇室侮辱/皇室不敬の革命信条を貫いた。

 今日の日本で、転倒語法の狂書『神武天皇実在論』を振り回し、「林房雄とは心底から神武天皇実在論者だ」と逆さに嘯くのは、中共「対日」工作員の“敵性人士”宮崎正弘ぐらい。日本列島に習近平の赤い支那兵「五百万人以上」を導き「日本人皆殺し」を準備するアナーキスト宮崎正弘の偽情報宣伝は、刑法犯罪としても度が過ぎている(附記1参照)

 まず、神武天皇実在説と「記紀・架空物語」説につき、戦後の情況を表1にまとめる。

表3;神武天皇に関わる実在説と「記紀・架空物語」説

 もう一度言う。スターリン32年テーゼ(天皇制廃止)の絶対信奉者・林房雄は、彼自身の激越な天皇制廃止の信条において、皇室の原点である神武天皇を抹殺することに驀進した。だから、彼の『神武天皇実在論』は、神武天皇が実在したか否かを一切論じていない。実際にも、神武天皇に言及した部分は第九章だけ。146~59頁の十四頁(注1)。本文二百二十三頁の6.2%。すなわち、林房雄『神武天皇実在論』の93.8%は、偽書の話とその関連ホラ話、いわゆる有害雑談が占めている。

 ここでいう偽書とは、誰でも吐き気を催す、あの噴飯物『上記 うえつふみ』と『宮下文書(富士古文書)』のこと。この日本史上最悪質な“偽書の中の偽書”二つをダラダラ紹介したのが、『神武天皇実在論』の全て。要は、林房雄『神武天皇実在論』は、大量のネズミの死骸を集めてフライにして“高級唐揚げ”と偽装表示して売りまくっている悪徳商人どころか、巨悪の犯罪商店に同じ。

 具体的に、その触りを一言。林房雄は、神武天皇のご祖先の発生を紀元前三千年の縄文時代中期とする。この荒唐無稽な嘘歴史は、皇室の起源が弥生時代中期であるのが明らかな日本国の歴史の全否定に直結する。日本人から歴史を剥奪して日本人を“歴史なき地球放浪者”にしたい林房雄は、これを狙って『神武天皇実在論』を書いた。

 この林房雄流の真っ赤な嘘歴史に従えば、自動的に皇室や天皇の出自の正当性は消え、皇室の祖先は幻影もしくは幽霊になってしまう。林房雄が皇室に対して投げつける讒謗は、例えば、次のような戯言(=荒唐無稽な歴史捏造)に集約されていよう。要は、神武天皇は初代天皇ではない、と。

「天皇の原型の発生も、少なくとも五千年前。日本の歴史は『日本書紀』推定の二千六百年前ではなく、その二倍の歳月を持ち、神武天皇以前に約五十代または七十代の天皇、または神皇がいたという『富士古文書』『上記』の記述が重要性を持ってくる」90頁。

 また、“赤い悪魔”林房雄の史上空前の讒謗は、「皇室の祖先は日本人ではなく、外国人=支那人である」にも集約されていよう。これほどの皇室侮辱ひいては皇室を奉戴する日本国民に対する侮辱は、かつて日本史上に存在したことがあるだろうか。林房雄に比すれば、共産党員の学者からも一般日本人からも総スカンを喰らい退場した江上波夫の騎馬民族説が「穏やかなもの」に見える。

(皇室の祖先である)天孫族と呼ばれるモンゴロイドの最後の大量渡来を縄文中期と見る」198頁。

「天孫降臨、すなわち(皇室の祖先の、海外からの日本列島への)渡来の経路が日本海から北陸であったのか、対馬・壱岐から直接に北九州であったのか、従って、高天原は海外(支那大陸)であったか、富士高原であったか・・・は、将来の研究に任せるほかない」220頁。

(最も遅く日本列島にやってきた)新来の(皇室の祖先である)天孫族にとっては、(日本列島の)先住民族の族長のほとんどは“荒ぶる神”であり“まつろわぬ神”であった。これらの“反抗し服従せぬ神々”の存在は、大陸にいた天孫族の祖先も知っていた」221頁。

「神武天皇は妄想上の架空人物」と嘲笑すべく、『神武天皇実在論』を書いた林房雄

 『神武天皇実在論』という表題自体、読者騙しを企図したもので、極め付きの偽装表示。不適切さも限度を超えている。この書の三分の二は、「偽書『上記』『富士古文書』を、『古事記』『日本書記』という由緒正しい史書と同格に扱え」との、林房雄の狂った主張に費やしている。ならば林房雄は、まずは表題を自分の主張に正しく沿って『《上記》《富士古文書》は偽書ではない』に糺すのが筋。

 ちなみに、神武天皇に言及した部分は前述したように約6%しかなく、この点からも、林房雄は『《上記》《富士古文書》は偽書ではない』というタイトル以外をつけるべきではなかった。現に、同書は14章から構成されているが、その半分に当たる第三/第四/第五/第六/第七/第十一/第十二章は、偽書『上記』『富士古文書』の宣伝。そればかりか、他の章でもかなりの行数を偽書『上記』『富士古文書』言及に費やしており、本書の概ね三分の二が、『上記』『富士古文書』の宣伝。

表4;偽書の作成者、および殺人鬼的な犯罪性が濃い悪用者

 このように偽書を宣伝する異様・異常な本はめったにない。共産党員学者でもプラカード「私は狂った嘘つきです。紛い物が大好きです」を掲げて練り歩くバカはしない。類似のケースを思い出すと、ヒトラーの『我が闘争』があった。『我が闘争』はユダヤ人虐殺・弾圧の方針を間接的に公然と述べている。そして、偽書『シオンの議定書』を重要証拠文書だと平然と挙げている。

 英国は1920年代、『シオンの議定書』を偽書として排撃した。だがドイツでは、ヒトラーやローゼンベルグの宣伝で、かなりの人数のドイツ人が、こんな嘘一色の本を信じ、その結果、ヒトラーのユダヤ人大殺戮を見て見ぬ振りをした。

 偽書を信じるか否かは自由の範疇に括ることはできない。況や、個人の私的領域内での偽書信仰ではなく、偽書を「偽書ではない。史書だ」と公共の場で詐称し宣伝する行為は、公益に反する犯罪だから、社会全体が処断しなければならない。ドイツで『シオンの議定書』を宣伝したヒトラーは自殺し、ローゼンベルグはニュルンベルグ裁判で死刑となり処刑された。

 『神武天皇実在論』は、あるべきタイトル『《上記》《富士古文書》は偽書ではない』を狡猾にも変名したもの。つまり、『神武天皇実在論』は、偽書『上記』『富士古文書』のプロパガンダである以上、林房雄に対して、ヒトラーやローゼンベルグと同様に死刑相当の刑罰を課すべきだろう。林房雄は1975年に死没したが、“林房雄の化身”宮崎正弘が生きており、この処罰を喜んで代理代行するはず。

 林房雄が、日本人なら誰一人として見向きもしない“トンデモ偽書”『上記』『富士古文書』になぜ着目したのか。答えは簡単。この偽書に従えば、初代天皇も天照大神も、紀元前三千年頃の縄文中期頃の青銅器・鉄器も稲作もない時代の渡来「支那人」となるからである。青銅器・鉄器と水田稲作が絶対前提の記紀の記述はすべて嘘となって記紀自体が自爆的にぶっ飛んでしまうからである。

 天照大神の鏡は青銅でできた前漢製で、帯方郡からの輸入品。だが、縄文中期の支那人なら、伊勢神宮のご神体の鏡は存在しておらず、伊勢神宮のレーゾンデートルそのものを瞬時にぶっ壊すことができる。林房雄とはコミンテルン河上肇直系の共産主義者。転向は偽装。彼の天皇制廃止の執念は尋常ではない。この故に林は、共産党とは別の方法で、日本国民と天皇制度を結ぶ紐帯を切断すべく、その効果を大いに発揮する『《上記》《富士古文書》は偽書ではない』を書いたのである。

 日本の古代史学者・考古学者は劣悪な劣等生の集合体だから、記紀を正確に読むことができない。記紀は正確に時代時代の言語や情報を口承記憶によって正確に伝えており、紀元後700年ごろの知識で改作するのは全く不可能。

 例えば、語彙「葦原中国 あしはらなかつくに」は、天照大神の高天原時代の記述にも出てくるが、「葦原」とは「褐鉄鉱(湖沼鉄、《すず》ともいう)」を表象するその別名。川や湖沼に生える葦の根元に生成される酸化鉄がたくさん採れるという意味が「豊葦原」の語義。褐鉄鉱は温度700度ぐらいの「野蹈鞴 のたたら」で製鉄できる。野蹈鞴は遺跡として残ることはないから、考古学者は発見できない。

 つまり、「皇室の起源と日本国の古代史に関する情報は、記紀に集約されている。記紀に拘り、記紀を深く厚く読み込むことだけが、皇室の起源と日本国の古代史の真相・真像に迫ることができる」が、古代史研究の一大鉄則だということ。換言すれば、日本国民をして、皇室の起源や日本国の古代史の真相・真像から浮遊させ“民族の歴史を喪失した無国籍人(=共産主義者)に改造するには、記紀を読ませない「記紀からの解放」をさせれば済む。

 かくして津田左右吉は記紀を罵り、日本人をして記紀離れを助長する策謀を展開した。林房雄は、記紀を偽書『上記』『富士古文書』と同列に扱い、日本人に「記紀は、読むべきでない偽書と同レベル」と思わせ、記紀など読む価値がないと意識下に刷り込む策謀を展開した。林房雄と神武天皇不在論の津田左右吉とは、日本人から“日本国民の知と精神”を溶解させる共産革命の同志だった。

“お笑い大嘘話の宝庫”『上記』『富士古文書』を読めば頭が狂う──林房雄の狙い

 世界史上でも偉大な史書『古事記』『日本書紀』を貶めることに執念を燃やす林房雄の悪辣さは、笑止千万な噴飯物『上記』『富士古文書』を知れば、逆にすぐに納得できる。十億円の高級ダイヤモンド『古事記』『日本書紀』の前では、『上記』『富士古文書』は悪臭を放つ石ころに過ぎないからだ。

 1877年に大分県人のペテン師・吉良義風が捏造した『上記』の偽造性は、小学校一年生でも見抜ける。が、林房雄にはわからない。林房雄が無教養なごろつきだからだ。

 『上記』は、古代文字を解読したと詐称し、象形文字らしき「古代文字」なるものを提示している(92~3頁の写真)。古代文字の解読は一流言語学者でも困難で、解読のための学者間論争が起き、ほとんどの場合、この解読史そのものが一冊から数冊ぶんの本になる。例えば、マヤ文字の解読には百年ほどの歳月と数十人の言語学者の激しい論争があった。メソポタミア文明の紀元前3400年頃のシュメール語「楔形文字」の解読に関わる歴史も、聞くと興奮を覚える。中にはオルメカ文字のように、全く解読の見通しがつかない古代文字もある。

 一方、『上記』を偽造した犯罪者・吉良義風は言語学者でもないのに、一瞬で解読・翻訳している。『上記』が偽書なのは、これだけで十分に証明されている。

 それだけでない。『上記』は、神武天皇が初代天皇でなく第75代天皇だという。天照大神が初代天皇、第2代がアメノオシホホミミ、第3代がニニギノミコト、第4代から第74代までが同名のウガヤフキアエズの尊、第75代が神武天皇だとしているからだ。こんな荒唐無稽なバカバカしい皇統譜など正常な日本人なら一笑に付すか、不敬の極みだと怒るか、のいずれか。

 が、非・日本国民のレーニン教徒・林房雄は、「神武天皇は初代ではない。第75代天皇」という狂説に満腔の賛意を表し、この前提で“神武天皇は実在する”を主張する。すなわち、神武天皇は「実在せず、偽書に浮遊する幻影」と同じ。それがどうして神武天皇実在論? アホラシ。

 次。『富士古文書』。これは、「徐福が富士山麓にやってきて住み着いた」という舞台を設定し、尤もらしく見せている。ド派手な劇場での演劇風仕立て。だが、注3で指摘しているが、徐福の登場は、“タイムマシンがないこと”“遣唐使が用いた大型外洋船がまだないこと”で、全くの妄想となる。頭の悪いペテン師の偽書なのが、バレバレ。

 しかも、同名のウガヤフキアエズ天皇が51名という、『上記』の71名を二十名減らした変更を除けば、内容は『上記』とほぼ同じ。大正時代の宮下源九郎は一流偽書をでっち上げたと誇らしげだが、『上記』を下敷きにした捏造手法がかくもスケスケでは、騙せたのが神原信一郎(土木工学)一人しかいないのは当然か。林房雄は、むろん、こんな偽書を信じていない。天皇の祖先の正当性と正統性とを破壊するに好都合だから、『シオンの議定書』に対するヒトラーと同じく、悪用しているだけだ。

 

第二節

1、林房雄『神武天皇実在論』、kappa books、光文社。頁数は本文。

2、ノーマン・コーン『シオン賢者の議定書』、ダイナミック・セラーズ。

3、司馬遷『史記』叙述の「徐福」について

①方士の徐福は、「渤海に不老不死の秘薬を作る仙人がいる」と始皇帝を騙して、仙人に渡す代価として相当な財宝を手にした。二度目に騙した後、おそらく鴨緑江の南側(朝鮮半島西北部)に逃亡移住。この逃亡コースは、船が丸木舟より多少構造船に近いものになったとしても渤海湾の横断は無理で、山東半島から渤海湾の沿岸に沿って時計回りで数ヶ月はかかっただろう。紀元前219年と仮定する。徐福の死没は紀元前200年頃と仮定する。徐福が、紀元後180~210年頃「在位」の第七代孝霊天皇の謁見を賜ることは四百年間ずれており、あり得ない。

②日本列島に渡来するに必要な四十人乗り程度の外洋船は、当時の先進国・秦(紀元前206年に滅亡)でもまだ建造されていない。日本に最初に訪れた支那人(商人)は半島に楽浪郡が置かれた後の紀元前100年あたり。この頃、やっと対馬海峡を渡洋できる支那製ミニ構造船が建造されたと考えられる。つまり徐福の時代、日本列島の存在はまだ支那人に知られていない。船もない。日本に渡来することは万が一にもない。一方、日本人は縄文時代から危険承知で韓半島の南端と丸木舟で往来していた。三割ぐらいは航行途中に荒天で転覆・死亡したと考えられる。

③『史記』にある「・・・童男女数千人」について。幼稚園児ぐらいを指す「童男・童女」は、殺して血を採取するための薬草と同じ扱い。移住させるのではない。この文にある「発」は徴発の意。

④支那人学者の中には、「徐福が神武天皇になった」など、悪ふざけの論文を出し対日侮蔑を楽しむのがいる。徐福は紀元前270年~200年(仮定)。神武天皇は紀元前30年~紀元後20年頃の初代天皇(表5参照)。二百年間もずれており、万が一にもあり得ない。不敬きわまる詐言。

表5;皇祖神ほかのご生誕年(仮定)

4、宮崎正弘「解説」『林房雄 神武天皇実在論』(復刻版)、ハート出版。

5、津田左右吉を擁護する林房雄の第八章は、全て事実を巧妙に転倒させた、全体として恐ろしい偽情報が満載の章。この第八章に対するクリティークは、独立した別稿で論じる。

附記1 日本の中共「属国化」を狙う、“中共派遣のトロイの木馬”宮崎正弘

 “極左国賊”林房雄を美化する宮崎正弘は(注4)、日本国に「対中」国防をさせないよう、「そんなこと必要ない」を刷り込む“中共の対日工作員”でもある。宮崎正弘が日本国内に撒布する偽情報は、中共はすぐに分裂するとか中共経済は明日にでも破綻するとか、現実とは180度逆の嘘八百を垂れ流す手法。明らかに刑法外患罪の死刑に相当。日本は急いで、次の法律を当該外患罪の定めに沿って制定するのを急がねばならない。そして、“ロスケ売国奴”鈴木宗男と“チャンコロ売国奴”宮崎正弘を第一号/第二号として即時に適用しよう。

敵性国家に関わる日本国の国防力を弱体化させる外患「偽情報」流布者に対する処罰法

 宮崎正弘は、数十万人の中共軍と五百万人を超える民兵を日本列島に招き入れ、日本人婦女子をことごとくレイプで殺害し子供たちを餓死させ、日本列島全土を中共に献上するのを狙っている。宮崎正弘が日本国に居住している情況は、中共派遣の“トロイの木馬”が日本国内侵入している情況に譬えられよう。「対中」国防力など日本は不要で無駄だと煽る宮崎正弘の偽情報本は表6(一部)

表6;中共の「対日」偽情報プロパガンダ本を代理出版する宮崎正弘

附記2 政治思想学のイロハ「コミュニズムは一つ、アナーキズムは多種多様」 

 アナーキズムの蔓延情況は、日本がダントツの世界一。この異常は、どうして発生したのか。また、この異常性を、どうして日本は放置しているのか。

 そこで先ず、無学無教養が過ぎて今やアヒルや豚並みになった日本人に、コミュニズムとアナーキズムの相違する特性の一つを教示する。コミュニズムは、中共系や北朝鮮系などセクトは多いが、基本はマルクス・レーニン主義の一つしかない。教祖は「ルソー→マルクス→レーニン」の一つで、この系譜を共通とする。

 一方、アナーキズムは千差万別/多種多様。セクトもなければ、共通する教祖も不在である。日本のアナーキストで、これを説明しよう。幸徳秋水と大杉栄はクロポトキン系アナーキスト(無政府主義)で、(ロシアKGBと朝鮮総連の指揮下にある産経新聞社の寵児)松本健一がこれを継いでいた。アナーキスト大川周明は幸徳秋水と水平社の影響が強いが、レーニン・シンパでGRU工作員でもあった。なお、大川周明と一時は同志だった北一輝はコミュニストでアナーキストではない。

 保田與重郎はヘルダーリン系の廃墟美アナーキスト。ドゥルーズ系の福田和也(北朝鮮人)/磯崎新/浅田彰は、廃墟主義アナーキスト。彼らの親族に、ニーチェ・ヒトラー系の廃墟主義アナーキスト西尾幹二がいる。東浩紀はデリダ系のアナーキストで北朝鮮人。林房雄は“レーニンくずれのアナーキスト”、西部邁は“マルクスくずれのアナーキスト”に、いったんは括れる。

 日本におけるアナーキストの隆盛は、「在日」北朝鮮人が多いことも大きな一因である。花田紀凱や岩田温などは、「在日」アナーキスト大群の氷山の一角。右翼にもアナーキストは多く、大東塾の影山彰治は、「日の丸/天皇/和歌さえあれば領土・国土は要らない」の民族系アナーキスト。林房雄の“親友”浅野晃のアナーキズムは、影山彰治に似ている。

 「攘夷」を標榜した反体制テロリズムの水戸学は、国産アナーキズム。コミュニズムは全て外国産だが、アナーキズムには稀に国産がある。これも両者の相違の一つ。日本のアナーキズム/アナーキストを詳しく述べれば一冊の本になる。ここらで擱筆。

(2021年7月14日記)

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です