眞子・元殿下を罵る保阪正康の“八つ当たり赤い論考”は、スターリン転倒語法──日本国民諸君! 「天皇制廃止」革命運動の前に立ちはだかった“偉大で聡明なプリンセス”を守り抜こうではないか

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筑波大学名誉教授   中 川 八 洋

 2021年9月から11月末にかけての三ヶ月間にもわたって眞子殿下への中傷誹謗が、共産党が主導するその煽動において、雑誌記事を中心に、大洪水のように日本中を蔽った。共産党主導なのは、札付き共産党員の河西秀哉/小田部雄次/御厨貴/多賀幹子/篠原常一郎/保阪正康/久能靖らが、一斉に大声を張り上げたから、証拠十分どころでなく、証拠が過剰。

 眞子殿下や秋篠宮家に対する、これらの罵詈讒謗の大流行に対して、特定皇族を名指しで指弾する皇室讒謗は皇族の尊貴と聖性を守る日本国民の義務違反だと、これを批判したのは、私の他は小林よしのり氏と森暢平氏ぐらいしかいない。日本では保守も真正の日本人も死滅した。

 『週刊新潮』12月2日号(11月25日発売)に至っては、警備が全くなされていないNYのお住まいを、グラビア写真で紹介する始末。住居は、公人でも安全のために原則秘匿が絶対の時代に、私人の住居の位置を世界に発信するのは、『週刊新潮』共産党員編集者(副編集長?)が眞子・元殿下を暴漢やテロリストに襲わせたい魂胆があるからだ。

 そればかりではない。『週刊新潮』は、降嫁によって皇籍を離脱され民間人となられた眞子・元殿下に対し、全く無関係で全く次元を異にする問題を持ち出し、すなわち次のように愛子内親王のティアラ問題を持ち出して詰り倒す、明らかな“言論”暴力を弄んでいる。中傷誹謗も限度を超えて、“悪質”どころではない。刑法不敬罪の復活が急がれる。

「大多数の国民に祝福されない結婚を強行した身勝手な誰かさん(眞子殿下)と、大多数の国民が祝福したい成人の儀式に豪奢なティアラを辞退された愛子様。本当に見事なまでに対称的です」

「紀宮様から敬宮様へのティアラとても素敵だと思います。どこぞの姉妹(眞子殿下、佳子殿下)のような贅を尽くしたティアラより素敵だと思います」

「一般人になられた方(眞子殿下)への警備費用など、もろもろの莫大な費用を削ったらすぐに愛子様の素晴らしいティアラが新調できると思いますが」(『週刊新潮』12月2日号、24頁)

 これらのネットでの眞子殿下への罵詈讒言は、巨大な某カルト宗教団体が組織的に命令を下して行っている。一般の国民ではなく、非国民の集団。そもそも、匿名twitterの中傷誹謗を、正しく“非国民の罵声”とせず「一般国民の声」だと詐称するのは、嘘八百な偽情報操作に爆走する『週刊新潮』共産党細胞が、度が過ぎた殺意を持っているからだ。

 これら眞子・元殿下や秋篠宮家に対する新潮社や文藝春秋社の悪口雑言の中でも、共産党員・保阪正康の悪意に満ちた『文藝春秋』エセーは、群を抜いて狂暴。本稿は、この解剖である。

(事務局長・高埜伸二率いる)日本雑誌協会は百%共産党支配の天皇制廃止の教宣団体

 保阪正康は、影響ある月刊誌『文藝春秋』12月号(11月10日発売)で、「共産党の天皇制廃止」公式見解を、ちょっぴり知識人風にアレンジした、皇室讒謗記事を書いている。論考タイトルは「象徴天皇制の聖と俗」。カッコ内数字は、引用の頁数。

 保阪の論考は、冒頭から真っ赤な嘘だらけ。「小室さんの母・佳代さんが詐欺罪で刑事告発されました」(104頁)とあるからだ。小室佳代氏は、刑事告発されてはいない。保阪正康は、「刑事告発された」は、告発状が受理された時点でしか報道できないのを知っていながら、共産党の命令に従い、嘘宣伝「刑事告発された」している。共産党員・篠原常一郎(人種は北朝鮮人)が出したものは、刑法誣告罪の刑法犯罪に相当する、表題「刑事告発状」をつけただけで証拠を添付しない放談文。東京地方検察庁は直ちに返却した。篠原のアクドイ放談文は、放談文として確定した。

 刑事告発状は、証拠資料が添付さている場合で公判に耐えうるものは受理し、証拠書類は添付されているが、万人が見て即時敗訴になるような杜撰な証拠/不十分な証拠の場合は不受理になる。篠原常一郎の対「小室佳代」刑事告発状は、この“杜撰な証拠/不十分な証拠”一つすら添付していなかった。よって、「返却」された。

 東京地検は、返却するだけでなく、篠原常一郎を刑法誣告罪で逮捕し起訴し裁判する刑事裁判に立件するのが法の番人としての職務だろう。が、東京地検は、共産党員の犯罪に対しては足が震え、ほとんど見て見ぬ振りをするのが常。

(備考) 三分類「受理、不受理、返却」は、民事裁判での原告の裁判提起が、「勝訴、敗訴、裁判なしでの却下」の三分類になるのと全く同じ。訴状が却下された民事裁判を「裁判が行われた」とは言わない。

 篠原常一郎が、証拠資料ゼロで真っ赤な嘘「刑事告発状」を提出した理由は、共産党が100%支配する日本雑誌協会が、10月26日の記者会見で、罵詈讒謗を眞子殿下に浴びせるトンデモ質問をつくる必要からだろう。「刑事告発」という四文字を質問に入れることが共産党本部で定まり、篠原が党本部からの命令で急遽、この捏造の刑事告発の嘘事実づくりをしたと考えられる。

 10月26日の記者会見が、文書による質疑となったため、日本雑誌協会の犯罪意図がすべて暴かれた。眞子殿下の神力(しんりき)は、持統天皇を超える。日本雑誌協会の質問書には、次のように「刑事告発されている」「遺族年金不正受給」という事実無根を記載。

「現在刑事告発されている(KK氏の)母親の遺族年金不正受給の現状について説明してほしい」

 悪虐な共産党員・篠原常一郎の嘘っこ「刑事告発状」は、不受理以前の「返送」になったので、刑事告発は全くなされていない。日本雑誌協会は、完全捏造の虚偽で質問している。また、遺族年金不正受給に関する証拠資料は全く提示されておらず、「池に映った月を捕まえた」と騒ぐ狂人の讒言。

 常識的にも「この当該部分の削除か訂正がなければ宮内庁は突っ返す」べき、嘘八百の架空話で質問する日本雑誌協会の質問状が、そのまま眞子殿下に渡された事実は、この記者会見を担当した宮内庁職員が札付きの共産党員でなければあり得ない。宮内庁長官は、この担当職員の名前を公表し、警視庁公安と協議の上、懲戒免職に処せ。

天皇制廃止運動を大きく頓挫させた眞子殿下に、悔しさ百倍で悪罵する保阪正康

 話を保阪正康の“八つ当たり赤い論考”に戻す。自らが天皇制廃止を悲願とする狂信的な共産党員なのを隠す保阪正康は、スターリン三十二年テーゼよろしくスターリン転倒語法を駆使し、皇室の危機を救出なされた“皇統護持の天使”で“偉大なプリンセス”眞子殿下に対し、次の如く、“逆立ち詭弁”「天皇制の崩壊」「国民的な皇室不信」を招いた元凶だと讒言と中傷誹謗に余念がない。共産党活動家“丸出し”河西秀哉の真赤な「国民分断論」と、全く同類の“眞子バッシング”が保阪エセー。

「眞子さんのご結婚問題が皇室にもたらした影響は想像以上に大きく(共産党主導の「女性宮家」の策謀をぶっ飛ばし、また皇室報道とは中傷誹謗である現実の事実を暴かれて)、このまま推移していくと天皇制の崩壊にも繋がりかねない(=「天皇制度護持に大きく貢献された」のが悔しい)(104頁)

「この四年間、(全てのテレビ雑誌を動員した共産党の嘘偽りの煽動によって洗脳工作が成功して)徐々に広がった国民的な皇室不信は(「お相手探しが不可能になっている現在の皇室環境は可哀そう」「旧皇族の全員復籍と旧公家を復活して皇配の供給源を創って差し上げるべきだ」の同情論の急騰を隠蔽する逆さ表現)、この先も繰り返し波のように押し寄せ(=何度も持ち出して悪用しようぜ)天皇制を揺るがすことになる懸念もあります(=天皇制を揺るがす手段に使おうぜ)(105頁、丸カッコ内中川)

「天皇家の危機は日本人の危機でもある」(111頁、KK問題は皇室に対する《中傷誹謗》を抑制する良方向に動いており、皇室の危機とは無関係)

 保阪の本心はカッコ内に書いたので繰り返さないが、“持統天皇の再来”プリンセス眞子殿下のご結婚強行は、四年間に及ぶ共産党の天皇制廃止キャンペーンの狙いを余すところなく暴露した。しかも、秋篠宮殿下のご決断“儀式剥奪”は、女性皇族が女性宮家からいつでも逃亡できる方策の提示となったため、「女性宮家」創設を狙う共産党の謀略は事実上破綻した。この意味で、眞子殿下こそ、四年間のバッシングに耐えた自己犠牲において、女性宮家という“紛い物”を皇室内に制度化する悪魔の伝統破壊を阻止し、日本国二千年の皇統の伝統を死守されたのである。

 なお、今般の眞子殿下に対する儀式剥奪は二種類あり、注意して峻別のこと。第一群は、皇室伝統を軽んじる秋篠宮殿下のご決断である、ご結婚に直接に関わる「納采の儀/告期(こっき)の儀/入第(じゅだい)の儀」の中止。第二群は、皇族離脱の儀式で、ローブ・デコルテで天皇・皇后陛下にお別れを言上する「朝見の儀」と十二単の正装での「宮中三殿に謁するの儀」の二つ。

 この第二群の中止は、今上陛下のご聖慮を無視して強行された。この中止を陛下に奏上したのは、秋篠宮殿下か、宮内庁長官か。私は共産党とグルの宮内庁長官だと推定している。

 今般のケースでは、KK氏の母親の存在を考えれば、「納采の儀/告期(こっき)の儀/入第(じゅだい)の儀」の中止は、一つの賢明な判断。が、「朝見の儀」「宮中三殿に謁するの儀」の中止は、あり得てはならない。この中止は眞子殿下への侮辱行為であり、それこそ儀式絶対尊重の皇室のレーゾン・デートルに対する重大な毀損行為である。今般の眞子殿下の御成婚がもたらした“皇統護持に何がプラスで何がマイナスだったか”で省察すれば、「朝見の儀」「宮中三殿に謁するの儀」の中止は、マイナスが大きすぎ、深刻な禍根を残した。私は、これへの怒りが収まらない。

 なお、やむを得ない緊急避難的な「納采の儀/告期(こっき)の儀/入第(じゅだい)の儀」中止は、女性宮家潰しに効能あらたかな妙策でもあるから、私は思わず拍手した。逆に、共産党は歯ぎしりしてデモまで行った(備考)。なぜなら、今後、この三儀式について、「しなくていい」と女性皇族がご判断され、(そして婚姻届けを千代田区役所に届ければ)いつでも皇籍を離脱できるようになったからだ。女性宮家が創設される前に、全ての女性皇族が、一斉にこの策を採れば、女性宮家は蝉の抜け殻の空っぽになる。「女性宮家」成立不可能策を、眞子殿下を毛嫌いする感情を爆発させた秋篠宮殿下が創られたのは、我が国と皇統護持に裨益する“皮肉な幸いparadoxical fortune”であった。

(備考)10月26日午前、共産党は、日比谷公園に百名の薄汚い党員を動員して眞子殿下のご結婚反対のデモを実行した。共産党が眞子殿下のご結婚にこれほど絶対反対するのは、このご結婚によって、天皇制廃止の特効薬である女性宮家が“セミの抜け殻”となり、共産党の天皇制廃止のアジェンダが根本から狂ってしまったからだ。なお、この日比谷公園での共産党のデモ光景を「一般日本人のデモ」だと詐称してネットに流したのは、今や共産党員だらけとなった文藝春秋社の「文春オンライン」。

 もともと、女性宮家論は、中学生の頃の眞子殿下のずば抜けた聡明さに共産党が着眼し考案したもの。宮家当主を務められる十分なる利発と才に恵まれた眞子殿下に生涯独身を強要する女性宮家を創設し、それによって旧皇族の復籍を阻止し皇統断絶を図るのが共産党の狙い。が、眞子殿下は、信長の桶狭間の戦いを彷彿とさせ機先を制し、女性皇族の皇配にふさわしくないKK氏とのご成婚で降嫁し、女性宮家論を粉砕された。まさにバークの“神の見えない手”(『イギリス史略』)の導き、あるいは天照大神のお導きとしか考えようがない。眞子殿下の肩の上に天照大神が燦然と微笑まれて屹立されておられるのが、老眼がひどくなったのか、霞む私の目には見えて仕方がない。

保阪正康の雄叫び「眞子殿下のご結婚を天皇制廃止運動にもっと大いに活用せよ」

 保阪正康の次の讒謗は笑止千万すぎ、思わず私は仰け反って笑い転げた。こう書いている。

「眞子さんには《皇族としての誇り》が希薄な感じがします」(105頁)

 “皇族の誇り”など意味不明語。本末転倒!の難癖語。皇族の尊貴を守らんとする義務を果たす国民の高貴な精神が、先に日本の国中に満ち満ちていることが、後に皇族をして皇族たらしめるのである。だが、大量殺戮を快楽する狂人カルト教団・共産党が支配するテレビ/新聞/雑誌/学校教科書は、天皇・皇族を足蹴にする中傷誹謗の言説・記述しかなく、一般国民は、これにどっぷりと洗脳されている。

 そこで聞く、共産党員のゴロツキ保阪正康よ、これまで眞子殿下に対して、皇室典範が定める敬称「殿下」を欠かさず使用したのか。一度も使用していないではないか。もう一つ聞く。保阪よ、西尾幹二の“不敬の狂書”『皇太子さまへのご忠言』を非難したか。さらに聞く。皇統を護持するために、中川八洋と同じく命を捨てる覚悟があるのか、それともジャコバン党と同じく眞子殿下や悠仁親王殿下をギロチンで殺害したいのか。皇族の尊貴は、皇族への国民の尊崇の濃淡で決まることを、保阪よ、心得よ。

 “昭和天皇暗殺狂のコミュニスト”阿南惟幾を継承する“ちょっとだけ知的表現する知識人のエセ衣を着たコミュニスト”保阪正康の本心は、天皇・皇族を全員銃殺したい、この一点。今、眞子殿下からあらん限りに皇族としての尊貴を剥奪する共産党の暴虐の一味になっているのも、論より証拠ではないか。

 しかも、戦後の日本国は、天皇・皇族に対して、質素きわまる生活を強要しており、女性皇族は、国際水準で要求される宝石もドレスもお持ちではない。英国留学中の佳子内親王殿下が、ヘンリー王子とメーガン妃の結婚式・披露宴へのご出席をお断りになられたが、それは身に着けなければならない平均二億円ほどの宝石も百五十万円ほどの新調ドレスも誂えられない“貧困”が理由。

 前述のティアラで言えば、日本の女性皇族のは三千万円以下。英国の女性王族の平均五億円の二十分の一である。しかも、秋篠宮家は“貧乏”で、眞子内親王の成人式でのティアラ(たった三千万円)円を購入できず、宮内庁から公費を工面してもらい誂えた。今般、皇籍離脱に当り、このティアラを常識的には「記念にどうぞお持ちください」として物品台帳でそう書けば済むのに、共産党支配の阿漕な宮内庁は返還を求めた。三億円ではなく三千万円のティアラも買えない宮家の貧乏家計で、皇族としての尊貴が保たれるのか。女性皇族としての矜持など持てるのか。宝石もドレスもないが故に、英国王族との交際もできないで、日本国の女性皇族としての誇りを持てるというのか。が、傲岸不遜な保阪正康の眞子殿下への讒謗は、さらに続く。

(眞子さんがKK氏に母親の元婚約者と争えと指示したとは)人々が心に抱くのは共感ではなく、むしろ失望なのですが、そのことに眞子さんは気づいているでしょうか」(108頁、失望→「感服・感心」

 なんというゲス的な罵詈讒謗の中傷誹謗だろうか。私は、眞子殿下がKK氏に母親の元婚約者と争えと指示したのを記者会見で聞いた時、「古代の女性皇族は全て夫側について、父側にはつかないが、眞子殿下がこの伝統を守られておられる」ことを知って感動が止まらなかった。天武天皇が、なぜ天智天皇の皇女四名を皇后や妃にしたのか。この四名は全て天武側につくので、そのぶん天智天皇系の子孫を減らせるからである。あるいは天智天皇の皇女の一人は、天武の皇子で皇太子の草壁皇子の妃になられたが、草壁の薨去後、草壁の皇子(のちの文武天皇)を皇位に即けるべく、“中継ぎ”元明天皇として即位して、皇位が天智系に戻るのを阻止されておられる。女性皇族は万が一にも父側には組しない。

 また、眞子殿下が、「夫が理不尽な金を支払うべきでない」とご判断できることは、降嫁され一般人になられて家計を担える能力があるという事。実際には元婚約者は、ICUの入学金と授業料の立替ぶん四百万円の返還だけではなく、法外な金額を要求していた。降嫁に伴う一時金を辞退なさる以上、無駄なお金は一円でも倹約するのは主婦の務め。眞子殿下にそれが備わっていたのを知れば、感服して、ご評価申し上げるのが通常の感覚。この「感服」が、どうして「失望」になるのか。保阪正康の人格は、正常とは程遠い。

二千年の皇室伝統「皇族の降嫁=皇籍離脱」を全否定する“ギロチン狂”保阪正康

 保阪正康の論には、正常もなければ、常識もない。保阪の赤い脳から迸る言辞は、次のような残忍・残酷な“女性皇族は結婚するな!”“皇室内に永久独身囚人として収監されるべきだ!”の赤い狂気の猛炎。天皇・皇族ギロチン狂の保阪正康らしい赤い殺意なしでは発想できない狂論暴説。

「眞子さんの一の行動(は)・・・天皇家の嫡系である内親王としての自覚が感じられません。皇室に在りながら自主性を重んじ、自由を謳歌する(110頁)

 眞子殿下が、現皇室の女性皇族の中で、圧倒的な量の公務をこなされてきたのは周知の事実。お若い殿下に置かれては、もっと自由にありたいと思われただろうし、公務にとられる膨大の時間をもっと自分のしたいことに使いたかったであろう。それを我慢して、公務一筋の二十代が、眞子殿下のこの十年間であった。

 だが、これだけ公務をこなされた“立派すぎるプリンセス”眞子殿下に対して、赤い讒謗プロパガンディスト保阪正康は、「内親王としての自覚が感じられません」と罵声を浴びせる。さも自由奔放に「公務をすっぽかしてばかりで、手に負えないじゃじゃ馬だった」と、嘘偽りの眞子“虚像”をデッチアゲるのが、偽情報専門家・保阪正康の本業。

 そればかりか、皇室典範はもとより、古来からの“皇室の法”によって、「結婚=降嫁は必ず皇籍離脱」すなわち「皇室の外に出る」ことが命じられている女性皇族に対して、「眞子さんが自由を求め、皇室の外に出たいと願った(110頁)と難詰する。すなわち、保阪は、眞子殿下は「皇室の外に出るためKK氏と策略結婚した」と主張している。そんな証拠でもあるのか。馬鹿も休み休みに言え。

 自由を求めて皇室外に出るのが目的なら、22、3歳の頃に(KK氏よりはるかにイケメンで大金持の息子と)決行しているだろう。英国留学中に言い寄ってきた英国貴族/郷紳階級の子弟と駆け落ち結婚をしているはずだろう。三十歳にもなられて、現在のNYの住まいは狭小で生活は安サラリーマン以下。朝から晩まで倹約・倹約のスーパー質素生活のどこに自由があるというのだ。あるのは「好きな人と一緒という、蝋燭の灯のような小さな幸せだけ」ではないか。保阪正康の口は、共産党員特有の“血が滴る悪魔の口”。恐ろしい。

 「KK氏は、ふさわしくない」「KK氏のあの母親が皇室の親戚になるのは気持ちが悪い」と、保阪正康をはじめ共産党員が“KK氏との結婚反対”を大合唱しているのは、全て本心を隠した表向きの言辞。あくまでも“天皇制廃止の特効薬である女性宮家が制度化されるまで眞子殿下の結婚に反対”が本心である。つまり、「眞子殿下は共産党の天皇制廃止に役に立つ奴隷として一生独身を貫け」「一人ぼっちの女性宮家当主の第一号になれ」が、大量にテレビ・新聞・雑誌から流されてくる“眞子バッシング”の本当の正体。

共産党員・保阪の共産党語「国家主義」「国民主義」「市民主義化」「大衆化」を嗤う

 皇室と国民の紐帯は、二千年変わらぬ、後者の尊崇と前者の敬愛の交差で結ばれる精神の絆である。ところが、アクドイ共産党員・保阪正康にかかると、フランス革命狂でロベスピエールになった積もりの宮沢俊義流の「主義」「主義」を乱発し、皇室と国民の関係を強引にイデオロギー化する。

 だが、日本における天皇・皇室と国民の結びつきは、相互に一方通行である。国民は、天皇・皇室を仰ぎ見て、「何ごとのおはしますかは知らねども かたじけなさに涙こぼるる」の、伊勢神宮における西行の歌と同じ「かたじけなさ」に感激し感無量する。故に、われわれ真正の日本国民は、天皇・皇室を奉戴できること、それ自体を光栄と感じ、皇室を奉戴できる日本国民の世襲の権利に感謝するのである。即ち、天皇が宮中三殿での祭祀を主宰され、伊勢神宮に御親拝されるだけで、我々日本国民は“有難い”のである。涙がこぼれるのである。

 これが共産党員の保阪にかかると、天皇と日本国民の関係は、明治維新に始まったとして、弥生時代の神武天皇に始まった厳然たる歴史を抹殺する。次に、この仮構において「明治憲法下では天皇と国民の関係は国家主義だった、敗戦後は国民主義になった」と、保阪は恐山の“いたこ”にでもなったのか、意味不明な御宣託を宣うのである(105頁)。この共産党語「国民主義」は、戦後、特に平成時代以降、皇室は「国民のための天皇家」になったからで、その謂いだ、と。

 しかし、神武天皇以来、天皇は国民のために祈り、世界最高の善政にあらゆる努力をベストを尽くし行ってきた。皇室が国民のためにあるのは、二千年間変わることはなかった。それがどうして、平成の天皇から、皇室は劇的に変化して「国民のための皇室」に変貌したと言えるのか。仁徳天皇が、これを聞いたら、卒倒されること間違いない。荒唐無稽な歴史改竄も、余りに天文学的だからだ。

 そして、今上陛下(当時は皇太子)や秋篠宮殿下の妃が、一般庶民であることから、「国民主義の天皇・皇室」は、「市民主義化」したと、保阪は断じる。主義とは英語でdoctrine。イデオロギー化した」とのニュアンスがある。つまり、保阪正康は、共産主義者固有の思考回路に従って、「市民主義化」という主義から、今上陛下(当時は皇太子)は外務事務次官の娘、皇太弟殿下は大学教授の娘とご成婚されたとする。本末転倒の屁理屈。アホくさ。

 皇族の相手は基本的には皇族であることが、二千年間の伝統的な習わしである。だが、戦後日本は、宮内次官・加藤進とケン・ダイクGHQ民間情報教育局長が主導して、昭和天皇に十一宮家の皇籍剥奪はマッカサー元帥の意向だから、先に決定する方が好感が持たれると真赤な嘘を吹き込み、大蔵省に十一宮家の来年度予算をカットさせ、昭和天皇が正常な判断をできない情況に追い込んで、1946年秋にご聖断させることに成功した。赤い官僚による政府内革命の成就だった。

 このため、皇配となる皇族源が枯渇し、皇配を民間人に求めざるを得ない事態になった。また、皇族に適齢期の若者がいない場合、摂関家(五家)と清華家(九家)がその代替機能を果たしていたが、GHQ憲法には在った「堂上公家は存続させる」が、日本の国会を最終通過した時、消えていた。内閣法制局次長の佐藤達夫が、1946年秋、こっそりと国会配布の憲法案から削ったのである。

 即ち、旧皇族の復籍と公家制度を復活すれば、眞子殿下のKK問題は発生していない。奇天烈な共産党語「国民主義」「市民主義化」で説明される情況そのものが生まれていない。保阪正康がこれら共産党語を創作した意図は、ダイク/加藤進/佐藤達夫の犯罪をひた隠したいからである。

「共産党の言う通りに眞子殿下を叩き潰せ」と良心的な皇嗣職大夫を詰る保阪正康

 このKK問題に伴って、眞子殿下及び秋篠宮家に対して、共産党主導の大規模な「中傷誹謗」大合唱が発生した。その目的の中には、悠仁親王殿下を恐怖させて、天皇位即位を拒否させる狙いが露骨に含まれていることは、既に幾人かの識者が指摘している通り。

 この中傷誹謗の大洪水を、そのまま「中傷誹謗だ」と客観的に指弾した最初は、皇嗣職大夫の加地隆治で10月1日であった。二番目が、眞子殿下で10月26日の記者会見であった。この両名のありのままの発言で、共産党の中傷誹謗キャンペーンはほんの少したじろいだが、基本的には変化はなかった。が、一般国民は、この二つの指摘で、初めて、眞子殿下の御成婚に祝意の声を上げることができるようになった。KK問題と眞子殿下のご結婚問題は、半分は不可分に連結しているが、半分は関係が無いのである。KK氏を思考から消せば、“最高の知的で賢慮な女性皇族のご結婚”と捉えることができるからだ。そのように考えている日本国民は極めて多い。これが本当の日本国民。

 このように一般国民が自由な祝意表明を言える状況を最初につくった加地隆治・皇嗣職大夫に対し、共産党は怒り心頭。保阪正康は、共産党全体の意向に従い、徹頭徹尾に皇嗣職大夫に次なる暴言・讒言を投げつけた(109頁)

1、「皇嗣職大夫の記者会見は、いかにも官僚的な事なかれ主義の姿勢でした」←転倒語法

2、「眞子さんの病名を明かし、(共産党の直轄・命令下にある非)国民やメディアからの批判を《誹謗中傷》と敵対的な言葉で表現・・・」(丸カッコ内中川)←「客観的を敵対的に置換」は転倒語法

3、表現「中傷誹謗」は眞子殿下の意向であろうが、「皇嗣職大夫が、(この意向)そのまま会見で発言してしまったのでは、皇族をお守りすべき側近として役割を果たしているとはいえず(加地隆治を)うつけ者》と呼びたい」(丸カッコ内中川)←「役割を果たした」「正常な官僚」の転倒語法

4、「病名やきつい言葉《誹謗中傷》を世間に投げかけた時、世間からどんな反発を受けるのか、想像(しろよ)(丸カッコ内中川)(世間の過半は加地隆治に大いに納得し説得されたので)転倒語法

5、「皇嗣職大夫など経験を積んだ大人なら、眞子殿下に《それはやめましょう》《こうした方が良いです》と進言すべきでした」←「ここまで中傷誹謗がひどくては、もう限界!」の転倒語法

6、「たとえ皇族が嫌がろうとも、身を挺してお諫めする。それが聖なる皇族をお護りする臣の役割です」←「これ以上の《中傷誹謗》放置は宮内庁幹部職員の職務怠慢となる」の転倒語法

7、「(KK問題で眞子殿下の)側近たちは眞子さんの強い意志に振り回されるばかり。それでは今の皇室には臣がいないことになる」←眞子殿下に対する言語に絶するテレビ雑誌の中傷誹謗の大洪水を“事なかれ主義”で放置し、“皇族なんか死んでしまえ”が蔓延しているのが宮内庁の実態だから、「共産党主導の極左雑誌・テレビに振り回されてばかりの宮内庁」の転倒語法

 同志社大の民コロ保阪正康の、事実転倒の大改竄は、これほどひどいのである。何故、保阪はここまで悪質な180度逆に事実を転倒するのだろうか。10月1日の加地隆治と10月26日の眞子殿下が、「中傷誹謗」を「中傷誹謗」と名指しした真実の反撃は、かなりの国民を目覚めさせ、共産党主導のKK非難の大合唱の目的が天皇制廃止にあることに気づかせたからである。ヒトラー/ゲッベルス型の国民洗脳こそ共産革命に必須で、この国民洗脳状態に頂門の一針を撃ちこみ、この洗脳を一部であれ解いた、この二人の行動を、今後は踏襲しないよう宮内庁に対して思い違いさせることを狙った偽情報工作が、この『文藝春秋』誌の保阪正康エセーである。

皇室を護り皇統を護持せんとする“聖天使”眞子殿下の勇気ある「中傷誹謗」糾弾

 以上の保阪正康の解剖をしただけでも、聡明な眞子殿下の記者会見での「中傷誹謗!」との勇気ある指摘こそ、共産党と北朝鮮人が天皇制廃止に向かってやりたい放題の暴言放言を食い止める、小さな防波堤の築造であったことがわかる。我々日本国民は、聡明な眞子殿下が勇気をもっておつくりなされた防波堤をより大きな、より完璧なものにしていかねばならない。その方策で最も効果あるのは、刑法不敬罪の復活であるのは謂うを俟たない。

 1993年の週刊文春で、北朝鮮人で過激な天皇制廃止論の花田紀凱が、今上の上皇后陛下を失声症に追い込んだ傷害事件は、この刑法不敬罪があれば、決して起きなかっただろう。花田紀凱は、同法によって死刑となっているからだ。この問題、次稿で論じる。

(2021年12月1日記)

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