筑波大学名誉教授 中 川 八 洋
ロシアがウ侵略を開始した2022年2月24日以降、私が、“神の見えざる手”の計らいだと、つくづく痛感する人がいる。遠くウクライナの空から日本に降り立ち、露烏戦争の本質を日本人に解説し、また日本に貴重な警告を発してくれているグレンコ・アンドリー氏こそは、“日本の幸運”でなくて何であろう。この意味で、“炯眼の士”グレンコ氏の2・24以降のtwitは、パスカル『パンセ』級の「対日」箴言集。例えば、PHPなどが、『グレンコtwit集』として出版してくれれば有難い。
このグレンコ氏は、開戦直後2022年3月頃のtwitで、1994年12月の『ブダペスト覚書』に対する自己批判をしていた。コピーし忘れたので、『デイリー・スポーツ』2022年9月3日付から引用。
「(要旨)ウクライナは、実に出鱈目な、あんなブダペスト宣言をなぜ信じたのだろうか。有事が起きた時には、国連や米国が何とかしてくれるだろうから、核兵器をロシアに渡しても問題ないとウクラナイナは考えたのだ。当時のウクライナは、国あげて、本当に平和ボケだった」。
以下は、グレンコ氏のこの『ブダペスト覚書』クリティークに対する、核戦略家・中川八洋として「半分賛成するが、半分否定する」考察の粗書きである。
ロシアのウ侵略を抑止できるのは戦術核兵器。『覚書』がウから奪った戦略核兵器はウを利さない
エリツイン(ロシア大統領)に騙され、クリントン米国大統領が調印した『ブダベスト覚書』は、1994年12月5日、ハンガリーの首都ブダペストで調印された。中身は、旧ソ連の構成国ウクライナ/カザフスタン/ベラルーシにある旧ソ連のICBMと戦略爆撃機はすべて解体するか/新ロシアに譲渡することを定めたもの。代わりにロシアは、“ウクライナの領土と主権を尊重する”義務を負うことが明記。
なお、この約定は、条約以下/協定以下の当事者国を縛る拘束力が弱いmemorandum。これは、米国がウクライナ防衛にほとんど関心がないことを示す。が、それは米国がウクライナを切り捨てる意図からではない。米国は東欧解放の翌1990年から、「ロシアは、これまでのソ連とは全く異質な国に変貌した。西側と同じく“侵略しない国”になった」と、対ロシア“過剰信頼”が普通になった。当然に、「ウクライナの安全など考えてあげる必要もなくなった」が、米国の常識と化したからだ。
『ブダペスト覚書』を、プーチンは2014年3月、クリミア半島を侵略・占領して一方的に破棄。ソ連が日本との日ソ中立条約を(1945年4月に)一方的に破棄して満洲と樺太に侵略した1945年8月9日と、全く同じパターン。ロシアは、侵略被害国を油断させる道具として条約を締結する。
確かに、ウクライナの主権と領土を尊重すると書いてある『ブダペスト覚書』を信じた、1994年のウクライナ人の脳天気は、“日本憎悪狂”松岡洋右がスターリンと締結した日ソ中立条約を信じて、対ソ防衛を一切しないどころか、対英米蘭戦争までおっぱじめた1941年12月の“暗愚”日本人と瓜二つ。グレンコ氏の「1994年のウクライナ人は、平和ボケだった」論は正しい。
が、グレンコ氏は、『ブダペスト覚書』は戦略核兵器の対ロ譲渡and解体の取り決めであり、ウクライナの国家安全保障を決定的に左右する(ロシア侵略「排除力」を有する)戦術核兵器を定めたものでないが、このところを勘違いしているように思える。ウクライナとウ国民の問題は、1991年に戦術核兵器の保有による核武装国への道を放棄したこと。これ以外ではない。1994年12月の『ブダペスト覚書』は、ウクライナの国家安全保障とは無関係である。
本稿の目的は、この問題の分析と掘り下げ。そこで、まず読者が最小限具備すべき初歩的知見を、順不同で先に論じておく。
プーチンが対ウ核恫喝で「使用するぞ!」の戦術核兵器“投射手段”を報じない日本の新聞TV
現在、ロシアが保有する戦術核兵器の総計は二~四千発と推定できる。プーチンが、仮に今、ウクライナに戦術核兵器を投射するとすれば、その手段が表1。
表1;プーチンの対ウ戦術核兵器“投射”手段
ロシア地上軍 |
イスカンデルM(弾道ミサイル型)*おそらく、これを使用する。 イスカンデルK(巡航ミサイル型) |
ロシア空軍 |
キンジャールKh-47M2 マッハ10と称するALBM。ミグ31K戦闘機とバック・ファイアーが投射手段。 |
『ブダペスト覚書』がウクライナに廃棄を命じた戦略核兵器(投射手段)←ウにほとんど不要!
表2;1991年8月(ウクライナが誕生)時点のウクライナ保有の戦略核兵器投射手段
ICBM;《対ロ攻撃能力が完全ゼロの、ウにとり粗大ゴミ。 |
SS19×130基(核弾頭780発)←ほとんどロシアに移送? SS24×46基(核弾頭460発)←ほとんどロシアに移送?
|
戦略爆撃機;対ロ攻撃能力はあるが、米国が嫌悪する。 |
TU‐95(ベア)?機←米国がスクラップ? TU‐160(ブラックジャック)19機←米国がスクラップ? TU‐22M3(バック・ファイアー)?機←核兵器はロシアに譲渡。機体はウが利用。 |
ウクライナの戦術核をソ連に急ぎ返還する、ウ新政府の担当大臣を翻意させる目的の私の提言書
私は、1991年10月、ウ新政府を訪問すべく、「オランダ→ポーランド→キーウ」経由の切符を手配した。次のABCD提言書(英文)を、戦術核兵器をロシアに譲渡せんとしているウ新政府の“ドアホ”担当大臣に手渡すため。および「ウの核武装は、仏のガロワ将軍の核戦略理論を援用されたい」「《モスクワ/レニングラード/海軍基地ノボロシースク/戦略爆撃機の基地》など、ロシア国内“攻撃目標”をまず確定せよ」「ウが保有すべき主力核兵器は米国のパーシングⅠaをモデルとせよ」など、ウクライナが選択すべき核武装の一般理論を、ウ政府部内の関係者を集めて講演するため。
A;ウクライナは戦術核兵器「保有国」の道を選択せよ。これ以外にウクライナが対ロ独立を保持すること(=ロシアから再侵略されない自由の維持)は不可能。すなわち、戦術核兵器三千発(1991年現在の保有数。空・陸軍関係だけでなく、海軍関係のも含む)は、絶対に手離してならない。
B;ICBM(SS19&SS24)は“粗大ゴミ”だから、全て米国に売却し、建国資金に換えなさい。これらは、モスクワにもレニングラードにも(飛び越えるので)着弾しない。ウクライナにとって無用の長物。が、絶対にロシアに渡すな!
*ウクライナは、『ブダペスト覚書』に従い、これ等をロシアに献上した。1996年6月末に移送完了。
C;戦略爆撃機TU‐95(ベア)は古すぎて保有する価値がない。TU‐160(ブラックジャック)のパイロットをウが新規に育成するのは不可能。よって、TU‐95(ベア)とTU‐160(ブラックジャック)は米国に売却して建国資金に換えよ。が、決してロシアに譲渡してはならない。
*なお、米国ブッシュ政権は、解体費用は米国が負担すると公言していた。米国政府が解体費用 を負担すると定めたナン=ルーガー法は、同年12月末に制定。
D;問題は、米国が大嫌いなバック・ファイアー。が、これを操縦できるウクライナ人パイロットが存在し、また、かなり操縦し易く性能の良い名機。解体するのはもったいない。また、モスクワ/レニングラードへの核攻撃に使える爆撃機。よって、この爆撃機を搭載核兵器ともども、「米国に米本土で保管してもらい、有事にウクライナに返却してもらう」特別な米ウ協定を締結されたい。
*ウ空軍は、このバック・ファイアーを2006年の退役まで運用していた。2022年時点で考えれば、耐用年数を十五年間も過ぎ、米本土で保管していても、今般の対露防衛戦争には使用できなかった。
ところで、私事の方だが、戦術核兵器のソ連への譲渡を推進している“お馬鹿”担当大臣を確定することに時間がかかり、また彼との面会取り付けがなかなかできなかった。さらに、警視庁外事課から仲介伝達者を通じて「ウクライナは未だソ連時代のままロシアKGB第二総局(プーチンも若き将校時代、配属されていた。その殺人局は世界最凶に残忍・残虐)の完全支配下にあり、中川先生が生きて日本に戻れる可能性はありません」と忠告された。結局、ウ政府訪問は断念。
が、戦術核兵器なしにウクライナがロシアの再侵略を避ける方法など万が一にも存在しない。その趣旨を、翌年1~3月に執筆した拙著『蘇るロシア帝国』(1992年刊)に記録した。附記参照。
なお、ロシアのウクライナ侵略が始まった2022年2月24日、一億日本人がこぞって手にすべき書は、スターリンのウクライナ農民大虐殺(ホロドモール)を分析した歴史家コンクエスト『悲しみの収穫』と永遠の侵略文化を持つロシア民族を歴史学と国際政治学から考察した中川八洋『蘇るロシア帝国』の二冊なのは言うを俟たない。が、両書が再刊になったなどの当然の話は聞こえてこない。
ゴルビーに洗脳された米国ブッシュ大統領。ベーカー国務長官/サム・ナン上院議員はKGBロスケ
1991年10月に入るや、ウクライナに「戦術核兵器を放棄しろ!」と迫ったのは、ソ連だけではなく、米国政府の方が激しかった。「ブッシュ大統領/ベーカー国務長官/Sam Nunn上院議員」が、この筆頭。Sam Nunn上院議員は、悪名高い札付きKGBロスケで、まさに“米国の鈴木宗男”。ベーカー国務長官もまたKGBロスケで親ロ一辺倒の“有害”馬鹿。ベーカー(BAKER)は「バカー」と発音すること。
なお、当時の米国で、孤軍奮闘的に「ウクライナを核武装国に! そうしなければ、ロシアはウクライナに再びの侵略をする」と、私と同じ主張をなした知識人にポーランド系のズブグニュー・ブレジンスキー(カーター大統領の安全保障補佐官、コロンビア大学教授)がいる。大の親日の国際政治学者ブレジンスキーの著に、相当に売れた『ひよわな花・日本』(サイマル出版会、1972年)などがある。
ところで、1991年のウクライナだが、独立できたことに浮かれ有頂天になり、「戦術核兵器の保有が、ウクライナを再びのロシア侵略から守る」と理解しているウ人は、ほとんどいなかった。平和ボケしていたのではない。それ以外の二つが原因。
第一。ウクライナには、核戦略理論の専門家がいなかった。日本には、ボーフル将軍系の私一人だけしかいないが、国家としてみれば、ゼロ人でないのは大きい。第二。1991年8月以降のウクライナでは、主権回復の浮ついた祝賀ムードが、全国を隈なく覆い尽くしていた。ブッシュ米国政権がウクライナを誤導していることなど、とるに足りないマイナー問題に見えたのだろう。
しかも、ブッシュ大統領は嘘を決して吐かない、英国貴族的な最高の紳士。だが、礼儀正しく気品が滲み出ているからと言って、ブッシュ(父)が、1989年11月の東欧の解放に瞠目しすぎて、翌12月2~3日のマルタ島でのゴルバチョフとの「冷戦の終焉」サミットでゴルビーにすっかり頭をレイプされてしまった事実は重大で深刻でありすぎた。「冷戦の終焉」は、米国騙しのゴルビー語。ブッシュは、このサミットで初めて聞いたと回想している。
なお、1991年時点で、「ロシアは二十年後には世界侵略を再開するぞ! ロシアに騙されるな!」「ウクライナよ、核武装せよ」と声を大にして叫んだ、私やブレジンスキー教授を含めた二十人足らずの世界トップ“ロシア通”の意見など、1989年11月のベルリンの崩壊で発生したロシアへの熱狂に浮かれる世界の阿波踊り大衆の前には、蟷螂の斧どころか無力だった。この現象は、ロシアにホロドモールなど何度も大虐殺の憂き目にあったウクライナでも同じ。ロシアのクリミア半島への侵略は2014年で、1991年から二十三年後。私の予測「二十年後」は、学問的に最高度に精確。
ウの“戦術核兵器のロシア譲渡”決定は1991年末。戦略核兵器の対ロ移送決定は1994年末
表3;ロシアにすっかり騙されたウクライナの“侵略誘発の決定”
|
戦術核兵器の対露移送(譲渡) |
戦略核兵器の対露移送(譲渡)&解体 |
決定 |
1991年12月 |
1994年12月、『ブダペスト覚書』 |
移送完了 |
三千発のロシア移送は、1992年7月に完了。解体はゼロだった。 |
1996年6月、表2。 |
表3が示す如く、絶対にロシアに渡してはいけなかった、ウクライナの戦術核兵器「対ロ譲渡」決定は1991年末。これは、(ウとしてはロシアに渡さず、一方的に解体すべきだった)戦略核兵器の譲渡・解体を定めた『ブダペスト覚書』の三年前だった。
1991年10月、ロシアは、ウクライナに「戦略核兵器はウクライナが保有していていいよ」と、嘘を吐いた。ために、ウの非核化に反対する半分“常識”に基づく、“核兵器/核抑止論にズブの素人”ウクライナ人は、「戦略核兵器を保有できるなら、戦術核兵器なんか無くてもいいや」と、戦術核兵器を大盤振る舞い的にロシアに献上した。ロシアが騙しの天才であるのを、1991年のウクライナ人は忘却したのである。
そして、ウクライナの戦術核兵器をすべて手にするやロシアは、今度はブッシュに代わって、1993年1月に誕生したクリントン米国大統領を通じて、ウクライナに「戦略核兵器をロシアに移送するか、解体せられたい」と圧力をかけた。つまり、ロシアはウクライナからすべての核兵器を剥奪するため、人間の心理を深く読み込んで、「第一段階で戦術核兵器、第二段階で戦略核兵器」を剥奪する順序でロシアは見事な騙しを完遂した。この順序を仮にも逆にしたら、ウの非核化に反対するウ人が膨れ上がり、戦術核兵器の奪取はうまくいかなかっただろう。
またウクライナは1991年時点、米国の不拡散政策について全くの無知だった。米国人は、「核保有国は少なければ少ない方が、世界に安定をもたらす」と、核保有国数をただ減らせばよいと単細胞的に考える。米国人は深い熟慮が苦手。核不拡散(NPT)条約も、この単細胞思考で起草された。
要は、米国は、チャーチル系の私とは異なり、“平和愛好国が核兵器を独占すべし。仮にも侵略国家が核保有すれば、前者が圧倒的に優勢な核戦力で後者を核抑止することが、世界の平和的安定をもたらす”等との真正の国際政治学の理論には立脚していない。つまり、単細胞の“正義の騎士”米国は、ウに対し何らの悪意はないのだが、「ウクライナを平和愛好国、ロシアを侵略国」と差別する、正しい世界秩序の維持法則が理解できない。
しかも、SS19(スティレット)の射程は一万㎞、SS24(スカルペル、2005年に廃棄)の射程も一万㎞以上。これらをウクライナから撃てば、いずれもサンクト・ペテルブルグやモスクワには中らず、その上空を超え、米国を直撃する。当然、米国は、これらの核をウに認めない。自明すぎる。さらに、1991年のウクライナは、弾道ミサイルが射程より大幅手前に落とせない工学や物理学にも無知だった。
米国は核保有国を減らすルールとして、「後発の方が我慢せよ」との、後に並んだ方には食べられない可能性がある“人気レストランの行列”と同じルールを適用する。が、ウクライナ人は、これにも無知だった。1991年時点、米国がいずれウクライナに、「SS19&SS24を解体させるか、ロシアへの移送を強制する」のは、ウィーンで二年間も、米国と核不拡散策で激突交渉をしてきた私にとって、自明であった。が、1991年のウクライナ人には、想像できなかったのである。
今後、ウクライナは核武装すべきか。NO!だ。では、どうする?
現在の露烏戦争はいずれウクライナの勝利で終了する。この時、ウクライナは、悲願の核武装をすべきか。答えはNo!だ。ウクライナはNATOに加盟し、NATO=米国がウクライナのための“核の傘”を提供するのが筋だからだ。
1991年のウクライナは、NATO加盟の可能性など全くのゼロだから、スイスと同じく、自国の平和と自由は自国の軍事力のみで確保するしかなかった。ロシアの侵略を排除する方策は、“ウクライナの女神”戦術核兵器による核保有国となる以外の選択肢はなかった。
が、来年の2024年夏、ウがロシアに勝利して、この戦争が終わった暁には、ウは大拍手の中でNATOに加盟するだろう。再びのロシア侵略からウクライナが自由ある平和を維持するに、NATOこそが、1983年のレーガンと同じ対ロ核戦争“完全勝利”態勢を西欧に完備して上げるべきだ。
この対ロ核戦争“完全勝利”態勢は、現在大幅に性能アップの新型パーシングⅡと鋭意改良中の射程三千km以上の新型・巡航ミサイルを、1983年のレーガンと同じように、西欧各国に配備すること。むろん、補完的だが、ウクライナが米国と核共有する国の一つになるのは望ましい。
日本では、暗殺される前の2022年、“スーパーお馬鹿”安倍晋三が「核共有!」と叫んだため、米国の核戦力の同盟国内への「設置set‐up」と、この特殊な「核共有 nuclear₋sharing」とが混同されている。「核共有」とは領土内に侵略してきたロシア軍に、米国の同盟国が米国支給の小型戦術核を投下することを謂う。米国の核戦力の同盟国内への搬入設置を指すのではない。
三十ヶ国を超えるNATOだが、核共有しているのは、ドイツ/イタリア/オランダ/ベルギー/トルコの五カ国のみしかないのも、この事によって生じている。また、米国が支給する小型戦術核は、精密誘導のB61-12型の核爆弾のみ。その投射手段は、ドイツ/イタリアはPA200トルネード戦闘機、オランダ/ベルギーはF16対地攻撃機。今般、スウェーデンのNATO加盟を了承したご褒美で米国が有償供与するF16で、トルコも、核共有が目出度くできるようになった。
ウクライナは今般、F16を各国から供与された。それらは対ロ戦勝後もウ空軍に所属するから、NATO加盟後のウクライナは、第六番目の「核共有国」になればよい。例えば、ケルチ大橋が露烏戦争後でも仮に残っていると仮定しよう。クリミア半島側のケルチ大橋の橋脚はウクライナ領土内だから、ウクライナは、ここに米国支給のB61-12型の核爆弾を一発投下できる。そうすれば、ケルチ大橋はポッキリ折れて、そのほとんどは海に没する。
(2023年8月20日記)
(附記) 中川八洋「ウクライナ非核化の代償」『蘇るロシア帝国』85~8頁。
◯「隣接するウクライナの核がロシアの核を最も効果的に抑止する現実など、ソ連消滅後の米国にとって、関心の対象に全くならない」。
◯「ウクライナを(新ロシアから)完全に独立させて、英仏並みの核と海軍力を持つ“中級国家ミドルパワー”化すれば、世界平和を安定させる対ソ核抑止のシステムを格段に向上できる」。
◯「旧西側は、1991~2年に労せずして創造できた、この対ロ核抑止システムを忘れたことをいずれ後悔するだろう」。
◯「ウクライナ軽視は、米国のブッシュ大統領を初めとして、視野狭窄が蔓延する旧・西側が犯している歴史的な愚行であろう」。
◯「日本としては、ウクライナへの接近と同盟に近い協商関係の樹立を今こそ急ぐべきであろう。そして、このウクライナの他、ポーランドやリトアニアそしてフィンランドとも、日本は同盟的な関係を構築して、ロシアを緩やかに包囲する体制をつくる必要を急がねばならない」。