シベリアの嘘墓に詣でる「強制連行犠牲者」遺族は、死者の無念を冒涜する、“スーパー暗愚”な対ロ売国奴!

筑波大学名誉教授    中 川 八 洋

(1) まず、「シベリア被殺戮日本人数とその墓」に関する基本入門書を紹介する。次の四点を詳読せずに、シベリアの日本人墓地・墓穴を論じることは不可能だからだ。すなわち、この四点を読まずば、日本人の墓がロシアには一つも存在しない現実を推定できない。代わりに、「ロシアは至る所に親切にも墓建立を認めてくれた」と、錯覚する。また、ロシアとグルの厚生省が犯意をもって日本国民(遺族)を欺く真赤な嘘を、日本人は“お馬鹿”になって糾弾できない。日本人の堕落・腐敗・痴呆化は、世界史にも類例がない。

表1;「シベリア被殺戮日本人数とその墓」を知りたければ絶対必読すべき基本入門の四書

(備考2)ニンモ『検証―シベリア抑留』(時事通信社、1991年)は、親日米国人の著と誤解されがちだが、数字の改竄や摘み喰い史料選択arbitrary-selectionの手口において、ロシア対日工作員と目される。

(備考3)ポトィリチャク/カルポフ/竹内『ウクライナに抑留された日本人』(2013年)は、長勢了治が訳者の分際で表3を勝手に作り挿入。これでは、長勢は著者になる。長勢が作成した表3は、「5267人」のうち死者は「1550名」なのに「211名」と改竄(56頁)。しかも本書の著者として、シベリア抑留問題にズブの素人である“共産党の「反原発」活動家”竹内高明がおり、本当にポトィリチャク/カルポフの著作なのか大いに疑問。このブックレットは、竹内高明/長勢了治の共同捏造論文の可能性が極めて高い。

(2) 次に、シベリア抑留の死者と墓を視覚的に理解するよう喚起したい。次の五点は必見の画集。

表2;シベリア抑留を正しく伝える画集

 なお、シベリア帰還者には洗脳されて「スターリン万歳、ソ連万歳」の共産主義者も多く、1949年に帰還した者は特にそうだった。翌1950年6月の北朝鮮の(奇襲)韓国侵略に呼応する日本の共産革命蜂起部隊に仕立てあげるべく、コワレンコの『日本新聞』やその他の学習や吊し上げで真赤に洗脳された「赤い“優等”作業大隊」を集中的に帰還させたからだ。画文集『シベリア抑留1450日』の著者・山下静夫(共産党員)は、この一人。

 「枕木一本につき一死体」だった“地獄のバム鉄道”建設に駆り出された(骨と皮ばかりの)シベリア抑留者全員が、“真赤なアクチーヴ”山下静夫にかかると、例外なく丸々と太っている。同書のペン画352枚全体を一括外観すると、シベリア抑留を捏造する“真赤な嘘シベリア抑留のプロパガンダ作品”なのが直ぐわかる。『シベリア抑留1450日』は、ベリアNKVDが作成した“やらせ写真”のみの対日嘘宣伝写真集『アルバム・シベリアの日本人捕虜収容所』(朝日新聞社)と同類のアジプロ画集。

 山下のための長勢了治「解説」も、長勢は“札付きのKGBロスケ”だから当然だが、嘘満載。山下静夫は「作業中隊長」だったので、その部下は延べ300名を下回ることはない。そうならば、部下200名前後は過労と餓死と凍死で死んだはず。長勢が真っ当な人間なら、山下が部下の死を悼み、その墓掘りに苦労した話が画文集に一字も一絵も無いことを糾弾しただろう。このように、画文集は、「“唯物主義マルキスト”山下静夫は、部下の食糧をくすね自分だけ丸々と太り健康を維持した悪魔だった」証拠になっている。血も涙もない“唯物主義マルキスト”長勢了治の正体も暴かれている。

第一節 墓穴は徹底的に破壊され、シベリアに抑留日本人の墓は無く、特定も不能。

 シベリア抑留者「107万人以上」のうち「60万人」は、マイナス40度の厳寒に加え、真っ暗な早朝から狩り出されての極度な重労働と限度を越えた栄養失調と想像を絶する不衛生&医療欠如などが原因で死んだ。この情況なら死ぬのが予測されるから、計画“殺戮”と定義されるべきである。

 偶々、GHQが日本に存在し外交・国防を代行していたお蔭で、45%に当る「47万人」が帰還できた。だがロシアは、シベリアその他で“死”の強制による「死者60万人」について、この犯罪の完全秘匿に、あらん限りの非道の手段を遂行した。死んだ戦友・仲間の氏名や住所を日本政府が手にできないよう、帰還者がナホトカで乗船する直前、日本人を素っ裸にして身体検査し、その持ち物から全ての紙片を没収した。同様に、墓穴を掘って埋めた日本人の墓は、全て徹底的に破壊した。墓穴の痕跡が地元のロシア人ですら発見できないよう、念入りな破壊であった。さらに、墓穴に埋める時、すべての衣服を脱がして素っ裸にし、もし偶然に掘られても、本人確認ができる/日本人だとわかる、物的証拠が一つでも残るのを絶対に許さなかった。

 シベリア/モンゴル/ウクライナ/北極圏等における「日本人60万人の遺骨が埋まる」墓地や墓穴を特定することは、太平洋に落としたダイヤモンドを海底から拾うことより困難である。“騙しの才で世界史上の天才”ゴルバチョフの1991年4月の来日以来、ロシアにおいて次々に建立される日本人の墓地と称されている「ウソ墓」に、日本人の遺骨は、一体として埋まっていない。良くてロシア人の骨、時には犬の骨が混じっていよう。それを日本人の遺骨だと言い張る“ロスケ官庁”厚生省の役人とは、ロシア美女を抱かされ賄賂を受けとった代償に、日本国民騙しに全力疾走する“反人間の犯罪者”と言わざるを得ない。

「墓地が無い」「遺骨が無い」状態づくりは、日本人抑留者「大量殺戮」の証拠隠滅に絶対不可欠

 ロシアは、スターリンから今のプーチンに至る七十五年間、「北方領土問題は存在しない」&「シベリア抑留問題は存在しない」が、対日外交の絶対優先であった。だから、ロシアは、国家の政策として、日本人墓地の完全破壊を実行したのである。アルハンゲリスキーは、こう書いている。

(日本人抑留者の大量死を無かった事にすれば)埋葬地もあってはならないのであった。フルシチョフは、日本人墓地破壊命令を発令した。人骨を蹴散らしてブルドーザーやトラクターが走り回り、埋葬地は道路や住宅団地、菜園と化し、人口湖の湖底に沈んだ。イルクーツク州では、1950~54年までに七十五ヶ所の日本人墓地が消滅した。否、抹殺された」(注1)

 なお、序なので、その171頁に、「ソヴィエト・ロシアのラーゲリに収監されている日本人捕虜数は、「105万2467人」とあるのを紹介しておこう。これは、私が用いている「107万人以上」とほぼ一致。

 話を戻す。上記の記述はフルシチョフの命令書が残っていたから、彼は、それを引用をしただけ。つまり、この日本人墓地破壊が、1950年代半ばから始まったことを意味しない。現に、ステファン・コスティク(元・鈴鹿大学教員、ウクライナ人)は、インターネットに元・囚人ウクライナ女性の、1951年、バム鉄道建設のタイシェット地方第39収容所で全員死亡した“日本人数千人分の墓隠し”作業をした旨の証言を掲示している(「ウクライナ人捕虜から見た日本人捕虜」)

 その作業は、浅く埋められている日本人2500名分の遺骨全てをいったん掘り出し、深い穴を新たに掘り、そこに再び埋め直し、厚く土を被せる作業だった、と。つまり、遺骨が誰にも見つからないようにする“墓隠し”。なお、隣接してもう一つ墓地があり、それは2500名よりはるかに多い人数が埋められていたと、話は続く。それが、仮に3500名とすれば、このタイシェット第39収容所だけで計6000名の日本人が死んだことになる。

 収容所は全部で2000ヶ所以上だから、仮に平均「300名」とすれば、厚生省数字「6万人死亡」の嘘八百ぶりは、考える以前に明らか。なぜなら、「300名×2000ヶ所以上=60万人以上」となるし、「死亡は平均300名」は、上記の「一ヶ所/一時期6000名死亡」の事例からも、十分に控え目な数字。

 さて、日本人死亡者の衣服を下着まで引っ剥がして丸裸にして埋めたのは、捕虜・囚人への衣服類が足らず、それを別の捕虜・囚人に支給するためが理由の一つだが、先述したように、仮に発見された時、身元確認ができないようにするためで、この理由の方が優先。

 この丸裸での死体遺棄の光景は、表2の画集では、佐藤清の59頁、吉田勇の137頁、勇崎作衛の53頁、久永強の47頁に描かれている。インターネットでは(「シベリア抑留の事実隠蔽」)、井上馨氏が描いた三枚の絵「戦友よ 許してくれ」が、(500名の部隊のうち死んだ)200名の丸裸の死体を馬車で深い穴に捨てる光景を描いている。本ブログ読者は、必ず参照のこと。

 蛇足。お願いを一つ。雑誌か週刊誌かが、この三枚の絵をカラー・グラビアで是非とも掲載して欲しい。そうすれば学術的に使用されて拡散する。また、この無念の死者への弔いにもなる。

第二節 “鬼畜”厚生省担当役人を懲戒免職せよ──加藤勝信大臣への公開書簡

 アルハンゲリスキーの191頁に、1945年冬にソ連で「日本人27万2349名が死亡した」と、米国代表シーボルトは、対日理事会でソ連に詰め寄ったとある。この数字は、私の算定「シベリアに強制連行された日本人107万人のうち30万人が、この1945年の冬に凍死・餓死した」と一致する。

 「60万人死亡」説が決して過大な数字ではないのは、夏服・夏靴のままシベリアの冬を迎えた日本人がバタバタと凍死するのは当り前のこと。ロシアが防寒着や冬季用テントを連行日本人全員に支給したのは、やっと1946年の冬から。また、バム鉄道の建設に駆り出された日本人捕虜のうち「10万人死亡」は確定しているから、先の「30万人死亡」と加えると、この二件で「40万人以上が殺戮された」は不動の数字。すなわち、「日本人60万人死亡」は、抑制された「(バム鉄道建設犠牲者を除く)20万人死亡」説の可否を論じる入口。これを前提にしない日本人とは、世界が軽蔑する、“嘘つき天才民族”ロシア産の真赤な虚偽数字「死亡6万人前後」の呪文に唱和するカルト宗教の狂信者

 今に残るシベリア抑留者の体験記約2000点から判明している“収容所ごとの死亡者数”を、確率統計学的に処理して、2200ヶ収容所全体に総合すれば、数学的にかなり精度の高い犠牲者算定は可能。ということは、正確な日本人被殺戮数の割り出しなど可能なのに、なぜ厚生省は、この作業を決してしないのかという、問題の核心に突き当たる。厚生省こそが、本当の数字「死者60万人」が白日のものに証明されるのを、どうしても回避したいのではないか。

 厚生省引揚援護局=旧陸軍は、戦後一貫して、大東亜戦争の本当の戦争計画を日本人から永久に秘匿するのを絶対とした。また、大東亜戦争=日本共産化革命の真実が暴かれる、いかなる歴史事実も、隠蔽する/改竄することに徹した。特に、旧陸軍を後継する厚生省引揚援護局は、まだ大東亜戦争中だった1945年の年頭から7月にかけてスターリンと謀議した、日本人シベリア強制重労働の合意について、それが重大な国家的犯罪である以上、隠蔽に細心の注意を払った。

 犯罪国家ロシアもまた、日ソ中立条約違反/ポツダム宣言違反/陸戦法規違反のシベリア強制抑留で、さらに60万人殺害をなしたことはイメージ的にも対外政策上も甚大な障害となる以上、それを秘匿したい。ここに、厚生省引揚援護局(=「本土決戦/一億玉砕→ソ連軍の日本列島全土の軍事占領」を推進していた旧陸軍のロスケ集団の後継部隊)とロシアの利害が一致し、共同で数字改竄と歴史事実隠蔽を行った。これらの問題は、次稿以降で掘り下げる。

 本稿では、このイントロとして、厚生省引揚援護局(=旧帝国陸軍の正式後継官庁)がなしてきた、非人間性と祖国反逆性の“反行政”のほんの一部を垣間見ることになる。

(1) “鬼畜”厚生省のシベリア抑留行政は、国民騙しの嘘だらけ“祖国叛逆”と非人間の反・行政

 私の手元にある約200点のシベリア抑留関連資料の中で、悪書ワースト・ファイブを選んでみたら、表3の五冊となった。ここでは、厚生省執筆の「政府文書」を取り上げる。長勢のは、注2を参照。

表3;「シベリア抑留」出版物の中でも際立つ、捏造が最も悪質な“犯罪文書”五点

 北方領土奪還の研究に付随して、1981年、シベリア強制抑留問題についても最小限の知見を持たねばと、私が初めて読んだ資料が、知人にもらった『満洲・北鮮・樺太・千島における日ソ開戦以後の概況』だった。そして、『引揚げと援護三十年の歩み』を急ぎ購入した。

 前者の著については、日本の婦女子が殺戮され続ける阿鼻叫喚の地獄図となった満洲の惨状を事実上いっさい書かずに隠蔽する異様な冷酷非情さに驚愕した。日本の婦女子は、死ぬまでレイプされ続けるのが常態で、その犠牲者(死者)だけで数万人を越えた。満洲引揚者に聞けばいい話。

 佐藤清『画集』107頁に、満洲におけるロシア兵部隊は仕事で外出する間、日本女性の手足を縛って床に転がしておくが、その光景が描かれている。三日三晩、死ぬまで一睡もさせられず食事・水も与えられず、この三日間で一女性当たり百人ほどのロシア兵にレイプされる。が、厚生省の『満洲・北鮮・樺太・千島における日ソ開戦以後の概況』は、それへの同情や怒りは皆無。逆に快楽している臭いが漂っている。一億日本人皆殺しが戦争目的だった“悪魔の大東亜戦争”を、厚生省は忠実に継承した。厚生省とは、ロシアの日本人大量殺戮の擁護隠蔽を業務とする“悪魔の官庁”である。

 次に、『引揚げと援護三十年の歩み』。まず、グラビアにある(モンゴルの日本墓地の写真には納得したが)イルクーツクの写真には腰を抜かした。カッコ内について。モンゴルは、日本人捕虜=牛馬以下の家畜をロシアから戦利品の分配としてもらい酷使し殺したが、その死体を埋めた場所を記憶した。その墓地を放置して破壊しなかった。また、ロシア内務省NKVDも、属国モンゴルに対して、スターリン命令“大量殺戮の痕跡を消す墓隠し”を「実行せよ/継続せよ」の命令を出し忘れた。

 イルクーツクの写真について。ロシアは、日本人遺体をゴミとして捨てた墓地や墓穴を、さらに徹底的に破壊尽した。ために、その場所の特定は不可能である。また、一つの墓穴には丸裸の数十体、時には百体以上が一緒に折り重なっており、一人一人の墓など存在しない。なのに、イルクーツクの「日本人墓地」は、欧米風の墓石が一人一人に造られている。つまり、“やらせの真赤なウソ墓石”がズラリと並んでいる。仮に骨が埋まっていれば、犬の骨か他民族の骨である。議論する以前に明瞭。

 厚生省とは、在京ロシアKGBに命令されるまま、「日本国を騙し、日本国民を欺き、日本人死者を冒涜して快楽する」“快楽殺人鬼の官庁”。厚生省の役人を見て石を投げないとすれば、倫理道徳に悖る非人間の極みだと、嘆息も自省もしない日本人とは、頭がアヒルや豚並みに劣化した証拠。

 『引揚げと援護三十年の歩み』で、もう一つ。56頁の「ソ連モンゴル領内日本人収容所分布概観図」は(注3)、日本人収容所を「約70ヶ所」と、三十分の一に改竄。厚生省は、ロシアKGBの命令通り、重要事実「収容所2200ヶ所」を抹殺した。厚生省の数字操作は、普通の正常人間ならできない。

 墓地墓穴の数は、最低でも収容所2200ヶ所の数倍。一収容所当り、数ヶ所~数十ケ所。常識だろう。最低五ヶ所としても、日本人墓地墓穴は「2200収容所×5=最低一万一千ヶ所」。現実により近い数字「平均十ヶ所」なら、墓地墓穴は二万ヶ所以上が推定される。

 現に、厚生省の「ソ連モンゴル領内日本人収容所分布概観図」には、モルドヴァの第16収容者が記載されていない。ここに収容されていた、最低でも一千名がいただろう日本人は全員死んだ(上記コスティク氏)。とすれば、一墓穴当り五十名づつ埋めたとして、墓穴は二十ヶ。つまり、厚生省は、この図で、収容所をなかったことにし、墓地墓穴をゼロとした。厚生省とは、死者隠し/墓地墓穴隠しの詐欺師で、“死者冒瀆”の凶悪犯罪者。なお、ゴルビー嘘数字(=「村山常雄“ゴルビー共犯”偽情報操作名簿」)のモルドヴァ日本人死者は「五名」。“死者一千名”を「二百分の一」に改竄している。

 もう一例。ウクライナには、ザポロージュ、スラヴァンスク、アルチョモフスク、ロガンの四つの日本人収容所があった。厚生省「分布図」ではこれらが全て抹殺され、不存在。アルチョモフスクでは2000人が収容されていた。が厚生省は、「二千人なんか、初めから、いなかったことにしておこう」と作為した。この遣り口で、次から次に強制拉致連行された日本人数を改竄して、「107万人以上」を「53万人」に改竄した。厚生省の自国民死者冒瀆の狂気と犯罪は、ヒットラーのユダヤ人殺しより悪質。レーニン/スターリンの6600万人殺しに酷似する。

 厚生省の政府文書は、強度の「反日」感情を爆発させたロシア原産のロシア製。その証拠をもう一つ。それは、1000~5000名ほどの日本人女性が、ロシア領内に強制連行された自明な事実について、一文字も触れていないこと。この中には、子連れの女性もいた。その多くは帰還していない。僅かな数が帰還した。資料のほんの一部だが、新聞報道と帰還女性の手記を、注4に紹介。

 あるいは、年齢15~16歳の、満蒙開拓少年義勇軍の少年たちも強制シベリア連行となった。幸運な一部は、「重労働の家畜として役に立ちそうにない」と満洲で解放された。が、大半はシベリアに連行され死んだ。注5。なのに、厚生省は、これへの言及が全くない。

 厚生省のこれらの情報操作──重要事実の隠蔽に次ぐ隠蔽──は、女性や少年を戦時捕虜として拉致連行する“悪魔の犯罪国家”ロシアの本性=凶悪残忍な悪魔性を隠蔽してあげるためである。厚生省は、ロシア政府に仕える、ロシア国のロシア機関。日本国・日本国民の官庁ではない。

(2)遺骨返還ムード(煙)を立ち昇らせた“ゴルビー対日工作”の共犯者が、“死者冒瀆官庁”厚生省

 ソヴィエト・ロシアは、1981年年頭からのレーガン米国との(平和的な)軍拡競争のやりすぎで(GDPの27%を軍事費に投入したため)、1985~6年には経済破綻が顕著になった。そこで、最後の共産党書記長ゴルバチョフは、日本から少しでも外貨獲得をしようと、費用ゼロのムード外交「北方領土を返還するかも知れない」を実行し、1991年4月、来日した。その半年後の12月25日、ソヴィエト・ロシアは崩壊。ゴルビーは石もて追われるがごとく引退した。

 ソ連邦の崩壊とは、共産党/KGB“二頭馬車独裁”体制から、KGB第二総局“一党馬車独裁”の新ロシアへの国内体制の模様替えであったから、ロシアの対外政策は何一つ変わらなかった。当然、「エリツィン→プーチン」の新ロシアの対外政策はスターリンのままだった。アホ馬鹿間抜けしかいない日本国に対する、新ロシアの対外政策は、スターリンが日本を騙した日ソ中立条約の締結を模範として、今に至っている。

 話を1990年に戻す。日本は、半年後に引退する“拡声器プロパガンダの天才”ゴルビーに騙され(備考)、1991年4月18日、「捕虜収容所に収容されていた者「殺された日本人」としていない/「遺骨」という言葉が無いに関する日本政府とソ連政府との協定」が締結された(カッコ内中川)。「六十万人」の日本人の遺骨がロシアと旧構成共和国の至る所に埋まっているが、その一柱であれ、どこに埋められているかは万が一にも特定できないのに。

(備考)●ゴルビーの「ヨーロッパ共通の家」;1983年以降、ロシアは、レーガンは本当に対ロ核戦争をすると思い込み、パニックになっていた。モスクワとレニングラードが廃墟になると恐怖したゴルバチョフは、西欧諸国に「戦争しないで、お願い」と哀願するキャッチ・コピーとして、「ヨーロッパ共通の家」を振り撒いた。

●ゴルビーの「ペレストロイカ」;対ロシア人向けの対国内スローガン。対外政策とは無関係。基本的には「ロシア経済は破綻寸前、もっと働け、そうしないとソ連体制は崩壊する」と、最後の共産党書記長の、断末魔的絶望の絶叫。だが、日本では、朝日新聞/読売新聞/産経新聞は、この「ペレストロイカ」を“対日政策の改革を含む”と、真赤な嘘報道を大キャンペーン。曽野明と私は、この報道に何時も怒りを爆発させた。

 またゴルビーは、「ロシアで死んだ日本人は三万八千名」だと強弁し(注6)、真実の数である六十万人を認めるのを拒否した。つまり、ロシアが殺戮した「六十万人」のうち6%しか認めず、94%は存在しないと、日本国と日本国民を侮蔑してせせら笑った。日本政府が仮に米国並みに正常な国家ならば、「日本人は、腐った鰯頭のスーパー馬鹿アホ民族」だとの侮辱を丸出しにしたゴルビーに、“ゴルビー還れ!”“協定には締結しない!”となる。

 だが、戦後の日本とは、1956年10月、“お馬鹿”鳩山一郎と“凶悪ロスケ”河野一郎により、日本は、“これからロシアの属国になります”の誓約書「日ソ共同宣言」に調印した。日本とは、世界史に類例のない、自国損壊に精を出す、一億総アホバカ人間のクズが享楽する人類史上最低のクズ民族。叩頭してプーチンの靴を舐めること27回に及ぶ“敵国人ロスケ”安倍晋三を見れば、公理「日本とは一億クズ人間が享楽する世界最低民族」の妥当性は、一目瞭然ではないか。安倍晋三に激昂する健全な日本国民が、この日本国に、私以外に一人でもいるのか。

日本政府は「死者は5万5千人」を主張するなら、「3万8千人」の名簿を拒絶しなければならない

 話を戻す。日本政府(厚生省)は、ロシアKGBの命令に従い、日本人死者の実数「60万人」を十分の一以下の「5万5千人」に改竄し、国民を騙してきた。ならば、日本政府は、この「5万5千人」に照らし、残り「1万7千人」の名簿提出まで協定調印を拒否すると、ゴルビーに突き返さねばならない。

 むろん、現場の外交交渉の場では、名簿「3万8千人」を確認するので一時預かりますと、急いで全てをコピーし、翌日、「こんなトンデモナイもの、我が日本国政府は受け取れない」と、突き返す。ロシア人は拒絶されると、内心では表向きの態度とは180度逆に、慌てふたむき、協定なしに追加10万人ぐらいの名簿を直ぐ出してくる。対ロ外交では、「ニエット」こそ、妥協を引き出す確実な特効薬。

 さて、問題は、“世界一のスーパー堕落腐敗民族”日本人が、ゴルビー来日後、こぞって墓参と慰霊碑建立に走り出し、ゴルビーの狙い通り、経済破綻したロシアの再生のため、外貨をロシアに貢ぐブームが起きた。同時に、シベリア強制連行・大量殺戮を忘却する汚毒煙が日本全体を包んだ。

 その結果、慰霊碑は、前稿で糾弾したハバロフスクの慰霊公苑を初め、今では20ヶほど、ロシア国内に建立された。そこには、日本人の遺骨など、一柱たりとも眠ってはいない。石ころか無縁ロスケの骨か犬の骨しか埋まっていない。

(備考)モンゴルに建立した慰霊碑は、日本人遺骨が確かに眠る墓地の上だから、これは問題ない。

 墓参も同様。「六十万人」日本人の墓は、虱潰しに破壊されている。なお、1959年の内務省NKVD命令「十分の一を残して、後は徹底破壊せよ」の意味は、「残す十分の一が本物の墓であれ」ではない(注7)。「墓参訪問する外国人を騙すべく、外国人がコロリと騙される“飾り窓”ウソ墓をつくれ」の意味。つまり、墓の下は犬の骨でもOKという意味。以下、タシケント日本人墓を例にメスを入れる。

タシケントの日本人ウソ墓地の碑二つを爆破しよう!日本が整備したウソ墓地も爆破しよう!

 タシケントの真赤なウソ墓地は、1983年に、在京のロシアKGB事務所が工作して編成した「福島県ウズベキスタン文化経済友好協会親善使節団」が、KGBに引率されてタシケントを観光旅行したことがきっかけ。1990年、ウズベクも外貨が無く経済破綻したため、ロシアKGB第一総局は、上記の、アホバカ日本人からなる“ロシアの赤い犬”団体に、犬の骨でも集めたトンデモ場所を真赤な嘘「ウズベキスタン日本人墓地」だと詐称して、そこに日本人を慰霊する「鎮魂碑」を建立させた。その碑には、1945年のロシアの対日侵略を不問とする歴史を偽造し、日本がロシア属国化を誓う奇々怪々な文言「永遠の平和と友好 不戦の誓いの碑」と、刻まれている。

 それは“世迷い言葉”のオンパレード。正常な日本人ならば笑って済ますことはできない。対日侵略戦争をしたのはロシアである。ロシアのみが不戦を誓うべきだ。しかも、仮に、その土地に日本人の英霊が眠っているなら、俺たちはロシアに戦争などしていない!と墓の下から怒りの拳をアホバカばかりになった現代・日本人に振り上げている。死者に対する究極の冒瀆をなした「福島県ウズベキスタン文化経済友好協会親善使節団」(=日ソ親善協会福島県支部)のメンバー全員を、(今後、同様な犯罪をした場合には)刑法で懲役刑を可罰すべく、その改正案を注8に例示しておく。

 ウズベキスタンは、1958年、モスクワからNKVDの命令で、日本人墓地15ヶ所を跡形もなく完全に破壊尽した。そして、日本人騙しのみを目的とした「飾り窓」日本人ウソ墓地が二つ、カガンとコーカンドに造られた。この二つには、近辺に捨てられた無縁仏ウズベク人の骨を集めて埋めた。

 日本は、ウズベクに散らばる日本人の遺骨すべてを集めて合同で慰霊しようと、ロシア墓参ブームの1995年、法外な金額の立派な碑を建立した。が、スーパー馬鹿アホ民族・日本人は、ここで、二つの無知蒙昧を世界に曝した。

 第一。日本人の遺骨は、1958年に全て破壊尽されていて、位置がわからないのではなく、一柱たりとも存在しない。

 第二。この碑には、ロシア語で「日本国は永遠にロシアの属国or一部になります」以外の意味がない碑文「永遠の平和友好の誓いの碑」が刻まれている。ロシアは、国家が合体しない限り「平和」は来ないと考える民族。これ以外の発想ができない。つまり、ロシア語「平和」を外国人が共有して使用すれば、「日本はロシアの構成共和国になる」という意味になる。同様に、「友好」は、日本人が対ロシアで用いれば、「日本はロシアの属国になる」という意味になる。

 これは、フルシチョフの「平和共存」を初め、ゴルバチョフに到る、ロシアの対外文書における「平和」と「友好」の語彙を集め研究すれば、誰でもわかる簡単な事実。私が1980年代と90年代にかけて、対ロ政策で日本政府が語彙「平和」「友好」を用いると、ムキになって“削除せよ”と叫んだのは、日本国の主権と独立を守るため。最小限の常識を主張したのである。

 さて、いつの間にか世代が替り、真赤な嘘数字の「ゴルビー名簿」が、村山常雄「シベリア抑留死亡者名簿」に化けて、これが正しい数字かのようなトンデモナイ錯覚誤解が蔓延した。ウズベクだけで「一万人以上」が強制栄養失調/過剰重労働その他の計画的殺害方法で殺された。それなのに、この「一万人以上」を、「村山常雄“ゴルビー共犯”偽情報操作名簿」を金科玉条に、真赤な嘘数字「884名」に摩り替える必要があるのか。

 さて、日本人の頭が今やアヒルやブタ以下であるのを証明しよう。第一。タシケント市(首都)の市営ヤッカサライ墓地に日本人墓地が作られている。このこと自体、それがウソ墓だと断定すべきことを一目瞭然に示している。何故なら、重労働収容所は、辺鄙な山中にしか作られない。そんな所から、市街地に骸骨となった日本人の死体「数千体」をどうやって運んだというのか。そんなことすれば、タシケントの市民に、大量捕虜殺しが見つかるではないか。

 第二。タシケントの日本人墓は、西洋風の角平板墓石である。しかも、それを各遺骨一体につき一ヶづつ、間隔をあけて置いている。誰が、ゴミとして一墓穴に数十体を捨てた、人里離れた遠方の墓穴から運んで、一体づつ埋め直したのか。誰もしない。当たり前。

 第三。破壊尽された墓穴の元位置を特定できる者は、ロシア中捜しても一人もいない。かつての墓地の位置を示す記録も無い。この破壊をなした人間は、指揮はNKVDが依頼した(地元の人間が決して一人もいない)軍隊派遣の兵隊。作業労務者はラーゲリの囚人達。

 タシケントの日本人墓地を、碑を含め、その洋風の角平板墓石ごと、爆破して破壊しよう。少なくとも角平板墓石に、赤ペンキをどっぷりとぶっかけよう。そうしなければ、墓も無く、弔いにくる日本人もいない、ウズベクで無念の思いで死んだ「一万人以上の日本人」の霊に対して、鬼畜に等しい冒涜をすることになる。慰霊とは同胞死者に対する精神の行為であり、犬の骨では発露しない。

 なお、タシケントのヤッカサライ市民墓地には、あの「村山常雄“ゴルビー共犯”偽情報操作名簿」からの日本人名が刻まれた碑が立っている。だが、ここには、この名前と一致する遺骨は、一体として眠ってはいない。すなわち、ウズベク人無縁仏や犬の骨に、これら日本人の名前を使っているのである。唯物主義の村山常雄の犯罪ではないが、ウズベク人無縁仏や犬の骨に、この害毒「名簿」記載の名前を付けるとは、転用された日本人の御霊は、怒りで祖国と日本人を呪詛している事だろう。日本民族の滅亡は、自民族の祖先の死者に対する、1991年以降の度外れの非人間的な冒瀆において、もはや天罰として定まっている。

第三節 千鳥ヶ淵墓苑に納骨したシベリア収容の骨を、全て日本海に投げ捨てろ!

 シベリア強制抑留で無念の涙をもって非業の死を迎えた日本人英霊「60万人」の御魂に対し、これを「3万8千人」とした“世界一の騙しの天才”ゴルビーの嘘数字(1991年4月)も、これを「四万名」にした「村山常雄“ゴルビー共犯”偽情報操作名簿」(2005~2014年)も、日本国のみならず、人間に対する悪魔の所業である。それは、「残り56万人」日本人御霊を、犬猫の死骸に扱う非人間の仕業だからだ。が、「60万人シベリア日本人英霊」に対する、数字大改竄による“56万人抹殺の犯罪者”ゴルビー/村山常雄の罪は、スターリンを崇拝し、日本国をロシアの属国に貶めてきた厚生省の戦後七十五年間に及ぶ“祖国反逆の大犯罪”に比すれば、ゴミほどに小さいといえる。

 我々、正常な日本人は、ロシアという“人殺しし放題の犯罪国家”が、人為的栄養失調強制と苛烈な重労働を課す非人道的政策を遂行・強制し、計画的に「六十万人」日本人祖先の命を奪ったことに対し、法的正義感の源泉で高貴な倫理の“怒りと報復(仇討ち、reprisal)の感情”を高揚させないのは、今の日本人が倫理道徳なき動物に堕落し変貌したからである。

 日本人が、日本国民としての矜持と倫理道徳を回復する第一歩は、非日本人や家畜の骨をもって日本人祖先の遺骨であるとの狂妄する祖先侮辱から覚醒し、威儀を正す事にある。そのためになすべきことは、まずは次の四つ。

●第一;千鳥ヶ淵墓苑に納骨したシベリア収容の骨(現在、1万8千体)すべてを、直ちに日本海に捨てよう。なぜなら、それらには日本人の遺骨は、一体として含まれていないからだ。厚生省は、日本人の遺骨ではないことを重々知っていて、ただ「5万5千人」という数合わせをすべく、適当な非日本人の骨を手当たり次第に拾い集め、国営の無縁仏納骨堂である千鳥ヶ淵墓苑に、ポンポン投げ込んでいる。

●第二;タシケントやイルクーツクの真赤なウソ墓を、ダイナマイトで爆破・破壊するか、赤ペンキをどっぷりぶっ掛けよう。墓標も無く、祭事も無く、ゴミとして人里離れたシベリアの凍土に捨てられた本当の日本の遺骨に対しては無視し遺棄する、人間がなしてはならぬ非人道の英霊冒瀆と訣別し、日本人が人間の原点に立ち戻るために不可欠。

●第三;タシケントやイルクーツクの真赤なウソ墓だけでなく、それ以外にも、ロシア全土には数十のウソ墓や、馬鹿げた“日本はロシアの属国になります”と誓う、危険な自国損傷の慰霊碑がある。しかも、これらが立つ土の下には、日本人の遺骨は、一体として埋まっていない。いったん、ロシアと旧構成共和国内の、すべての日本人墓と慰霊碑を、ダイナマイトなどで一つ残らず爆破し破壊して更地にしよう

 特に、ロシアKGB工作員で共産主義者・斎藤六郎が関与した墓は、あからさまな「飾り窓」ウソ墓だから、一にも二にも即座に撤去しなければならない。なお、シベリア強制抑留問題で、反・日本/非・人間の“ロシア細胞のドン”斎藤六郎につき、他のロシア細胞との相違を明らかにするのは、斎藤六郎研究の入り口。(附記)に、簡単なグルーピングをしておいた。

●第四;遺骸を冒瀆する戦没者遺骨収集推進法を廃止し、立法に関与した国会議員を処罰しよう。2016年4月1日に施行された「戦没者遺骨収集推進法」は、異様を極める。なぜなら、戦没者遺骨収容は、戦後すぐから厚生省設置法で定められており、屋上屋を重ねる「戦没者遺骨収集推進法」を制定する立法理由など全く無い。追加すべき細目事項があるなら、それは政令や省令で可能ではないか。

 厚生省が、遺骨収容に不熱心極めるのは、美山要蔵を初めコミュニストが盤踞し、唯物論から死者の遺骨を石ころと同一視し、石ころ拾いに、どうしてジャングル/どうしてモンゴルの人里から車で数日の荒地の草原と、やる気が初めからないためである。そして、厚生省の無気力役人に収容を邁進・加速させる方法に、法律など役に立つことはない。行政処分が手っ取り早く効果的なのは常識だろう。例えば、担当局長を、遺骨収容をサボりにサボっている明白な事由において、「減俸30%六ヶ月」などの行政処分をすれば、彼らは一気に走り出す。

 不審きわめる戦没者遺骨収集推進法について、私は、“2015年の立法過程”をこれから調査する予定なので、結論めいたことをまだ言える状況では全くないが、プーチンと安倍晋三が謀議して、シベリア強制抑留でロシアに殺戮された日本死者「60万人」の問題に幕引きをすべく、犬の骨でも何でもいいから「5万5千体」の遺骨を収容させるカムフラージュ法律ではないかと疑っている。もし、この暫定推測が正しいなら、戦没者遺骨収集推進法は廃止しなければならない。そして、このような、日本人祖先の死没時の無念を冒涜的に完全無視して、凍土に永遠に遺棄する非人間的行政を正当化するための法律であるなら、そのような立法で賛成票を投じた国会議員もまた死者冒瀆の罪において可罰を免れ得ない。

第四節 シベリア墓参した者に“死者冒瀆の罪”で罰金100万円を(立法して)課せ!

 さて、忘れてはならないことが、もう一つある。日本人祖先の遺骨が一つも埋葬されていない在ロシアの真赤なウソ墓に詣でる“無知蒙昧”日本人が、この頃、急速に増えている。この、ウソ墓詣は、シベリア強制抑留の歴史捏造を拡散させ定着させるから、日本国にとって害毒は、測り知れない。

 これを禁止する立法は、観光旅行その他の移動の自由を侵害するので、不可能。そこで、特別法か刑法で、ロシアに限定して、ウソ墓詣に関わる可罰規定を設ける必要があろう。ウソ墓に詣でることは、本当の死者が眠る場所を蔑ろにして、その御霊を遺棄する死者冒瀆に当るから、刑法の第24章の趣旨に照らしても、それを可罰するのは問題ない。

 シベリアやウズベクなどへの往復航空運賃やホテル代と同額の罰金であれば、罰金額としても妥当。むろん、新潟空港や千歳空港までの国内移動費も加えるべきだから、罰金額は100万円となろう。これによって、旅行会社のシベリア墓参ツアーは、確実に無くなる。そのぶんだけ、シベリア強制抑留者に対する死者冒瀆が減ったと見做しうる。日本国民は、これを真剣に検討すべきであろう。

 

1、199頁。

2、長勢了治が、カルポフ著を訳したのは、自分を(栗原俊雄や富田武のような露骨な)KGB系ロスケではなく、「中立・中正な“保守”側の日本人」に見せかける擬装工作。長勢が、本籍「極左」がプンプン臭う“エセ日の丸組”江藤淳/長谷川三千子/高橋史朗/佐藤和男/西尾幹二/会田雄次/パール判事を“よいしょ”するのも(330~50頁)、「愛国者」を装う“反日人士”の安上がり常套手口。

 が、“嘘歴史バーゲンセールの大道ヤクザ”倉山満をトインビー級の「史家」と扱ったお笑いをして(333頁)、長勢の「保守」メッキは剥げ落ちた。長勢は、“日本の保守主義者”福田恒存/林健太郎/中川八洋/谷沢永一らが、背後にロシアKGBや共産党や朝鮮総連の大応援がちらつく江藤淳/長谷川三千子/高橋史朗/佐藤和男/西尾幹二/会田雄次/パール判事らを“怪しげな「反日」極左の仲間たち”として、完全排撃する衆知の事実を等閑視しすぎたようだ。江藤淳は自裁寸前まで半・共産党員だった。(ロシアを密かに祖国とする日本人皆殺し狂の)西尾幹二はニーチェ・ヒトラー系の廃墟主義アナーキストだし、死ぬまで英国MI6の監視対象者だった共産主義者パール判事は、スターリン崇拝のNKGB対日工作員だった。

 保守主義者ではないが、磯田光一や入江隆則などの「紛れもない保守」がなぜ論壇から干されたか、長勢了治よ、少しは考えたらどうだ。保守主義者を含む保守知識人が、今や日本で私一人になったが、偶然なのか、人為的結果なのか、についても少し考えたらどうだ。

3、シベリアの凍土に遺棄された「日本人60万人の死者」を心底から悼む、人間として正常な徳性を有する阿部軍治の『シベリア強制抑留の実態』が、この「ソ連モンゴル領内日本人収容所分布概観図」を引用しているのは(643頁)、画竜点睛を欠き、実に残念至極。阿部軍治はトルストイやチェーホフのロシア文学者。数学的素養が無い。この事が、数字改竄が簡便な歴史事実捏造の常套手段とする、日本の敵国人ロスケのやり口を見抜けず、まんまとその罠にかかったようだ。

 なお、富田、長勢、栗原は、阿部軍治&『シベリア強制抑留の実態』を対抗的に抹殺すべく、「シベリア抑留」に関するロシアKGB側の情報戦戦士(=専門家)として登場したロスケ達。富田の『シベリア抑留』が2016年、長勢の『シベリア抑留』が2015年、栗原の『シベリア抑留』が2009年で、阿部軍治の大著出版2005年から数年あと。しかも、阿部軍治は「強制抑留」と言う正しい言葉を使ったのに、この三名は、ロシアKGBの命令通りに、二文字「強制」を削った改竄表題を大合唱。

4、ロシア捕虜としてロシア領内に強制連行された日本女性について。近年の新聞報道では、『読売新聞』2014年7月26日付け「看護婦の証言」、『東京新聞』2019年2月24日付け「シベリア抑留の女性名簿 121人」、等。単行本では、『男装の捕虜』国書刊行会、『従軍看護婦たちの大東亜戦争』祥伝社、等。前述の「看護婦の証言」は、2014年8月、NHKが二回の特集番組を放映。

5、アルハンゲリスキー、194~5頁。

6、ロシア語表記の「ゴルビー3万8千人」の日本人名を、漢字表記に転換したのが、村山常雄。その作業に十年間を要している。2005年に、その成果をホームページで公開した。村山常雄の業績は称賛に値し、非難されるべきものは何もない。が、この「村山名簿」によって、ロシアが殺戮した、正しい日本人犠牲者数「60万人」の方が、ますます胡散臭いものになった。

 真赤なゴルビー嘘数字を独り歩きさせるに、村山常雄は決定的な貢献をなした。このように、村山名簿が放つ害毒的な偽情報促進問題を、無視・軽視してはいけない。村山常雄は、シベリアに眠る「60万-4万=56万」の、残り日本人56万人の遺骨を足蹴し踏みつけ、此の世から抹殺した。村山常雄の善意は、56万人の慰霊を冒瀆し、その鬼哭に唾を吐いた悪魔の所業に等しい。真赤なゴルビー嘘数字に「ウソはありません」の偽装表示を貼り付けた、村山常雄の「シベリア抑留死亡者名簿」は、倫理に悖り、一億日本人総出で唾棄しなければならない“世紀の大犯罪文書”である。

7、アルハンゲリスキー、200頁。

8、刑法改正案。第一九一条の二「別人の死体、遺骨、遺髪などを納めている墓所に、偽って親族を礼拝に誘った者は、六カ月以下の懲役もしくは禁錮または300万円以下の罰金に処する。」

(附記) シベリア強制連行に関わる、スターリン以来の主要な日本人「ロシア細胞」

、シベリア強制連行・重労働・大量殺戮を計画した、帝国陸軍系の“一億皆殺し”三グループ

A、「瀬島グループ」;秦彦三郎朝枝繁春、松村知勝、草場辰巳瀬島龍三、宍倉寿郎、美山要蔵、草地貞吾、・・・。(戦後に、共産党員・山崎豊子)

B、「阿南グループ」;種村佐孝、阿南惟幾、松谷誠(鈴木貫太郎・総理秘書官)、林三郎、稲葉正夫、美山要蔵、荒尾興功、井田正孝、竹下正彦。(民間人から、“皇国史観のアカ”平泉澄)

C、「近衛グループ」;酒井鎬次、真崎甚三郎、近衛文麿

(備考1)“日本人殺し快楽狂”「辻政信・服部卓四郎グループ」は、シベリア大量殺戮に何故か関与せず。

(備考2)上記の「瀬島グループ」と「阿南グループ」は、裏では実態的にはがっちり連合。

(戦後の)“「露」シベリア対日本人大量殺人隠蔽”、及び(ゴルバチョフ来日以降の)ロシア美化操作

D、厚生省引揚援護局;美山要蔵一派の後継者たち

E、「斎藤六郎グループ」;白井久也、斎藤六郎、栗原俊雄(共産党員)、村山常雄(共産党員)

*シベリア《日本人》大量殺人の“ロシア犯罪”を逸らす情報操作工作で、KGBが感謝感激の大称讃。御褒美に博士号をKGBが授与。KGBは、世界のロスケに博士号をばら撒く、ルムンバ大学という安上がり籠絡方法を平然と実行している。小学校卒の斎藤六郎が博士号とは、おかしくないか。

F、「草地貞吾グループ」;草地、名越二荒之助、日本会議(小堀桂一郎/小田村四郎)、産経新聞

*背後のロシアKGBの指示で、草地は、シベリア帰りの同窓会「朔北会」を創設・運営。朔北会顧問が瀬島龍三。これによって、シベリア帰りが堅持すべき正しき感情「反露」「対露報復」のガス抜きをし、正しい対露政策「対ロ国防」を雲散霧消させた。『朔北の道草』(1977年)『続・朔北の道草』(1985年、注1)は、同会の自費出版。

G、“新興ロスケ”富田武/長勢了治については調査中。富田武は、過激暴力革命セクト「フロント」出身。国会議員になった彼の仲間に、仙谷由人/阿部知子がいる。岡留安則は、富田武の大先輩。富田武の血統は、北朝鮮人。なお、「フロント」は日本共産党の分派で、日共とほぼ同じ。

(注)

1、1986年、某パーティで草地は私を見かけるなり、「中川助教授!」と近づき突然、「厚生省のシベリア抑留60万人は真赤な嘘!85万人以上ですぞ」と、その根拠をまくしたてた。彼が一息ついたところで、私が「107万人以上だと思います」と応答すると、草地は、その根拠も聞かず慌てて私の傍を離れた。この時、草地貞吾がロシアKGB工作員だと確信した。その数日後、草地は私に『続・朔北の道草』を贈ってきた。

 私は、草地貞吾『関東軍作戦参謀の証言』83頁の文言「作戦中は、直接の居留民保護はしたくともできなかったので・・・」から、草地が“満洲一般邦人の皆殺し的な遺棄”を信条としていると喝破し、戦時中の草地は、瀬島と同じGRU工作員でマルキストだと推定していた。

 満洲一般邦人を遺棄する草地貞吾の非人間性は、1993年7月5~6日に新聞報道された、満洲邦人を遺棄する旨をロシア侵略軍にわざわざ上申した、草地が書いた関東軍文書「ワシレフスキー元帥に対する報告」(1945年8月26日、ソ連側受領)で、完全に証明された。その文書は、満洲邦人を蔑視どころか、捨て犬か捨て猫に扱い、「シナの国籍でも取ったら=支那人になれば」とほざいている。これなら、残忍無制限のお墨付きをもらったも同然で、狂暴ロシア軍は、一般日本人に対し、レイプ自由/殺害自由と解する。              

(2019年10月11日記)

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