“中共系コミュニスト”河野太郎は、“スターリン命令”天皇制廃止に赤い猛炎をあげ大暴走するブレーキがない汽関車──皇室を二千年間以上に亙り奉戴し続けた日本民族の祖先の営みを憎悪以上に殺意を漲らせる河野太郎は、果たして日本人なのか

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筑波大学名誉教授  中 川 八 洋

(「“アカの権化”河野太郎を、彼の祖国・中共に追放しよう」シリーズ第3弾)

 河野太郎とは、骨の髄まで激した天皇制廃止のコミュニスト。誰でも知っていること。だから、私がここで論じても特段に啓蒙することは何もないかも知れない。が、自民党国会議員や党員・党友には、自民党で天皇制廃止などごく少数で自民党の政策なんかになりっこないと高を括る、危険極まりない油断と不用心が蔓延している。やはり、志位和夫を超える“反・日本国/反・祖先”河野太郎の狂信的な天皇制廃止問題について熟知しておくのが、健全な日本国民の責務というものだろう。

 9月10日の出馬表明スピーチで、河野太郎は、こう述べた。

「日本の一番の礎になっているものが、この長い伝統と歴史と文化に裏付けられた皇室と日本語。その上にわれわれの先祖が築いてきた、様々な歴史や文化や伝統がそれぞれの地域で根付いている。そういうものに常に新しい何かを加えていく。それが保守主義だ」(『朝日新聞』9月11日付、四面)

「保守主義」を180度逆に転倒する“大嘘吐きコミュニスト”河野太郎の反・保守主義

 さらりと聞き流せば、河野太郎は日本語(正しくは「国語」)と皇室を尊重する、と宣言したかに錯覚されるような文言になっている。しかし、河野太郎は、「日本国」とすべきところを「地域」に変造している。狡猾な“言葉殺logocide”である。この言葉の摺り替えは、日本国民と日本列島からなる「日本国」の全面否定ではないか。河野太郎の言葉の端端からは、日本国絶滅への恐ろしいハーメルンの魔笛が響く。

 この意味不明語「地域」は、日本列島が“多民族共生”の、各民族が各地域で連合するという、ありえもしない“日本国死滅後の日本列島”の虚像を弄んでいる表現とも解釈できる。この「ありえもしない」点を吹聴する事において、日本国民は河野太郎に断固として反対し反撃しなくてはならない。

 日本国が仮に2045年に国家死滅するとして、その情況は、「西半分が中共領、東半分がロシア領」である。国外に亡命できなかった残存する日本人は、このロシアおよび中共のロシア人、支那人そして両国に協力する朝鮮人によって、殺され放題/略奪され放題/レイプされ放題の情況に陥る。神社仏閣は一つ残らず焼却解体される。そして、日本列島に残存する国外逃亡できなかった日本人は、現在のウィグル人よりはるかに苛烈な業火の地獄図の中で泣き叫んで死を迎える。

 が、河野太郎は、この現実の未来図を隠蔽し、“多民族共生”の名において、少数の奴隷となった日本民族は、日本列島のいくつかの地域で、日本の伝統と歴史の則った生活ができるとの架空の妄想的虚像をぶち上げている。上記スピーチの異様な意味不明語「地域」は、こう正確に解釈してこそ、正しき日本国民の正しき国語力である。

 もう一つ。河野太郎がうそぶく、悪魔でも口にしない怖いトリック語がある。「常に新しい何かを加えていく。それが保守主義だ」がそれ。

 保守主義とは、革新を拒絶する思想である。新しい何かが加わることを断固として反撃し排撃する思想が、保守主義である。河野太郎は、スターリンが「侵略」を「平和」だと言い張るのと同じく、保守主義の意味を180度転倒している。河野太郎は、スターリンの申し子である。

 保守主義とは、祖先から相続した/祖先が行為していた慣習や制度を“古き良き法”として遵守し、修理しつつも未来に絶対維持していく精神・思想をいう。すなわち、保守主義とは、時代の流れや世代の交代で必然的に発生する「新しきものを加えんとする革新の力」を排除する闘いのこと。それは、全ての革新思想を絶滅せんと、剣を抜いて戦う封建時代の騎士・武士の精神に他ならない。だとすれば、「バーク思想を武士道で実践する精神」と定義するのが、保守主義を最も端的に言い表す表現かも知れない。

 が、河野太郎は、上記スピーチで保守主義の意味を180度逆に転倒した。河野太郎とは国民を騙す“嘘”を、毎日欠かすことなく“吐く”カルト宗教の狂信に生きる「共産主義」のカルト狂徒である。

最凶の天皇制廃止「元号廃止」「女系天皇」を喧伝する“令和の幸徳秋水”河野太郎

 河野太郎には、“明治天皇暗殺団のリーダー幸徳秋水”を後継するかのような雰囲気が濃厚に漂っている。いや、“スターリンの稚児”河上肇の天皇制廃止革命を執念的に実行する気配も見せる。また、一気に血塗られた暴力的な天皇制廃止革命を敢行した阿南惟幾の昭和天皇銃殺クーデタを心に秘めている素振りもある。いずれでも、自民党での河野太郎の暗躍ぶりは、自民党内に「スターリン→河上肇→志位和夫」がタケノコのように地下からニョッキと首を出している光景そのもの。

 天皇制廃止の雄叫びは、直接的話法と間接的話法とで区別されるべきでなく、両者は全く同一であって差異はない。が、こう正しく認識できない日本人が多いのは、困ったことだ。このタイプの愚鈍な日本人は、「間接的話法での天皇制廃止革命の主張を、マイルドな天皇制廃止と勘違いし、マイルドだからそれほど危険視しなくていい」と、荒唐無稽な自分勝手な思い込みをする。

 が、天皇制廃止か天皇制度の護持かは、二者択一。中間もなければ第三の道もない。すなわち、暴力的な天皇制廃止と非暴力の天皇制廃止の区別はあり得ても、後者の非暴力天皇制廃止ならば、それは非暴力天皇制廃止であって、「マイルドな非暴力天皇制廃止」などの分類は、不可能。

 具体的に言えば、間接話法の「元号廃止」とは直接話法の「天皇制廃止」の別表現に過ぎず、両語彙は全く同一。あるいは間接話法の「女系天皇」「女性宮家」「養子論」も、直接話法の「天皇制廃止」の別表現であって、この四語彙の間に寸分の相違もない。

 が今や、家鴨や豚並みに痴呆化したスーパー劣等日本人は、「元号廃止」「女系天皇」「女性宮家」「養子論」と聞いて、「天皇制廃止だ」「幸徳秋水だ」「スターリン32年テーゼだ」「昭和天皇銃殺の8・14宮城クーデタだ」と大騒ぎすることもない。アホバカの度合いをひどくする一般日本人は、「元号廃止」「女系天皇」「女性宮家」「養子論」が、日本を共産党一党独裁のファシズム国家に改造していく玄関口(=地獄への入り口)なのがわからない。痴呆的朦朧が覆いかぶさっている日本人の思考力は、生きた人間のレベルにはもはやなく、死体と何ら変わらない。

 話を、河野太郎の共産党的「天皇制廃止」行動問題に移ろう。外務大臣だった2019年3月末だったか、河野太郎は、外務省内の文書から元号表記を一掃しろと外務官僚に命じた。が、その翌日に発表された新元号「令和」は、安倍晋三が新天皇から簒奪して自分勝手に制定したもの(4月1日)。なお、今上陛下のご即位は、5月1日。

 だから、安倍晋三は、「俺様は天皇より偉い」と悦に耽っていた。このため、河野太郎の霞が関からの元号廃止革命は、安倍晋三の逆鱗に触れて消えた。官庁ではこれまで通りの元号(和暦)とキリスト教暦(日本では意図的に曲訳し「西暦」とする)双方の慣用的な両用が維持されて、元号の官庁からの一掃という“うねり”が発生する最悪事態は回避された。

 が、問題は、河野太郎が(外務省→)霞が関官庁から元号を廃止し、これを起点に地方公共団体にも強制して、実体として日本国中から元号を消滅させ、元号と不可分の天皇制度を根底から転覆させ、スターリン32年テーゼを実行せんとしたことにある。河野太郎の「官庁文書における元号廃止→天皇制廃止」を喝破したのは、萩生田光一(自民党幹事長代行)だけだった。日本国民の多くは、河野太郎の外務省からの元号表記一掃を、「外務省だけに限った問題にすぎない」と誤解した。日本国民における天皇制度護持の精神も知力も腐蝕して、堕落と腐敗の一途にある。

 河野太郎の天皇制廃止革命のもう一例。河野太郎は、2020年8月23日の「ニコニコ動画」で、女系天皇/女性宮家をぶち上げ、皇位継承を「男女の区別をしない長子優先」に皇室典範を改悪することを提唱した。共産党・朝日新聞の天皇制廃止革命としての女系天皇/女性宮家をもって、天皇制度の消滅をなんとでも実現したい河野太郎の「反・皇室」運動は、レーニンと共に6600万人を殺したスターリンの血が滴る両手に牽引されている。

 なお、「養子論」は女性宮家のバリエーションなので、皇位継承学の学的分類としては「女性宮家」ジャンルに扱う。百地章は静岡大在学中に共産党に入党した“民族系潜入の共産党員プロ工作員”。八木秀次も民族系の衣装を着た“隠れ共産党員”。自民党の三原じゅん子と同類で「在日マタハリ(ストリッパー)」の櫻井よし子にとり、皇位継承はチンプンカンプン。日本会議が「養子論=女性宮家論」の櫻井よし子を使うのは、日本会議がロシアKGB系の対ロ売国団体で天皇制廃止が秘めた本心だからだ。

河野太郎は、過去の言動を「取り消す」と言ったか。言わなかったではないか!

 ところが9月10日の総裁選出馬記者会見で河野太郎は、2020年8月23日や2019年3月末の天皇制廃止への革命言動(元号使用の禁止)とは打って変わって、本稿の冒頭に引用した「伝統」「歴史」「先祖」「保守主義」などと保守「用語」を散りばめ、さも皇室を尊重し皇室伝統を守るかの言辞を弄んだ。そうして、左翼一色の新聞テレビの記者諸君を巧妙に誑かした。

 が、この9月10日発言が本心からのものかどうかは、簡単に識別できる。第一。河野太郎は、「二年前、外務省文書の元号表記を禁止するとの大臣命令を、今は深く反省している」とは決して口にしなかった。第二。河野太郎は「一年前、女性宮家と女系天皇を可能とする皇室典範改悪を提唱したことを今、深く反省し、全てを撤回し取り消します」とは言わなかった。

 河野太郎の嘘吐きは、共産主義者としての必然の属性。ならば、なおのこと、河野太郎の言辞に関する過去の発言との齟齬については、「撤回」「取り消し」「訂正」「反省」等の言葉wordsがなければ、過去のままを堅持していると解するのがイロハ常識。

政府は、特例法「皇位継承順位は、天皇ご臨席の皇族会議が定める」を立法せよ!

 むろん、女系天皇/女性宮家/養子論を「撤回」「取り消し」「訂正」「反省」の言葉だけで、“カルト宗教からの国民騙し”を強度に信仰する大量殺戮教「狂徒」の転向や懺悔だと錯覚するのは非常識。あくまでも、彼らに保守に転向した証拠を提示させねばならない。この提示すべき保守の証として、少なくとも次の五つがある。真に転向したと判断するには、うち六割の三つが主張された場合に限る。

A、元号法の改正。

 共産主義者で“中共の犬”大平正芳が天皇制廃止を前提に起草した現行の元号法は、新天皇の大権である元号制定権を剥奪して政府が制定できるよう、その第一項を「元号は、政令で定める」とした。このため、「平成」「令和」も、総理が独断・恣意的に元号を決定し、新天皇にそれを強要・受容させた、天皇を総理の臣下に扱う大不敬の規定となっている。

 これを糺して「元号は新天皇の大権である」ことを明瞭にすることは、日本国の喫緊の課題。すなわち、第一項は「元号は、践祚もしくは受禅された新天皇が定める。その公布は、政令で行う」に改正されねばならない。

B、憲法第一条から「国民主権」を削除し、「象徴」を糺し「元首」と明記する。

 天皇制度も天皇位も、日本民族の祖先が意識せざる行為として二千年以上奉戴し続けてきたその歴史において、わが日本国の絶対“法”であり、科学を超越する真理である。すなわち、天皇制度と天皇位について、日本国民の意思が関与できる余地はなく、二千年間以上の祖先とこれから何千年間になるかわからない未生の子孫とが現世代と共同して、ただひたすら“奉戴の義務を果たす“時効の制度であり、時効の“位”である。

 現憲法第一条は、王制主義者ウィロビー少将らの突入と妨害を防ぐべく、ドアの前に数名の兵士を一週間に亙り二十四時間貼り付け、GHQホイットニー民生局だけで起草されたことによって、マッカーサー元帥の厳命である「元首」の規定が「象徴」に改変された。また鈴木安蔵が牽引した日本の社会主義者・共産主義者七名共同の「憲法草案要綱」(1945年12月26日発表、注1)が民生局次長ケーディス大佐に(党籍ある共産党員・杉森孝次郎によって直接)手渡され、米国には存在しない(日本では大正時代から広く知られていた)フランス革命用語「国民主権」が第一条に挿入された。

 日本国天皇は、英国と全く同じ立憲君主制の制度に従って君臨され、また元首の大権である元号制定権と外国の大使・公使接受権において、紛うことなく元首であらせられる。憲法第一条は、この現実に従って、次のように正しく定められねばならない。「第一条 天皇は、日本国の元首であり、日本国を代表する」。

C、天皇の大権を冒涜する、北朝鮮人コミュニスト菅義偉が活用する、“人民裁判の判決づくり”そのものの有識者会議を即時廃止する。当然、これまでの有識者会議のいかなる議論も無効であるから、国政からゴミとして排除される。

 また、古来からの皇位継承の伝統に違背する“不法極めるトンデモ有識者会議”に出席して、究極の反・天皇制度の戯言以下の言辞を述べた全ての“詐称・有識者”(=実態は無学無教養で識見デタラメな売文評論家集団)に対し、何らかの行政罰で加罰する必要がある。

D、要するに、特例法「皇位継承順位は、天皇ご臨席の皇族会議が定める」を立法し、皇位継承事項全てを天皇の大権に奉還しなければならない。特例法とは、不磨の大典である皇室典範「増補」のこと。現行皇室典範の“皇室会議”は、不磨の大典であるが故に改正削除せず、そのままにして死文化する。

 神武天皇より2000年以上に亙る、日本国天皇の皇位は、天皇によって日嗣が定められて皇太子の位に即き、天皇の崩御もしくは譲位によって、皇太子が践祚もしくは受禅して新天皇にご即位されるのである。これが唯一の皇位継承のやり方であり、皇位の安定的な継承の根幹をなし、絶対的“法”である。“法”であるから、人間の意志の関与も改変も許されない。

 すなわち、皇位継承に、国会や政府の意思が介入すること自体、皇統の紊乱や断絶の危機をもたらすのであって、国会や政府の関与はいかなる小さきものでも排撃されねばならない。

E、刑法不敬罪の復活。

 現在、刑法から不敬罪がごっそり削除されている。が、これは王制主義のGHQが驚倒した、100%日本側の仕業。1947年10月、共産党の野坂参三が提案し、日本の衆議院は、あっという間に採択して、そうなった。“スターリンの命令”に発した大東亜戦争という日本共産化/アジア共産化の八年間の間に、日本人の頭は真赤に洗脳されていたのである。

“トリオ”河野太郎/石破茂/小泉進次郎は、「令和の自民党」“天皇制廃止三羽烏”

 現在、ネットを開くと、かなり多くの日本人が、河野太郎を総理総裁に「不適だ」「危険だ」と主張している。確かに、それはそれとして正しいことであり、大いにやるべきだ。が、私には、とてつもなく不十分に見える。その一つは、河野太郎一人を攻撃して、石破茂と小泉進次郎への攻撃をしていないからからだ。「将を射んと欲すれば馬を射よ」。河野太郎を落馬させその首を搔くに、より確実にそれをするには、石破茂と小泉進次郎の首も掻き斬るのが常道だろう。

 しかも、「河野太郎──石破茂──小泉進次郎──菅義偉」の四名をカップリングさせているセメダインは、天皇制廃止。つまり、天皇制度を護持するためにも、この機を活用して、石破茂と小泉進次郎も一緒に斬り捨てるのが、戦場における武士の倣いである。そうしなければ、両名は党員・党友を魅惑して河野太郎に相当数を投票させるのは必定。「河野太郎──石破茂──小泉進次郎」の赤い三羽烏がいない自民党こそ、自民党が保守に回帰する第一歩である。

 なお、ここで菅義偉に言及しないのは、菅義偉は今では人気凋落が著しく、党員・党友を動かす力がゼロだからだ。ともあれ、この問題を省察する基礎情報の参考として、表1を掲げておく。

表1;天皇制廃止の河野太郎とベタベタ“赤い国賊”自民党議員

 以下は、表1について若干の補足説明。

(1)石破茂とは、アナーキスト性が濃いコミュニスト。 

a 石破茂の北朝鮮人コミュニスト太田光との異常な昵懇性;日テレ番組「太田光の私が総理大臣になったら・・・秘書田中」で、レギュラーとして出演。この番組は、太田光が畏友の石破茂を一般有権者に宣伝するために創ったもの。

 また、この太田光との異常な絆は、石破茂がオウム真理教の麻原彰晃と間接に同志関係にあることを示唆する。なぜなら、確定できる人脈図が「石破茂=太田光=中沢新一=麻原彰晃」だからである。しかも、太田光にはベストセラー『憲法第九条を世界遺産に』(集英社新書、2006年、中沢新一と共著)がある。すなわち、石破茂は、現行の憲法第九条死守論だということ。志位和夫の共産党と石破茂との間に、一㍉の相違もない。

b 石破茂の北朝鮮人アナーキスト小川和久との昵懇な関係は永く、二十年をはるかに越える。学歴が通信制高校卒の小川和久との対談本『日本の戦争と平和』(ビジネス社)出版は、2009年だった。小川和久は永年にわたり学歴詐称が常習の犯罪的な人物。同志社大学には全く在籍していないことが今ではバレてしまい、wikiではついにこの事実を書いた。すなわち、同志社大学に四月に入学したものの、その第一学年の授業料が支払えず、五月に除籍処分(=「入学しなかった」とする処分)になった。つまり、北朝鮮人・小川和久は、通信教育で高卒資格を取ったのがやっとであった。すなわち、石破茂が「高卒資格」しかない人物と対談本を出すということは、石破茂が、知性や学的教養などを不必要と考え、野蛮人同様の“知や学問への憎悪感情”を煮え滾らせているからだ。

 「石破茂は、無学文盲の野蛮人的な口先男」と言っても、事実から遠くはない。実際にも、日本国なんか「どうなってもかまわない/破壊尽くせばいい」が本心の石破茂にとって、共産革命イデオロギーだけが友人や同志を選ぶ原則で絆のようだ。

 なお、高卒の小川和久が静岡大学の特任教授(=非常勤講師)だとwikiにある。これはおそらく、一度か二度、日当の外部講師で雑談放談した際に出た大学からの何らかの臨時辞令のことだろう。高卒が大学で教授として学生に授業することは違法。万が一もあり得ない。虚偽記載と考えられる。

(2)小泉進次郎の五代祖先は、幕末、仁川に立ち寄った幕府の軍艦に忍び込み、横須賀に密入国した16歳のコリアン少年。この朝鮮人はそのまま、横須賀港で沖仲仕となり、更に、いっぱしの組頭になった。そして、神奈川県の山深い農村の没落農家「小泉」の戸籍を買った。

 日本人は忘れているが、明治維新でできた戸籍は、1950年頃まで売買の対象だった。特に、敗戦後の日本では貧窮した者の中には、米や金と交換すべく、戸籍を売った者が少なくなかった。東京では上野の御徒町に戸籍売買所があった。中には、可哀そうに、たった米三升で戸籍を売ったのがいた。戦後の有名な作家の作品に、この戸籍売買の光景を描写した小説がある。この小説の題名、私はいつしか失念した。知っている方は、吉田寿太郎氏に連絡して頂きたい。

(3)菅義偉のコリアン祖父から家系図が判明したので、いずれ発表の予定。

附記;日本語はマナーと礼節の言語──官僚を怒鳴り散らす“日本語知らず”河野太郎

 2021年8月24日、河野太郎は、主務大臣でないが関係大臣という立場で、エネ庁幹部のエネルギー基本計画のレクを受けた(オンライン会議)。これがyoutube.comの動画で公開されている。矢鱈目鱈に官僚を怒鳴る“ゴロツキ暴力団”河野太郎の罵声が響き渡っているだけで、とても視聴に耐えない。まだ、視聴していない者は、必ず視聴されたい。検索は「河野太郎大臣パワハラ音声」。

 スターリン崇拝の河野一郎を祖父、毛沢東崇拝の河野洋平を父にもつ河野太郎の根は、殺人鬼のヤクザと変わらない。スターリンは自国民を6600万人殺戮した。毛沢東は最小値でも8500万人殺戮した。河野太郎が仮に共産国日本を創り独裁者になれば、日本人を2000万人ぐらいは殺すだろう。そう思わせるに十分な“官僚への暴言”が連続大爆発するyoutube.comの動画だった。

 この問題はいったん脇に置く。本稿の冒頭で引用した「9・10記者会見」での、河野太郎の発言「日本の一番の礎になっているものが、この長い伝統と歴史と文化に裏付けられた日本語」を、本ブログの読者は、もう一度、読み直して頂きたい。日本語とは、世界で最も“マナーと礼節=品格の高い礼儀作法”が組み込まれた言語。その美しい敬語の発達は、この一面でしかない。

 さて、河野太郎は、「8月24日オンライン会議」で暴言を吐き捲っている。その一部が、次。誰しも「えっ」と絶句するほどに、日本語を知らないスーパー野蛮人が河野太郎

「日本語では、(《36~38》ではなく)《36~38以上》というのが日本語だろう」。

「日本語のわかる奴、出せよ」。

 《36~38》は、「36ないし38」or「36以上、38以内」と読む。ところが、オラン・ウータン河野太郎は、《36~38》を、「36以上、38以内以上」と書けと騒ぐ。これ、日本語? それ以前に、これ言語? ところが、エネ庁の局長クラスに向かって、日本語に無知蒙昧な河野太郎は、気狂いの本性を暴発させて、「日本語のわかる奴、出せよ」と、怒鳴っている。

 支那語はペラペラ(ペコペコの転訛)のようだが、日本語がサッパリの“非・日本人”河野太郎に、日本語が得意な国語学者を出しても通じることはない。河野太郎の日本語は、指導も矯正も不可能なレベルの超未熟。小学生四年生の水準にない。このことは、河野太郎の新著『日本を破壊して、温もりのない氷結して凍える日本を創ろう』(PHP新書、2021年9月)の文を一読すれば、万人の目に明らか。この本の文章、58歳の通常の日本人の国語力ではとても書けない。9歳程度の文章力。これで恥ずかしくないとは、河野太郎の鉄面皮は度が過ぎている。

 確かに河野一郎も河野洋平も、一片の倫理道徳も良心もない、金とイデオロギーと権力だけが全ての「反日」悪魔だった。羞恥心は倫理道徳を涵養していくその出発点だから、羞恥心無き河野家“売国奴三代”は、一欠けらの倫理道徳もない(刑法犯罪以上の)巨大な政治犯罪の常習者になるのである。

 

1、ケーディス大佐に手渡され、現行の日本国憲法第一条に決定的に影響を与えた、鈴木安蔵や高野岩三郎らの「憲法草案要綱」は、高柳賢三ほか『日本国憲法制定の過程 Ⅰ』、有斐閣、482~5頁。また、この七名は、リーダーが高野岩三郎(のちNHK会長。NHKを共産党員とロシアKGBだらけにした張本人)、事務局長が鈴木安蔵。他の五名が、馬場恒吾/杉森孝次郎/岩淵辰雄/森戸辰男/室伏高信。

(2021年9月18日記)

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