菅義偉の“革命”「退位」式で、天皇制度の廃止は確定する ──4・30退位礼は、徳仁《新天皇》に対する“廃帝”人民裁判リハーサル

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筑波大学名誉教授   中 川 八 洋

 ①宣命の儀②剣璽等承継の儀③御笏・御袍奉持の儀の三儀式からなる、正しくは5月1日の一日に限って挙行されるべき宮殿正殿における譲位・受禅の儀式は、午前中のたった一時間以内(10時からであれば、11時前に終わる)で終了する。それなのに、天皇・皇室を憎悪する“凶悪共産党員”菅義偉は、2017年の秋以降、“前日に今上陛下を「退位」させ、翌日に受禅ではなく皇太子を「即位」させる”形で、「今上陛下には決して譲位をさせないぞ、皇太子殿下には決して受禅させないぞ」という天皇制廃止の策謀を、やりたい放題にやっている。この天皇制廃止に至らしめる重大な先例づくりの最終仕上げが、今月の十月、安倍晋三内閣の「式典大綱」として決定する。

 だが、国民は、「退位」特例法の「退位」は、“譲位”を不適切語で表現しただけで、実態は“譲位”だと思い込んでいる。また、北朝鮮人たちが編集する(朝日新聞もびっくりの)“天皇制廃止の急先鋒”産経新聞は、「退位」は「譲位」と同義であるかに、2017年冒頭から真赤な嘘宣伝し続けている(注1)。産経新聞を購読する“知的下層民たち”は、西尾幹二(ヒトラー系廃墟主義アナーキスト)や加地伸之(毛沢東系マルキスト、日本一の“偽善男”)を見れば一目瞭然に、産経「正論」メンバーのほぼ全員が天皇制廃止の極左である事実すら気付こうとはしない。また、産経新聞がロシアKGB丸抱えの「対日」偽情報洗脳宣伝機関の一つである事実すら知らない。

 今や日本人は、天と地ほどに意味が異なる「退位」と「譲位」を同義だと、小学校三年生にも劣るほどに劣化した。世界の親日知識人は、“白痴民族・日本人”と唖然と心配してくれているが、日本人の中で、自らが“世紀の馬鹿民族”に化した現実を憂慮する者は一人もいない。日本人の99%が、お笑い芸人のお笑いしか理解できなくなった。日本人三歳説は、正しい。

 二文字「世襲」と聞くだけで体中に蕁麻疹ができる“矯激コミュニスト”菅義偉は、菅義偉が金正恩然と独裁者として運営した「式典準備委員会」の2018年2月20日会合で配布された資料を、隠すこともなく平然とインターネットに公開した。今上陛下の譲位を、ついに天皇制廃止の基盤づくりに変造する策謀に大成功した自信と傲慢からの勝鬨宣言のようだ。

 この公開された資料の一つに、二頁しかない「天皇陛下のご退位に伴う式典についての考え方」がある。第一頁で菅義偉は、4月30日の「退位礼正殿の儀は、退位であって、断じて譲位であってはならない/譲位の匂いは僅かも存在させてはならない」と明確に定義し、そう宣言している。

 この故に、第二頁で、第一頁の定義に従った見取り図(図1)を描き、何と受禅する皇太子を陪席(オブザーバー)に追放的に閉じ込め、今上陛下に対する「絶対に譲位させないぞ!会場」or「廃帝を決定する人民法廷」にしている。安倍晋三が、今上陛下を吊るし上げる“反・天皇クーデター”の人民裁判会場を「式典」と呼ぶなら、それは“次代で天皇制廃止が定まったのを祝う式典”だからか。

“民族系”安倍晋三が進める(嘘ラベル「退位の礼」を貼った4月30日)廃帝を揶揄する式典

図1;安倍晋三/菅義偉の(今上陛下「退位」の擬制で)“廃帝”人民法廷リハーサル会場

天皇と皇太子が向かい合うのが、正しい譲位・受禅の儀式の絶対条件

 では、譲位の式典は、どうあるのか。それは当然ながら、図2のごとく、天皇・皇后と皇太子が向かい合うものでなくてはならない。図2と比較すれば、図1が今上陛下を廃帝にする人民法廷になっていることが瀝然に明白。

A、譲位・受禅の儀式Ⅰ──宣命の儀(25分、図2)

図2の儀式順序

(旧皇族と公家と在京大使を上席とする参列者は、事前に直立にて参列)

1、天皇・皇后両陛下が、男性皇族/女性皇族を引き連れ、儀場に入御。

2、皇太子殿下が、儀場にお入りになられる。殿下のみ、用意された兀子(椅子)に着かれる。

3、宣命大夫(だいぶ、京都の公家。もし見つからない場合は侍従長)が、儀場に入る。

4、皇太子殿下が兀子から立たれる。これに応じて、宣命大夫が宣命を宣制する。この宣制の後、参列者全員は、二回拝礼する。

5、宣命大夫は二度目の宣命宣制をする。参列者全員は、ふたたび、二回拝礼する。

6、宣命大夫は、参列者の席に下がる。

7、受禅された新天皇は、上皇になられた前天皇ならびに前皇后に拝礼し、儀場を出御される。新上皇/新上皇后は、新天皇を見送られる。

8、新上皇/新上皇后は、男性皇族・女性皇族を引き連れ、儀場を出御される。この時、参列者は、深く拝礼する。 これにて、当該儀式は終わる。参列者はそのままで退場しない。

 序に、この譲位・受禅の儀の要である宣命の儀に続く二つの儀式についても、儀場のレイアウト、いわば版位(へんい、注2)を明示しておこう。

B、譲位・受禅の儀──剣璽等承継の儀(5分、図3)

 譲位・受禅(宣命)の儀に引き続き、剣璽等承継の儀を執り行う。この剣璽等承継の儀は、1989年1月7日のを基本的に踏襲してはいけない。「崩御→践祚」のケースとは全く異なるからだ。新天皇が出御される後に続いて、剣璽を捧持する十二単の内侍二人が、新天皇と共に儀場を後にすれば、この“儀式無き儀式”をもって、剣璽渡御の儀式は無事終了する。剣璽は、新天皇の御所の「剣璽の間」に遷幸する。

 この剣璽等承継の儀に引き続き、皇居宮殿の正殿の間における最後の儀「御笏・御袍奉持の儀」を執り行う。上皇/上皇后の二陛下は、御される座が変らないので、儀場を出御されない。そのまま次の儀式に移る。ただし、新天皇は儀場に入御される。

C、譲位・受禅の儀Ⅲ──御笏・御袍奉持の儀(10分、図4)

1、一名が御笏を、他の一名が御袍を奉持して、十二単衣の内侍(女官)二名が儀場に入る。上皇・上皇后に拝礼し、その前に既に置いてある(机)の上に、御笏と御袍を並べる。御袍とは黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)、御笏とは象牙製の牙笏(げしゃく)のこと。

*この儀式の直前、侍従が「案(机)」を、前天皇の前に置く。

2、前天皇から「了解」のしぐさを得て、二人の内侍は、「案」の左右に立つ。次に「案」の左右二つの角を持ち上げ、御笏と御袍が乗る「案」を新天皇のお傍に奉持する。

3、新天皇は、前天皇に拝礼する。これに対し前天皇も新天皇の方に向かれ目礼で応答する。

4、新天皇は、出御される。御笏と御袍を奉持する内侍二人が、新天皇に続く。上皇・上皇后の両陛下は、これを見送られる。

5、上皇・上皇后の両陛下も出御される。皇族がこれに続く。

6、参列者も退場する。

D、譲位・受禅の儀──路頭パレードの儀(5月1日午後2時~4時、皇居→高輪)

 本シリーズの第二弾「山本信一郎を懲戒罷免せよ」、および拙著『徳仁新天皇陛下は、最後の天皇』21頁/66~7頁で、言及したので、ここでは省略。

天皇制廃止に猛驀進する“赤黒の悪魔”安倍晋三は、幸徳秋水の生れ変りなのか 

 平安時代からの譲位儀式では、参列者いっせいの“称唯いしょう”(注3)などはあるが、宣命大夫以外の者が声を出した事例は、一つもない。これは、天皇も上皇も皇太子もそうで、無言で儀式に臨まれるのが絶対である。神社のご神体が無言であるように、沈黙が儀式の根幹をなしているからだ。また、天皇は御簾で前を隠し、お姿を参列者にお見せにならないのが、正しい儀式である。

 だが、安倍晋三は、式典全体を“狂暴な共産党員”菅義偉に全面的に丸投げし、4月30日の式典を、真赤に狂った“断じて譲位させないで、天皇制廃止の廃帝儀式とする”革命遂行を了解した。かくして、4月30日式典は、天皇制度に対する憎悪一色のものとなる。天皇や皇族を憎悪し殺したい一念の菅義偉と山本信一郎が主導する以上、当然の結末である。

 また、野坂参三とスターリンを崇拝していた安倍晋太郎のDNAが遺伝して、安倍晋三もまた天皇制廃止シンパである。薄っぺら選挙用演技としての安倍晋三の“大道芸”「フェイク天皇尊崇」は、民族系の票田が目当て。彼の本当の信条ではない。

(備考) 安倍晋三は、志位和夫ら日本共産党も惚れ惚れするほどに菅義偉が過激な天皇制廃止狂であることを知っている。本件について、私は安倍本人に直接確認した。

 この故に、安倍晋三は、自分をプレイアップする好機とばかり(=天皇の政治利用)、譲位儀式の伝統すべてに違背しその破壊に他ならない、戯れも度の過ぎた次の二つを4月30日式典の中核にした。

①内閣総理大臣の寿詞(よごと)。しかも、安倍晋三は狂気の不敬を越え、天皇の真正面に座る。

②天皇陛下のお言葉(=勅語)

 「即位の大礼」に総理大臣の寿詞はありえても、譲位される天皇に寿詞などあろうはずもない。安倍晋三とは、常識を有さない“非常識の男”である。その上、政治家としての資質は、吉本興行に所属する“選挙専門の滑舌芸人”のチャラ男であって、真正の政治家とは程遠い。だから、定年退職するサラリーマンに結婚のお祝いと同じ「寿」を贈る悪フザケに等しい「寿詞」など、今上天皇を揶揄的にオチョクルことになるのだが、全く気にならない。「俺様の方が天皇より偉いのだ」と思っているからだ。

 今上陛下は、譲位に際して、大敗戦の1945年8月からの七十年以上の苦難の御体験も含めてさまざまな過去が脳裏を駆け巡っておられるであろうが、自己宣伝しか頭にない安倍晋三は「そんなこと俺の知った事か」と唾を吐きかけ、譲位式典で不敬を越えた“世紀の野蛮スピーチ”というべき、臣下が絶対にしてはならない“前代未聞の無礼演説”を、元・暴走族かの正体を剥き出し強行する。

 今上陛下は、皇太子に皇位を譲位されるのであって、祝い事ではない。それは大嘗祭でニニギノミコトに化神されることによって神武天皇以来の天皇が二千年前からもこれからの未来でも何時も同一体であるように、受禅であれ践祚であれ、天皇の代替わりとは、この世での現身における永遠の天皇の生成である。神聖な神事の性格を持つのが、厳粛な皇位継承である。そんな不可侵で聖性の譲位に対し、総理の寿詞という無礼千万な“世紀の不敬”は、かつて日本史に一度も存在しない。

反・天皇の本性を剥き出し安倍晋三は、参列者リストから旧皇族と公家を全面排除

 先述の安倍晋三了解/菅義偉「天皇陛下のご退位に伴う式典についての考え方」の二頁に、「参列者の範囲」が書いてある。驚くなかれ、内閣の閣僚、国会議員、地方の政治家など、全員が日本人で政府関係者のみ。何とも異様の一語に尽きる。在京大使すら排除している。陛下の交遊関係者も一人残らず排除している。

 諸外国の元首や王族の中には、これまでの今上陛下との御付き合いからして、譲位儀式に是非とも参列したいと考えている方がかなりの数になると聞いている。が、安倍晋三も菅義偉も、今上陛下のご譲位を断固阻止すると決意している。両名はまた、確信犯的に、折角の、近未来の天皇制廃止の廃帝人民裁判のリハーサル/退位強制の予行演習を絶対に変えないぞと決意している。だから、安倍晋三は、今上陛下に参列したいと連絡された諸外国の要人すべてを足蹴にして無視し排除したのである。

 外国の賓客が参列すれば、必然的に、通常の常識的な譲位儀式にせざるを得ない。だから安倍と菅は、退位式典は国会議員を中心に、天皇制度を擁護する精神を喪失した日本人だけにしたのである。なお、天皇制廃止の共産党革命語「簡素化」は、“譲位をさせない”“廃帝人民裁判リハーサル”「4・30」の実態を隠蔽する、実に巧妙な嘘ラベルで、実に好都合な口実になっている。

 譲位・受禅儀式に参列する筆頭は、言うまでもなく、第一に旧皇族。第二に公家。第三に陛下と親しい方々。この中に、外国の王族が多数含まれる。第四が在京の大使。在京の大使を、国務大臣や国会議員より優先しないのは、憲法第七条違反である。なぜなら、憲法第七条の国事行為として、今上陛下は過去三十年、「外国の大使および公使の接受」をなされてこられた。

 4月30日「退位の礼」は、表向き、さも式典であるかの形をとっているが、実際はそうではない。ルイ16世の王権を停止し、囚人としてタンプル塔に拘禁したジャコバン党の1792年8月10日革命の摸倣だからだ。国王ルイ十六世から王位を剥奪した蛮行を犯意露わに再現したのが、4月30日「退位の礼」である。

伝統違背の勅語形式を禁止し宣命形式に戻さなければ、ルイ16世処刑方式が踏襲

 天皇陛下の勅語は今では、今上陛下の「即位の大礼」(1991年11月12日)での勅語に見るごとく、札付き共産党員官僚のみが独占的に書く。天皇は今や、共産党員官僚が書いた原稿を読むロボットか囚人かに貶められている。現に、今上陛下の「即位の大礼」での勅語は、仏国王ルイ16世の“憲法発布を祝う勅語”(1791年9月14日)をそのまま丸写ししたもの。この一年四カ月後の1793年1月、ルイ16世は、この憲法の条文に従ってギロチン処刑された。両勅語を比べてみよ。全く同じである。

●ルイ16世の勅語「朕は国民と法律に忠実であること、国民議会が定めた憲法を護持し、法律を施行させるために、朕に賦与された権限すべてを行使すること誓う」。

●今上陛下の勅語「日本国憲法を遵守し日本国および日本国民の象徴としての務めを果たすことを誓い・・・」

 昭和天皇の即位時の勅語は、皇位継承の絶対原理“世襲”を否定する、トンデモ語「憲法遵守」とか、そんな共産国家の人民主権主義のようなものは何もない。天皇の位が祖宗より受けた史実通りに、それを闡明し、この事実に基づき「民を視ること子のごとし・・・」と、内容に問題は何一つない。

 だが、大正天皇・昭和天皇の勅語形式は、内容に問題がなかったにせよ、それ以前の宣命形式に違背しており、このような伝統破壊はしてはならないものであった。現に、勅語形式の三回目に当たる今上陛下の場合(1991年)のように、血塗られた狂気のフランス革命のジャコバン党製の王制廃止勅語と同じものを読ませられる羽目になった。

 即位の勅語ですら、これほど天皇制廃止イデオロギー一色の文言を天皇に読ませる、「天皇は共産党員官僚の下僕だ」という動きは、今では霞が関官僚の間では、三十年前よりももっと強くもっと深く定着し、決定的なコンセンサスとなっている。ならば、譲位・受禅という儀式において、譲位の天皇も受禅の新天皇も無言であるべきとする一千年間の伝統に違背し叛乱しての、初の勅語を強制的に述べさせられる今上陛下の勅語がどんなに真赤でどんなにひどいものになるかは、想像する以前に明らかではないか。今上陛下に(80%共産主義者の)安倍晋三が強制する“共産党製お言葉=勅語”を、国民は断固として阻止しなければならない。

 しかも、図2で明示したごとく、元来有るべき譲位・受禅の正しい儀式に戻せば、新旧の天皇は何ら勅語を賜る必要はない。現在、譲位の宣命文を私なりに起草している。安倍晋三から依頼があれば、渡すつもり。安倍晋三が、宣命方式に変更し、宣命大夫を公家から任命し、(私のでなくとも)漢文の大家に委嘱して宣命文を起草させるならば、80%共産主義者の安倍晋三も、ロシアからの対日侵略者の本性(対ロ売国奴)を多少は改善して、半分ほどは本物の日本国民になれるというものだ。

 もう一度言う。譲位式典における天皇の勅語は、平安時代からの伝統を冒涜するものであり、断固して、禁止されねばならない。

内廷の侍従と女官を除き、宮内庁の官僚を一人として儀場に入室させてはならない

 宮内庁長官の山本信一郎が、共産党員で超過激な極左革命活動家だから、その排除のための方策としてではない。譲位・受禅は、内廷の侍従や女官が黒子の中核を担うものであって、外廷の者が、儀場に現れてはならない。外廷の宮内庁職員は、外部からの参列者の整理等を担当しても、儀式においては内廷と外廷は峻厳と区別されるべきである。儀場や儀式に関与してはならない。

譲位・受禅の分離と一日空白は、特例法第二条に重大違反。5月1日同時のみ合法

 特例法第二条は、「天皇は、この法律の施行の日限り、退位し、皇嗣が直ちに即位する」と定める。即ち同日・同時刻でない「4月30日の退位、5月1日の即位」は、特例法に重大違反の、違法の極み。

 経緯を辿ると、安倍晋三は、特例法附則第一条第二項に従って、2017年12月1日に開いた皇室会議の意見を聴取した形において、「4月30日を施行日とする」政令を定めた。つまり、この政令と特例法に従えば、4月30日の同日に「退位」と「即位」とを執り行なわなければならない。尚、ここでは、それぞれを正語「譲位」「受禅」に置換できないので、特例法の誤ったトンデモ用語をそのまま使用する。

 このように、「退位」「即位」を合法に挙行するには、それは4月30日でなければならない。が、改元や暦の問題から、4月30日は不適当。5月1日の方が当然に妥当で適切。よって、施行日を5月1日と緊急に是正すべきである。

 政令の変更是正は閣議決定だから簡単に済むが、皇室会議の方はもう一度開催することは問題となろう。とすれば、前回の皇室会議の出席者全員に持ち回り議事録修正で処理するほかない。戦前の皇族会議には、持ち回り決済をした前例がある。このやり方で充分だろう。

 しかも、5月1日に譲位と受禅が同時に挙行するとなれば、必然的に、その儀式は上記の図2とならざるを得ず、伝統に合致した正しい儀式への是正ともなる。5月1日の譲位と受禅の同時挙行以外に、いかなる他策も存在しない

譲位の式典は、国民に譲位事実を明らかにする事ではなく、皇太子に皇位を譲る事

 (天皇に対する尊崇は一欠けらもない誇大妄想狂の)赤黒い安倍晋三が了解し、スーパー真赤な菅義偉(凶悪な過激共産党員)が著作した「天皇陛下の御退位に伴う式典についての考え方」は、「譲位」につき、単に謬説だと批判で済む範疇には括れない。真正の日本人なら卒倒する超狂気な定義をしているからだ。多くの問題があるが、ひとまず次の四点に絞って、それを指摘しておく。

「天皇陛下の御退位に際し、天皇陛下の①御退位の事実を広く国民に明らかにするとともに、天皇陛下が御退位前に②最後に国民の代表に会われるための式典とする」

「安倍晋三総理が、③(今上陛下に対して)天皇陛下が御退位されることを申し上げ、天皇陛下に感謝を述べる・・・

 御退位の事実を①広く国民に明らかにするのであれば、皇太子殿下への譲位儀式の方が、はるかに理に適っている。また、譲位パレードの方が、数百万倍も国民に明らかにする効果絶大。

 また、図1と総合すると、今上陛下は、皇太子殿下を脇に追いやり不敬も甚だしく御前に立つ安倍晋三総理に向かって、「退位」を認めて下さいとお願いする、そのような儀式になっている。これでは、法学的にも政治的にも、「社長」安倍晋三が「良く働らく社員」天皇をその地位に任命してあげたとの擬制の構築ではないか。

 しかも、②と総合すると、天皇の譲位は譲位ではなく、まさしく会社員の退職と同じ、任命権者(社長)への辞職の挨拶となっており、「皇位を譲る」という形式は、僅かな煙ほども存在していない。つまり、凶悪な共産革命ふんぷんの狂語「退位」は、「退職」から捏造されたことが見え見えである。

 今上陛下は、二千年に及ぶ古来からの皇位継承法と世襲の原理において、天皇の地位にあらせられたのであって、内閣とか政府とか国民から、その地位を得たのではない。世襲の原理は、現世代の国民の意思を超越している。

 安倍晋三が「④天皇陛下に感謝を述べる」行為は、社長が退職していく(良く働いてくれた)老社員を労い「感謝する」と同じものであり、「安倍晋三が上、今上陛下が下」になっている。譲位の式典においては、総理が、畏れ多くも「感謝」などを万が一にも天皇に対し、振り回すべきではない。何か奏上したのであれば、皇位を受け継がれる新天皇(皇太子)への忠誠義務を宣言し、この忠誠義務を今上陛下に誓う(約束)事、これのみ。つまり、譲位される天皇に、後の憂いをなくすことが、国民の今上陛下への真正な感謝である。これ以外の感謝は嘘偽り。無礼千万を越える“大不敬の暴走”。

 また、個々の国民が天皇に感謝するのであって、安倍晋三が国民を代表して感謝など、国民に対する侮辱も甚だしい。これこそは、国民の天皇に対する尊崇を踏みにじる“ゴロツキ夜郎自大”が面目躍如する安倍晋三の、国民に対する冒瀆行為の極み。

 国民は、直接に天皇に対して感謝したいのであるから、政府は、その機会をつくるべきである。それが言うまでもなく、譲位パレードの挙行。5月1日午後、例えば、2時から4時、皇居から高輪まで今上天皇がパレードなされば、全国から三百万人ではきかない、おそらく五百万人規模の真正日本人が沿道から拝礼し、手を振り、中には涙を流すであろう。

*仙洞御所になる高輪皇族邸はまだ改修が終わっていないので、今上天皇は皇后陛下と共に、しばらく高輪プリンスホテルでお休みになった後、暗くなった午後七時ごろ、パトカーの先導で皇居にお戻りになればよろしいのである。還幸には、十五分間ほどしかかからない。

 もう一度言う。国民の今上陛下への感謝について、安倍晋三総理は、国民を代表もできないし、代理することもできない。感謝は道徳感情だからである。「感謝」を代表できると安倍晋三が考えるのは、安倍晋三が、人格異常者(サイコパス)だった父親のDNAを継ぎ、狂気の“思い上り”(ハイエク)を病むからである。また、精神医学的に分裂症系の誇大妄想狂だからである。要は、5月1日の譲位・受禅の儀式で安倍晋三は、“参列者の代表”になり得ても、一参列者以上になることは許されない。

 最後に③「安倍晋三が、天皇に御退位になることを申し上げる」についてだが、これは安倍晋三が、今上天皇に対して、退位を命令する行為に他ならない。安倍晋三は、とうとうスターリン的な共産主義独裁者である正体を露骨に顕わした。安倍晋三を日本国から追放しなければなるまい。立憲君主の天皇制度を奉戴する“自由と高貴な日本国”にとって、「天皇より俺様は偉いのだ」と妄想する政治家は、必ず日本国を根底から毀損する。安倍晋三は、日本国にとって、最危険人物だと判明した以上、安倍晋三を早急に処理しなければ、祖国日本の護持は不可能である。 (10月1日記)

1、産経新聞は、2017年から、「退位」特例法を「譲位」特例法だと「退位」の二文字を隠す改竄をして報道している。産経新聞の購読者を騙して、「今上陛下に譲位させない」「退位させ、廃帝の形にする」と定めた特例法の真実を覚らせないための偽情報操作である。産経新聞の幹部社員は社長以下ほとんどが北朝鮮人の血統の者が多く、日本人騙しを社是としている。「反日・極左」の本性を正直にそのまま露わにする朝日新聞と、「反日・極左」を日の丸で覆い隠す“狡猾な悪”産経新聞と、いずれが日本を毒するか。優劣なし/遜色なしと言えるか。朝日新聞の防護外壁となっている“外堀”産経新聞をまずもって廃刊させねば、本丸の朝日新聞は叩き潰せない。

2、「版位へんい」とは、紫宸殿などでの儀式で、参列者の立ち位置を示す目印の木の板。21㎝四方で厚みは15㎝ほどある。漆で位階が書いてあり、参列者は大広間でも自分の位置がわかる。  3、「称唯いしょう」は、召しに応じて「おお」と高く長く声を出すこと。「しょうい」と読まず、逆さ読みする。

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