日本の国防力ゼロを実態的にもたらす、無道徳の暗黒社会に日本を改造するのが、“悪魔の共産革命”LGBT神格化運動の第二の目的──殺人者マネーを信奉する“LGBT狂”の「反日極左官庁」法務省人権擁護局を完全廃止し、一般日本国民の人権を護ろう

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筑波大学名誉教授   中 川 八 洋

 共産党と“共産党の機関紙”朝日新聞が、日本国民を騙すべく洗脳の大煽動をなしているLGBT“共産革命”運動の目的は、次のABC三つ。Aは前稿(2021年5月18日記)で言及したので、本稿では、Bを解剖する。

A、家族を解体し、新生児出生数をゼロにしての、日本民族の絶滅。

B、「道徳の破壊→無道徳社会」による、自由ゼロ/悖徳の糜爛/無法の暗黒社会へ日本国の改造。

C、「男性から男性性の剥奪/女性から女性性の剥奪」→日本社会の機能不全/国防の溶解的消滅。

“赤い悪魔の狂乱”LBGT運動は、反・道徳(immoral)で日本国の新生児数ゼロを狙う

 LGBT運動とは、暴力的な社会解体運動を非暴力の形態で実行する共産革命である。つまり、LGBT運動の本性は、「反社勢力」と何ら変わるところはない。いや、「反社勢力」の百万倍の猛威で、現在の日本社会を根底から破壊し粉塵と化す、肉ミンチマシーンそのもの。

 逆方向から見れば、国家社会を破壊する方法として、文明の自由社会が立脚している基盤の一つ「道徳」の破壊と一掃に的を絞り、その手段としてLGBT運動を考案している。LGBTそのものの本性がimmoralだから、LGBT自身がカミング・アウトすることだけで道徳体系は崩れる。共産党はここに眼をつけLGBTを道徳破壊の特攻隊に悪用している。

 共産党は、彼らの宗教的経典マルクス『共産党宣言』の定めに従うことだけが、自身の信仰に満足するカルト宗教団体である。仏教徒が毎朝お経を読んで精進料理しか食べないことに満足するのと同じ。マルクス『共産党宣言』は、次のように定めている。

「共産主義は、自由や正義などの永遠の真理を廃棄する。宗教を、道徳を、新たに形成しないで廃棄する(注1)

 現在の日本国のような自由と正義の自由社会を、このような反・道徳が具現化する悪魔的社会に改造=革命する方法として、共産党は、戦前から性教育=性器・性交教育に着目し実践してきた。

 『性教育』(1923年)の山本宣治を嚆矢として、スターリン直轄の共産党は、「太田典礼→安田徳太郎→山本直英→村瀬幸浩→朝山新一→朝山耿吉」ら党員によって、性器・性交教育が日本の教育界に蔓延するよう全力疾走してきたし、今もそうしている。彼らの働きは、河上肇以上に日本の共産社会化革命の推進に効果をあげた。

 一方、米国では、性教育が道徳破壊運動であり共産革命であると逸早く喝破して、米国にやってきたヴィルヘルム・ライヒ(ドイツ共産党員、著書に『性教育』がある)が法廷侮辱罪で刑務所に収監されたのを好機とばかり、彼をそこで殺害した。このように米国は、「性教育→道徳破壊運動→共産革命」とか、「反共ならば、《反・性教育》の剣を突け」とかの、高い教養が一般的である。

 これに比して、(高等文官の過半が反共の)反共官庁・内務省が存在した戦前ですら日本では、頭が悪いのか、この平凡な常識「性教育=共産革命」を理解できなかった。治安維持法には、「性教育」を、死刑を含む禁錮十年以上に処する条文はつくらなかった。1925年の治安維持法に、「天皇制廃止」と共に「性教育の煽動と実践」を並列的に条文化しておけば、1925年、山本宣治を死刑に処せた。この英断を実行していれば、日本国の共産化スピードは大きく鈍化し、河上肇の愛弟子・近衛文麿による東アジア共産化の手段としての大東亜戦争は「無かった」かも知れない。

性教育で反・道徳が「蔓延」し、さらにLGBT神格化法で社会秩序崩壊が日本を襲う

 日本における共産党のやりたい放題「性教育」には、教育的な側面は一㍉もない。二文字「教育」は偽装表示。詐言の極み。実際には、学校を共産党が簒奪して子供たちを性器・性交気狂いに改造するのを「性教育」と詐称しているだけ(注2)。そして、「狂気の性教育」を受けた日本の子供たちは、性秩序紊乱の尖兵もしくは公然猥褻で交尾する動物以下になるだけでない。金属製のセックス・サイボーグへと確実に改造されている。

 現在、日本の若い女性の半分は結婚しない。また結婚しても子供を産み育てようとはしない。これは世界随一に野放図な“日本の性器・性交煽動教育”の成果でもある。夫婦間は愛情でも、親子間や子育てには、愛情に加え道徳精神が不可欠。子供の有事に際して親は命を投げ捨てても助ける精神が不可欠で、これは道徳に外ならない。日本の女性は、この子育てにおける道徳を嫌悪し忌避し、人倫の道を踏み外した「結婚しない/産まない」の非・人間をよしとするようになった。

 だが、マルクス&レーニンに叩き込まれた永久革命主義の共産党は、直接的な道徳破壊運動である性教育によって日本の女性の50%が“非・人間”に改造され「結婚しない/産まない」サイボーグ化した事だけでは満足しない。あくまでも日本女性100%が「結婚しない/産まない」状態(=ヨハネ黙示録の、時間が止まった、最終段階の完全な共産社会)を目指して、日本女性全員を“immoralな女”に改造すべく、LGBTの本性たるimmoralを麻薬注射方式で注入する事にしたのである。

 共産党秘密党員・稲田朋美が、ダーティな手段をあらん限りに尽くして自民党に「共産党欽定のLGBT理解増進法」を立法させんとしているのは、“日本女性100%が「結婚しない/産まない」”を実現すべく、「性教育→LGBT神格化による社会秩序崩壊の先の、日本国の自壊」という、共産革命の順序を踏まえてのこと。稲田朋美は、自民党の共産党員・共産主義者ワースト六人組「菅義偉、河野太郎、野田聖子、世耕弘成、安倍晋三、稲田朋美」の中でも、計画的実行力のある共産革命家。

バーク/ジョージ・ワシントン/レーガンは何ゆえ、道徳の重要と覚醒を国民に訴えたか

 LGBT運動が性的紊乱/性的悖徳ならびに社会秩序の撹乱を日本国中に蔓延させることを目指していると、LGBT運動を正しく喝破する賢明な日本人はごく少数はいる。が、「LGBT運動は日本の新生児数をゼロ人にし、また慣習に拠ってのみ保たれる社会秩序を逆に自壊させる問題だけに留まるほどヤワではない」「LGBT運動は、一気に日本人をして“領土無き地球放浪者(ディアスポラ)”にする『日本国の死滅』という日本民族の最悪事態を到来させようとしている」と、LGBT運動の重大な悪魔性に気付いている真正の賢者レベル日本人は一人もいない。

 反道徳immoralは国家死滅の劇薬。自由社会の国家にとって、反道徳immoralほど恐ろしいものは無い。が日本では、道徳を顕現し倫理に生きた偉大だった“武士による政治”=理想の政治制度が数百年以上も永く続いたため、日本人は、祖先から相続した慈しみ磨かなければならない道徳を、日本では安易に手にできる空気か水かに錯覚している。日本人は、道徳が国家社会を支えている最枢要な基盤だと認識する必要がなかったため、この認識ができない、とも言い換えられる。

 そこで、先ず、国家における道徳の絶対性について、歴史上の賢者の声に耳を傾けるべく、バークとジョージ・ワシントンとレーガンのそれを紹介しようと思った。が、紙幅の関係から、米国初代大統領ワシントンのを少し引用するだけになるが、勘弁してほしい。

 日本では、米国政治思想史について、東大を含め、これを隠蔽するのが決まりで、日本の全ての大学で米国政治思想史を正しく授業した教授は、戦後数十年の全国で、私のみであった。東大を例にすると、私が在学中には、これが専門の教授に斎藤眞/本間長世などがいたが、彼らは共産党系だったから、意図的にハミルトンとワシントンを排斥した。「建国の父」トップ・ツーの思想を排除すると米国の建国思想などこの世に存在しなくなるが、本間長世『理念の共和国』(1976年、中公叢書)を挙げるまでもなく、彼らは偽情報「米国には建国思想などなかった」を日本国内に流した嘘つき。 

 スタンフォード大学に留学する前、ある事で指導を仰ぐため斎藤眞教授の元を訪ねた時、『ザ・フェデラリスト』をとっくに完訳しているなと感じた(1950年代?)。が、斎藤眞が福村出版からそれを出版したのは1991年。斎藤眞は四十年間も出版を躊躇った。理由は簡単、共産党からお叱りを受けるからである。学界では世界的なトップ古典であれ、ハミルトンやワシントンなどの保守主義者の作品は全て邦訳禁止・研究禁止。この共産党様からの命令は厳格に実行され、大学で逆らう者はいない。

 アクトン卿のあれほど厖大な作品は、小さな論文一つ翻訳されていない。チャーチルのは0.1%ほどあるが、大学外の有識者の翻訳。大学教授のは一本もない。熱烈な昭和天皇擁護者で王制主義者だった「スーパー親日」キーナン検事に関する研究論文は、エセー一つ存在しない。

 以下、ジョージ・ワシントンが大統領を去る半年前(1796年9月)に国民に訴えた新聞発表の演説を引用する。『ザ・フェデラリスト』と並ぶ米国建国思想の最重要文献なのに、英語屋さんの2006年の抄訳があるのみ。つまり、明治維新からすれば一四〇年も経っていながら、翻訳がゼロという事。日本とは、いかにワシントンとハミルトンを検閲的に排斥してきたかがわかる。ワシントンは、『惜別の辞』(=アメリカ国民への遺言)で、米国国民に道徳を強く訴えた。

「米国を政治的繁栄に導きたいのなら、宗教と道徳心という習慣を片時も欠いてはならない。アメリカの政治家は、敬虔な一般国民と一緒に、宗教と道徳を敬い、また慈しむべきである。ここで細かくは論及しないが、個人的な至福も国家の至福も、宗教と道徳に深く結びついている」

「宗教(敬虔な信仰)なしでも道徳を維持できるとの、仮定の話(まやかし話)には気を付けなさい。《宗教的原理がなくとも全国のアメリカ国民の道徳心は守られ得る》など、理性で考えても経験則に照らしても、決してあり得ない」

(王制や貴族制ではなく)選挙によって政府が選ばれるdemocracyであるなら、尚のこと、アメリカ国民の美徳と道徳心とが、米国政府に不可欠な原動力である。これが本質であり真実なのだ」

「国家が永遠に繁栄(至福)するか否かは、国家や国民がいかに美徳と結合しているか否かで定まる。これは神の摂理でもある」(注3)

道徳を破壊尽す暴力的な”反・道徳”革命集団LGBTの放置は、日本国の死滅! 

 暴力革命に等しいLGBT運動に参加するLGBTは、イ&ロ二つの思想的・人格的な特性が顕著。

イ、無道徳non-moralを指向するか、道徳破壊の反・道徳immoralを強度の信条とする。即ち、バーク/ワシントン/レーガンの対極で、生来の『共産党宣言』の実践者(非人間)である。また、人間からの道徳剥奪を提唱し精神分裂病になろうと唱道した「ニーチェ→フーコー」の反・人間である。

ロ、2021年4月のレインボー・プライド集会が証明したように、LGBTは、「ウィグル人が宗教や民族文化の全てを剥奪されジェノサイドされている」「香港人が全ての政治的自由を剥奪されている」「チベット人が宗教も民族の文化も剥奪されている」“阿鼻叫喚の陰惨な事態”に、一欠けらの関心も示さなかったし、むろん涙一つ流さなかった。

 要は、LGBTには、「人権」(正しくは「国民(民族)の権利」)概念も思想も一㍉も存在しない。LGBTが口にする「人権!」は、自分達が猛炎をあげて燃やす日本憎悪の暴力的狂気を隠蔽するための“日本人騙し”の転倒語(ジョージ・オーウェルが喝破した「ニュー・スピークス」)である。正常者の人権を破壊したい情動を、「自分達の人権が侵害されている」と転倒で逆表現しているだけ。

 われわれ正しき日本国民は、“美徳に満ちた自由“が尊重され擁護される、美しき日本国を守らねばならない。この国を護るためには、国の自由秩序を毀損する「反日」勢力を我が国から一掃するには、絶えず剣を抜いて闘うこと以外の方策はない。

 この闘いに、道徳を日本国から破壊尽して日本を暗黒の全体主義体制に陥れようとする“赤い悪鬼/赤い悪魔からなるLGBT運動”を日本国中から跡形もなく叩き出すことが、当然に、含まれる。由緒正しく高雅な道徳を祖先から世襲した我が日本国民の日本国に、狂人ルソーの末裔LGBTの嘔吐を催させる運動など一欠けらも存在させてはならない。

 具体的には、レインボー・プライド集会に参加したLGBTに対し、凶器準備集合罪に相当する道徳破壊行為である以上、何らかの刑罰を課する必要があり、そのような立法こそが急がれる。逆立ちの有害「LGBT理解増進法」ではなく、日本国の美しき道徳を護る正しい有益「LGBT規制法」である。

 また、LGBT反・道徳運動を背後で使嗾し煽動している法務省人権擁護局については、官庁として存在してはならない犯罪をなしているのだから、廃止が当然。また、人権擁護局に勤務し関連した国家公務員を全員「懲戒免職」にすべく、米国と同じ共産主義者公務員即時免職法communist control actを、今直ぐ立法しなくてはならない。

新渡戸稲造『武士道』やS・スマイルズ『品格』『義務』は、日本国民必読の道徳教本

 さて、話を「道徳とは何か」のお浚いに移す。道徳は古来から不変である。特に、日本と欧米は、酷似する武士道と騎士道の歴史を共通することにおいて、その道徳に普遍性が濃い。ために、日本の代表的な道徳教本、新渡戸の『武士道』(原文は英語)は、欧米諸国で広く愛読された。また、日本でも明治時代から英国の偉人伝作家サミュエル・スマイルズの道徳四部作『自助』『品格』『義務』『節倹』は広く日本人エリート青年層に愛読された。以下、『武士道』を少し思い出してもらおう。

 「武士道chivalryは、桜花と同じく、活きた力と美を放つ日本に固有な華である」に始まる新渡戸の『武士道』は、日本の武家の家族と階級において磨かれた、体系的な道徳規範を概説した世界的な名著である。日本人と生まれたならば必ず座右の書とすべきもので、暗誦してこそ真なる大和男児。むろん、日本女性もそうすべきだが、仮に難解と思うならば、次の三冊を読破された後で熟読されたい。『女子の武士道』(致知出版社)/『武士の娘』(ちくま文庫)/『武家の女性』(岩波文庫)

 『武士道』は、読者がよく噛んで咀嚼すれば誰も必ず心酔する、そのような稀有な名著。ここでは、その「第八章 名誉」を取り上げ、さらにそのほんの一部「廉恥心」の箇所を紹介する。新渡戸は箴言的に、道徳哲理の一つ「羞恥の感覚は人類の道徳的自覚の最も早き徴候である」を掲げる。そして、カーライルの「恥は全ての徳、善き風儀ならびに善き道徳上の土壌である」及び、孟子の「羞恥の心は義の端(はじめ)なり」で補強する(注4)

 その通りである。廉恥心こそは人間が美徳を磨き体得していく、そのスタートラインである。徳性の入り口である廉恥心なくば、孔子ですら道徳体系を顕現することはできず、人間は無道徳の野獣や物貰い乞食と同類になる。ここにも、LGBTが本質的に反・道徳の暴力装置の具現者に過ぎない事が自ずと立証されていよう。

 「性的指向」など私的領域の中の私的領域の問題。そんなもの、秘すべきが普通の人間ならば常識以前。だが、LGBT神格化運動に没頭するLGBTには羞恥心が全く無い。廉恥心が完全に喪失・欠如している。つまり、LGBT運動を行っているLGBTとは道徳を一切持たない輩である。道徳を一切持たないのは人間ではない可能性があり、また刑法犯罪者と同類だから、LGBT運動家を野獣や刑法犯罪者予備群に扱ってこそ、真善美や美徳や法的正義がトップ規範である文明社会の基本ルールに適う。

 現に彼らは、平然と「同性が好き(ホモ)、いや異性が好き(ヘテロ)、時には両方とも好き(バイセクシュアル)」と、自分の性欲の対象を拡声器で公言して恥じることがない。純個人的な性的指向(セクシュアル・オリエンテーション)を、露出狂並みに公道で発言するとは、秘匿義務がある掛かりつけ医者との会話でなら許されるが、あろうことか公開の行政マターにするなど、正常の域にある通常の人間の発想ではない。このようなLGBTには、刑法の公然猥褻罪の適用こそ検討されるべきだろう。

 道徳を喪失した(欠如した)LGBTに対して、道徳ある健全な人間が蔑視し嫌悪する正しい感情こそは正常の中の正常な思想信条で、日本国を支える重要な柱である。当然、日本国は、この蔑視・嫌悪の感情の方こそ特段に尊重しなければならない。これは憲法第十九条の定めるところでもある。

 それなのに逆に、国家が優先的に尊重し擁護すべき、この正常にして最も健全な感情の方を、「差別した!」と糾弾し排撃せんとは、転倒の狂気も度が過ぎていよう。法的不正義も度が過ぎていよう。正常を差別として糾弾可罰せんとする狂いに狂った日本政府=法務省人権擁護局は、無差別殺人者を非難・糾弾する正義の声を逆さにも封殺する“悪魔の暴力”機関そのもの。

 今や自民党の“悪魔の暴走機関車”で北朝鮮人コミュニストの稲田朋美は、共産党と部落と北朝鮮人が三分割して占領中の法務省人権擁護局の、共産党員官僚が支配するLGBTの部局が振り回す“悪魔の暴力権限”を百万倍にすべく、天下一の悪法を制定しようとしている。日本国は、稲田朋美の国会議員職をこのまま続けさせてはならない。

 もう一度言う。自由な開かれた社会において道徳と法的正義は優先的に擁護されねばならない。そして、政府も国民も、道徳と法的正義とが最大限に顕現されるよう最大限の努力をなす義務を課せられている。即ち、道徳を破壊する反・道徳のLGBT運動を断罪し破砕することが、国民すなわち国会が果たすべき義務である。稲田朋美の国会議員の資格は剥奪され国会から追放されるだけでなく、ピョンヤンに追放されねばならない。

“国防力と潤沢な若年層人口の支柱”道徳は、日本国の安泰と繁栄に不可欠な基盤

 LGBT運動とは、日本国民からの道徳一掃を目的とした“非・日”日本への改造革命なのは、もはや明瞭で、本ブログの読者はもう納得されただろう。そして、国家という統一体unityの中の、ある部分は道徳が満ちていない限り直ちにその機能を停止するが、この道徳でしか機能が維持されない重要分野の存在を今や日本人は忘れてしまった。いうまでもなく、国防の分野のこと。

 国防とは、精強で充分なる軍事力と潤沢な若年層人口を土台とするが、それを発揮せしめるのは精神であり、道徳感情である。これを国防精神の発露という。具体的には祖国日本への忠誠であり、国家を護らんとする“義の精神”であり、自らの生命を犠牲にする“勇者の剛毅、不撓不屈、大胆、勇気の美徳”である。そして、これらが日本国中に満ちてこそ、日本は正常な主権国家になりうる。これら倫理道徳「忠誠」「義」「勇気」「自己犠牲」の徳性が国家をして真に安泰たらしめる基盤である。

(備考)正確には、「勇気」は道徳、「義」は倫理。「大義に死す」は倫理行為。

 一方、LGBT運動は、100%共産党が主導する反・道徳=道徳破壊を目指した、悪魔の狂人たちが乱舞するカルト宗教運動である。当然、LGBT運動は、“憲法第九条第二項を削除して「国防軍設置」を明文化する”正しい憲法改正を粉砕する、共産党の革命運動の一翼を担っている。つまり、改憲阻止と連動しているLGBT運動に発狂状態で協力に全力を挙げる稲田朋美とは、日本赤化のチャンスだとばかり、共産党秘密党員の正体を顕わしたのだ。

 ともあれ、このように、LGBT運動を共産党の言いなりに放置すれば、日本の国防力はその貧弱な軍事力と相まって、その国防精神がますます歪化をひどくし、国防力消滅へと突入する情況を不可避とする。日本は既に中ロに侵略され日本列島が占領・折半される寸前にあるが、この事態が中ロの日本列島無血占領へと悪化するのを決定的にしている。現在のウィグル人より何万倍も陰惨な地獄絵の中で日本人が皆殺しされる事態は刻一刻と近づいている。日本人は、ここ三十年以内には、生存できたとしても地球放浪者diasporaがやっととなるだろう。

 道徳なき国家の運命は古来より明らか。その愚を日本人はもう一度、世界人類に、自らの亡国と民族絶滅をもって教示せんとしている。稲田朋美のLGBT理解増進法は、この日本民族の絶滅と日本国家の死滅へと誘う“赤いハーメルンの魔笛”というべき悪魔の法律なのだ。

LGBTに正常企業を“襲撃”させる“極左官庁”法務省人権擁護局の即刻廃止を!

 さて、福島瑞穂や辻本清美と同じ北朝鮮人国会議員・稲田朋美が大好きな言葉が、「性的指向」「性自認」。少年の男性器をちょん切り自殺に追い込んだ殺人者である狂人ジョン・マネーが造語したこの狂人語「性的指向」「性自認」は、1980年代・1990年代の学界では通常、共産党語と目され敬遠された。が、2010年代以降の日本では、法務省人権擁護局の共産党員官僚たちにより法務省の行政語になった。日本とは、直視すれば気絶するほかない、共産党語の大津波中に溺れている極左共産国家。日本は国家としては既に死滅している。外形上の日本滅亡は少し遅れて訪れる。

 現在、法務省人権擁護局がネットに流しているLGBTパンフレットには、例えば、次の二つがある。

① 『性の多様性について考える』

② 『多様な性について考えよう! 性的指向と性自認』

 いずれも共産党の『しんぶん赤旗』の丸写し。一字も相違する所がない。しかも、「性自認gender identity」など、医学的には明白な反・医学極める政治プロパガンダ用語。反科学の狂語「性自認」は、生体手術で男女の相互転換をしたくてしたくてたまらない《悪と狂気の“性”科学者》で、ヒトラーの生き写しだったジョン・マネーの造語である。日本では、1975年刊のマネー『性の署名』を、共産党員のセックス狂いの「赤い気狂い女教授」たちが宣伝して広がった(注5)

 社会的に「性」がつくられるとする語彙genderには、社会的に(=国家権力によって)「性」を変更出来るとする狂気が含意されている。まさに科学の衣装を着せ、この狂気を潜ませた恐ろしい“反医学の狂語”である。Sexは医学的・生物学的な科学と不可分な言葉だから、科学の言葉「sex性」を排除する目的の政治用語として「gender 性」が考案された。共産主義者とは、『共産主義黒書』『悲しみの収穫』を読めば一目瞭然だが、科学も道徳をも有さない血塗られた狂人・非人間である。

 話を上記の法務省パンフレットに戻す。結論を先に述べる。それが表1。

表1;反・医学に暴走する“共産党直轄のその支部”法務省人権擁護局

 人権擁護局は、例えば①の冒頭で、次の一文を掲げている。が、これこそはデッチアゲ。真赤な嘘プロパガンダの典型ではないか。

「性的指向に関して、男性が男性を、女性が女性を好きになる事に対して、根強い偏見や差別があり、苦しんでいる人がいます」。

 ゲイバーに行ってみろ。ゲイは「苦しんでいる」の反対情景に興じている。なんとまあ大いに騒いで「楽しんでいる」ことか。通常の普通の正常人でも、ここまで「楽しんでいる」経験をした者は少ないだろう。実際にも、正常人はさまざまな悩みで苦しんでいる。だが、これが人生なのだ。

 一方、ゲイにレイプされた少年は、毎年、何人いると思うか、法務省は、この被害者数を知っている。すなわち、法務省は少年をレイプしたゲイを死刑にする刑法改正をした後に、ゲイ側のトンデモ嘘っこクレームを多少は聞いてもいいが、自分の国家公務員としての本来の仕事をおっぽり出して、ゲイやレズを使って、日本国の国家解体や共産化革命に精を出すとは、給料泥棒どころでは無い。

 法務省人権擁護局が、「差別だ!差別だ!」と真赤な嘘を捏造してまで、自由社会では絶対に国家権力が介入してはならない私的領域「性的指向」に、何故に介入するのか。具体的には、LGBTをして、雇用する民間企業に「差別された!」と洪水のような訴訟を起こさせるのが、法務省の直接目的の一つ。資本主義国・日本の打倒こそ、“革命官庁”法務省人権擁護局の悲願なのだ。

 法務省人権擁護局には、普通の日本人は一人もいない。マルクス『共産党宣言』をポケットに共産革命に専念している共産党員か、フーコー『狂気の歴史』を経典に信仰して《狂人やLGBTに一般日本人が支配され呻吟する悲惨な光景》(注6)を想像しては、ニヤリとする北朝鮮人や部落出身者しかいないからだ。

 ちなみに稲田朋美が“虚構”LGBT差別論を立法するのは、金儲けしたい下劣な下心にもよる。この立法で、一般企業にはLGBTの訴訟がごまんと提起される。するとLGBT差別論の稲田朋美は弁護士として企業を脅してふんだんに金を巻き上げることができる。靖国神社の英霊に対する冒瀆“嘘っこ参拝”を平然と繰り返す根っからの悪人が稲田朋美の本性。稲田にとって、自分の金儲けのための立法など朝飯前なのだ。

 ところで、上記①②の法務省パンフレットを、「ルソー、マルクス、マネー、バンタンテール、フーコー」を用いて解剖する予定だったが、どうやら読者諸君が疲れてきている様子、次回にしよう。が、一つだけ、掉尾だが申しておきたい。LGBTに対する一般人の自然的嫌悪感こそは正常であり健全である。LGBTに対し気持ちが悪いと嘔吐を催すのが正常であって、そのような感情が起きないのは正常を喪失している欠陥人間の証拠。政府が尊重し擁護すべきは、この《LGBTに対する一般人の正常な自然的嫌悪感》の方である。法務省人権擁護局は、本末転倒の“悪の逆送行政”の違法に暴走している。

 

1、マルクス『共産党宣言』、岩波文庫、67頁。

2、野村正博(異常を越える狂信的共産党員の小学校教諭)『性交を語る』、教育史料出版会(共産党直轄出版社)。この本を読めば、誰でも、共産党員教員は見つけ次第、米国のように、communist control actに従い、即、自動的に懲戒免職にしなければならない事が解ろう。共産党員には野村正博のごとき天性の狂人悪魔が多い。

3、FAREWELL ADDRESS,“THE WRITINGS OF GEORGE WASHINGTON” VOL.35, pp.229~231.井上一馬『後世に伝える言葉』、小学館、239~41頁。

4、新渡戸稲造『武士道』、岩波文庫、72~3頁。

5、ジョン・マネー『性の署名』、人文書院(共産党直轄出版社)。“殺人”学者マネーが最初に「性自認gender identity」を発案使用したのは、この著の二年前1973年に出版した“Man&Woman, Boy&Girl”。マネーの悪魔性については、コラピント『ブレンダとよばれた少年』、無名舎を参照されたい。また、狂人マネーの異常な私生活については、いくつかの論文がある。

6、フーコー『狂気の歴史』、新潮社。フーコーはゲイで、また異常性欲者。サンフランシスコのゲイ浴場でのゲイとの過剰セックスからエイズに罹り死んだ。彼の思想は、ポスト・モダンの廃墟主義。この『狂気の歴史』でフーコーは、狂人が正常人を支配すべきだと主張する(549~60頁を読まれたい)。法務省人権擁護局は、このフーコーの言説にも影響を受け、LGBTが正常人を支配すべきだと考えている。この目的を目指し、法務省は真赤な虚構「LGBTが正常人に差別されている」を捏造したのである。

(2021年5月23日記)

 

 

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