ロシア帝国とは“十三世紀モンゴル帝国の継承国家。ロシア人とは元寇のモンゴル兵と同一 ──母ウクライナ(キーウ・ルーシ)から産まれた息子ロシア民族が殺戮と強奪を快楽する“残忍獰猛きわめる悪魔民族”なのは、チンギス・カン騎馬軍団の“生きた化石”だからだ

Pocket

筑波大学名誉教授   中 川 八 洋    

 日本では、勝利への道を驀進しているウクライナに対し、「早く降伏しろ」と躍起に煽動する“ニューKGBロスケ”が、結構な数、地下から湧き出してきた。“狂人”穢多非人の橋下徹、満洲引き上げ(備考1)の遠藤誉、日本共産党員の馬淵睦夫、などがそれ。

 ウクライナが早く降伏してくれないと、ウクライナ戦勝後に世界中でKGBロスケ狩りが始まるから、日本では札付き旧ロスケKGBの岩下明裕/佐藤優/袴田茂樹/田久保忠衛/佐瀬昌盛/鈴木宗男/鈴木貴子らは戦々恐々で真っ青。橋下徹や小泉悠らは、どうやらこれら“旧KGBロスケ”のピンチ・ヒッターで登板している。“旧KGBロスケ”ながら厚顔無恥を曝して派手に新聞テレビでご活躍なのは、両親も本人も党籍を持つどんな刑法犯罪もOKの学問業績ゼロ以下の“凶悪共産党員”中村逸郎だけか。備考2に、その他を、ほんの一部だが言及。

(備考1)いずれ出版予定の専門書『ロシア満洲侵略とスターリン直轄だった関東軍』(ノモンハン戦争を含む)で一頁ほど触れる予定だが、名を成した満洲引揚者は、反ロ保守を貫いた森繁久弥ひとりを除き、ほぼ全員が極左&スーパー親ロばかり。長尾龍一(東大教授、法哲学、KGB、中核派シンパ、日本共産党嫌い)、藤原正彦(『国家の品格』の著者、KGB)、宝田明(映画俳優、共産党員?)、澤地久枝(党籍のある共産党員)、なかにし礼(アナーキスト、小説『赤い月』)、遠藤誉(中共「対日」工作員、KGB)などは、その一部。

(備考2)橋下徹とは異質な方法でロシアに忠誠を誓っているKGBロスケには、“スーパー対ロ売国奴”安倍晋三や“反米狂”田母神俊雄らがいる。彼らは中共の脅威と防衛力増強を声高に叫んで、ロシア脅威を打ち消して歩く。人格不健全を極める共産党系反戦運動家の“赤いマントヒヒ”テリー伊藤はゴミ人間だから、取り上げる必要はない。

 話を戻す。ロシアKGBを絶対支配者として戴く日本の学界では、一般通念上のロシア専門家(学者)は一名もいない。その証拠に、今、テレビ新聞に出てくる詐称「ロシア専門家」の中で、学術的論文を書けるのは、小泉悠氏ただ一人。ただし小泉悠氏は、ロシア軍に限定した専門家。一般通念上の語彙「ロシア専門家」が含意する最優先絶対条件が、「一にロシア史、二にKGB(付記)、三にロシア伝統思想・共産主義思想」に精通することならば、これら三分野の知見を欠く小泉悠氏は、「ロシア専門家」としては文句なしだが、この厳密な狭義においては「ロシア専門家」には括れない。

プーチン「対ウ」宣戦布告「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性」は、昨7月12日

 端的に言えば、今般のロシアのウ侵略を、2021年11~12月中に予見できなかった者は、「ロシア専門家」ではない。この意味で、日本には中川八洋一人を除き、「ロシア専門家」は一人も居ない。

 プーチンは、2021年7月12日、タイトル「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性」という対ウ宣戦布告文を発した。私(中川八洋)は、これを7月30日に英訳で読んですぐ、ロシアの対ウ開戦が間近い! と確信した。この論文は、まさしく宣戦布告文のスタイル。日本が1941年12月8日未明(日本時間)にワシントンの米国に発した、陸軍省/海軍省と合議した“外務省が作成、東条英機内閣が閣議決定”の宣戦布告文とよく似た、いわば同類の文書だったからだ。

 12月2日頃、私は、「ロシアの対ウ開戦は、北京オリンピックの閉会式の2022年2月20日」と断定した。その後、その旨を在日ウクライナ人に連絡した。プーチンは、2008年グルジア侵略も、2014年クリミヤ半島/ドンバス州侵略も、オリンピック開催の期間中かその直後を選択しており、対ウ侵略開始も、同一の独裁者プーチンである以上、踏襲するはずだと推定したからだ。

 この三ヶ月前の的中など、私にとって日常の茶飯事。私は、今から三十年前、1992年5月に出版した『蘇えるロシア帝国』(執筆1992年3月)で、ロシアはウクライナに必ず侵略し併合すると断定し、この警告は完璧に的中した。

「核兵器についても、米国からの強い圧力もあって、ウクライナは非核の道を選択させられ、その保有戦術核兵器を全て1992年7月までにロシアに移送し、戦略核兵器についても1994年末までに解体することになった。ウクライナの非核化は、果たして西側ひいては世界全体の平和にとって望ましいことだったか。核附きウクライナこそ世界平和という命題を真剣に検討すべきではなかったか」

「ウクライナを英仏並みの核と(黒海艦隊を独占する)海軍力を持つ中級国家にすれば、世界平和を安定化させる対ソ核抑止のシステムを格段に向上できる。旧・西側は、1992年に労せずして創造できた、この核抑止システムを忘れたことをいずれ後悔するだろう」(85~8頁、カッコ内追加)

「ウクライナは主権を露に譲渡し、露の奴隷となり露のために働け」(プーチン宣戦布告文)

 さて、プーチン論文「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性」は、対ウ宣戦布告をどう書いたか。その冒頭は、真赤な嘘歴史「ロシアとウクライナの本質的に同じ歴史及び精神的空間の部分の間に・・・」から始まる。ロシア人とは、ウクライナ人の母胎「キーウ・ルーシ(古代ルス)」の北方、ウラジミールやモスクワなどの森林地帯に植民した者の子孫だから、確かにウクライナ人とは同一種族。

 だが、1480年、モンゴルの苛斂誅求の収奪支配から独立したロシア人は、蒙古帝国の“西の雄”キプチャク汗国を後継してモンゴル人になる道を決心した。一方、同じく1480年、モンゴル帝国から解放されたウクライナ人の祖先は、九~十二世に形成された“原キーウ・ルーシ”に回帰する道を選んだ。現ウクライナ人が、ポーランド人/チェコ人/スロバキア人と酷似した伝統的な東スラブ語族文化を持つのに、ロシア人にはそれが皆無なのは、1480年、南極と北極に向かって走り出したかのような、両民族の過去五百四十年間の両極的な歴史が産んだ必然の情況である。

 すなわち、ロシア人とウクライナ人とは“歴史的一体性”とは真逆の、対極的な“歴史的乖離性”の方が強烈なのだ。要するに、1480年、原キーウ・ルーシの人々は真っ二つに分かれた。そして、北東部は東方モンゴル帝国を継承するロシア人に、南東部は西方のヨーロッパに向かうウクライナ人になった。すなわち、1480年、蒙古人に変貌したロシア人の眼には、ウクライナ人はキーウ・ルーシの同族ではなく、ロシア人が支配し収奪し絶滅させるべき“血縁無き他民族”でしかなかった。

 一方、ウクライナ人は、モンゴルが劫掠の支配をした以前、即ち十三世紀前半までは、ロシア人と同一種族だった過去の事実に拘泥し、もはや実存しない非現実な虚像ロシア人を二十世紀に入っても懐き続けた。その結果が、ロシア人(=十三世紀蒙古人)の過酷な支配を受け続ける酸鼻な坩堝に、自らを投げ込んでしまった。今般の侵略を受けるまで、ウクライナ人が、ロシア人をもってバトウ率いる十三世紀の蒙古人だと把握していたようには見えない。

 例えば、私(中川八洋)は、ロシア人を1274年&1281年の博多湾に押し寄せた元寇の蒙古人に同一視している。だから私にとり、2022年2月24日以降のゼレンスキー大統領は八代執権・北条時宗の再来だと、仰いで尊敬している。が、現在のウクライナ人で、私の同じ視点の者は幾人いるだろう。

 さて、話を、プーチン宣戦布告文に戻す。プーチンが、次のように、平然とウクライナに「主権を捨てろ」「ロシアの属国になれ」と宣戦布告できるのは、かつて、キーウを含むウクライナの東半分をその支配域にしたキプチャク汗国の権利(14~16世紀)をロシアが相続していると、プーチンが信じているからである。

「ウクライナの真の主権(=ロシア転倒語の一つ「主権喪失状態で存続していくこと」)は、ロシアとのパートナーシップ(=ロシアの属国・植民地になること)によってのみ、可能である。しかし、ロシアのパートナーであるべきウクライナは、(ウクライナ国の)国益を擁護して、他(ロシア)の国益に奉仕していない」。

 このようにプーチンは、ウクライナに対し2021年7月12日、「ウクライナはロシアの属国になれ」「ロシアの奴隷になれ」「ロシアのためだけに汗を流して働け」と要求する最後通牒を、ウクライナに突き付けた。この最後通牒は、ヒトラーが、チェコのズデーテン地方を寄越せと英仏に突き付けた、1938年9月末のミュンヘン会議での領土要求と全く同じであった。

 あるいは、その半年前の1938年3月、同一種族だからとオーストリアを合邦したヒトラーのやり方とも全く同じであった。しかし、主権は、民族の同一性を至上として成立することがあってはならない。もしそんな暴論が正しければ、ベルギーは、南半分はフランスに合邦し北半分はオランダに併呑され、消滅されるべきものとなる。ウクライナの主権はウクライナの国家・国民が決定すべき事柄。ロシア語使用者が多く、またロシア正教の信者が多くても、それをもってウクライナがロシアの属国であるべき理屈にはなりえない。

 上記プーチンの対ウ宣戦布告文で、自由社会の人々が特段に留意すべき事柄がある。それは“ウクライナ国家・国民に対する生殺与奪権を、ロシアは有している”を、プーチンが絶対前提に論を進めている事。この絶対前提において、1930年代、スターリンはウクライナ農民五百万人を殺戮した。すなわち、プーチンの対ウクライナ属国化戦争は、スターリンのウクライナ人への無制限殺戮と民族絶滅の二番煎じなのだ。今般のロシアのウ侵略は、この視点に立つ時、その本質が剔抉される。

 今般プーチンが繰り返している、九十年前の1932~33年の「ウクライナ農民五百万人の殺戮」の詳細な学術的分析が、古典になった名著、コンクエスト『悲しみの収穫』(恵雅堂出版)である。大著だから、時間が無い者は、508頁だけでも読むこと。なお、このコンクエスト著作のキー・ワードは多少不正確。「飢饉で餓死した」とあるが、そうではないからだ。

 農家一軒一軒から全ての食糧を供出させた上で、ウクライナ全土の農村にライフル銃武装の膨大な数の兵士を隈なく展開し、飢餓で死に瀕した農民やその家族が畑の農作物をじゃが芋一つ、小麦の穂一本でもとれば、その場で射殺した。つまり、人為的な飢饉を発生させた強制餓死であった。私が「餓死処刑」と表現するのは、学術的な正確さを期すため。これ以外の語彙では舌足らず。

1480年、東スラブ文化に回帰したウクライナ人。蒙古人に自己改造したロシア人

 ウクライナ人とロシア人は同一民族「キーウ・ルーシ」から生まれたのに、両者は対極的な文化を持つに至り、完全に分離した。ウクライナ人はやさしさと大人しい民族文化を基調とした伝統的な東スラブ語族の国家へと発展した。一方、ロシア人は、前者を民族絶滅(=ジェノサイド)したいと妄想する残忍獰猛な民族に成長した。

(1)この原因につき日本で論じた学者は、私を除き一人も居ない。この点からも、ロシア専門家は、日本では私一人しかいないとするのが、学問的であろう。

 ロシア人とは、10~11世紀頃、“草原の民”ウクライナ人の母国「キエフ・ルーシ」から、明治時代の網走番外地のような、「キエフ・ルーシ」北東部の森林地帯へ入植した者たちが源流。元を辿ればウクライナと全く同族だが、ロシア人はモスクワ北東部に在るリャザン/ウラジミールを原故郷とする。

(2)この同一血統or「ウクライナ人が母、ロシア人は僻地に移住したその息子」関係にある同族が、対極的に全く異質な政治文化をもつに至った原因は何か。十三世紀以降のロシア人は、自分たちの血統上の母胎「キエフ・ルーシ」を根底から破壊して排撃する道を意識して選択したからである。母親の血筋を毛嫌いし、全くの赤の他人(モンゴル帝国)の子供だと信じ、それを宗教上のドグマに昇華させたからである。

 即ち、ロシア人は、国内統治機構も対外行動文化も全て蒙古帝国キプチャク汗国のそれにし、ロシア人こそは、チンギス・カンのモンゴル帝国を復活させる宿命を背負った民族だと考えるに至った。実際にも、キプチャク汗国に“婿入り”し、キプチャク汗国の皇帝の地位と名称である「ツァーリ」を引き継いだ。このため、ロシア国もしくはロシア帝国のツアーリ(皇帝)は、最後の皇帝ニコライ二世に至るまで、その戴冠式の正装はモンゴル服であった。戴冠式で蒙古服を着なかった例外は、ドイツ人のエカテリーナ女帝ひとり。最後の皇帝ニコライ二世の戴冠式がネットでも見られるので、その正装をとくと見られたい!

 もう一度、説明する。ロシアとはキプチャク汗国に婿入りしたとの説は、蒙古史家・杉山正明が論じたのが最初。『モンゴル帝国と長いその後』講談社、290頁。例えば、イヴァン四世(雷帝)の母親はモンゴル王族だし、その妻もまたモンゴル王族で、血統の八分の七がモンゴル人、父方の八分の一がロシア人であった。それ故に、モンゴル語の皇帝「ツアーリ」の地位に即くことができた。

 即ち、ツアーリとはキプチャク汗国の“正統の王”だから、その祖先は、系図を遡行していけば「バトゥ←ジョチ←チンギス・カン」と、究極的にはチンギス・カンに行きつく。つまり、ロシア皇帝は、チンギス・カンの正統なる末裔という権威に包まれることになる。

(3)ロシアは、かくして発祥のモスクワ公国(1480年)以来、政治基本制度・軍事制度・対外政策・国民弾圧制度など、ビジブルなものは何から何まで十三世紀蒙古帝国一色になった。が、自民族認識の思想だけはモンゴルとも異質な独特・独自なものを発想し、それを民族思想にした。それが、十六世紀頃に発祥し発展した、「ロシア民族は、神が孕み給うた」との一種の妄想かつ狂気である“ロシア《救世主》思想”。ロシア・メシアニズムともいう。

 なお、ロシア救世主思想は“ロシア人による世界征服のドグマ”が核になっている点で、文字上では同一教義かに見えるユダヤ教「選民思想」とは決定的に相違する。ユダヤ教には、この世界征服思想が影も形もない。ロシア人が捏造した反ユダヤの偽情報本『シオンの議定書』は、“ユダヤ人が世界征服の陰謀を図っている”との荒唐無稽な詐話。ロシア人自身の世界征服思想をユダヤ教徒に投影したもの。(参考書)ノーマン・コーン『シオン賢者の議定書』、ダイナミック・セラーズ。

 とりわけ、ロシア人エリートに共通する狂妄ドグマ「俺たちロシア民族は、神が孕み給うた」「ロシア人は、世界を征服する神からの使命を受けて此の世に生まれてきた」は、具体的に言えば、「世界中の民族・国家がロシアの支配下に入った時、彼らの魂を救い、真正の世界平和を到来させられる」使命をロシア民族は神から命じられていると狂信する、パラノイア的な集団狂気。とすれば、プーチンとは、この“狂”カルト宗教「ロシア救世主思想」の総司教と言える。

 なお、ロシア救世主思想の入門書には、高野雅之『ロシア思想史 メシアニズムの系譜』がある。

(4)プーチンが今般、「NATOがー、NATOがー」と意味不明を絶叫し続けたが、これもロシア人エリートに特有な、このカルト狂気信仰「神が孕み給うたロシア民族」の世俗的表現の一つと捉えてもよい。プーチンの主張「NATOが東方に拡大したのは約束違反」は事実無根の真赤な嘘。

 エリツイン大統領は、1997年5月、「NATO・ロシア基本文書」(協定)を締結し、ポーランドその他のNATO加盟を認め、まさしくNATOの東方拡大を容認した。この基本文書に従い、ロシアは仮にも懸念事態が発生したと思えば、NATOと即座に協議できる常設の「ロシアNATO合同理事会」に訴えることができる。がプーチンは、ゼレンスキーのNATO加盟の動きに対し、この協定に従い、NATOへの抗議ができるのにしなかった。プーチンの真意における対ウクライナ侵略が、ウクライナのNATO加盟の動きとは全く無関係だったからだ。

 つまり、プーチンは、“ウクライナのNATO加盟を認めない”という対ウ「主権侵害」を要求するかの演技で、嘘八百を内外に大宣伝したのである。この嘘八百プロパガンダは、プーチンの底意にある本当の妄念「NATOは解散し、東欧諸国はむろん、西欧のドイツもフランスもロシアの支配下に入るべきだ」を形容するロシア流の表現だったと解される。

 元々ロシアには「ロシアの汎ユーラシア主義」があり、ドーバー海峡まではロシア領であるべきだと考えているから、(NATOの範囲ではなく)NATOそのものの存在自体をロシアは容認できない。プーチンのNATO難癖は、NATOの全面解散の要求なのだ。

 突き詰めれば、ロシアは、世界が三ヶ国「ロシア、中共、米国」になるのが究極の理想だと主張しているのである。いわゆる地球三分割論。これは、ロシア・エリートが必ず描く妄想で、1800年に入った頃から絶対ドグマになった。日本は、このロシアの大妄想(とその対日本人洗脳工作)に頭をレイプされて、スターリンの命令のまま東亜新秩序(中共がリーダーの地球三分の一、かつての「元」帝国が今の中共)を体現すべく大東亜戦争を開戦した。なお、この地球三分割論では、インドとアフリカはロシアの支配地域。このロシア・メシアニズムからの地球三分割論を、地政学の地理学的に洞察したのがマッキンダー地政学で、その著が『デモクラシーの理想と現実』(原書房)

ウクライナはスウェーデン/ビザンツ帝国/リトアニア/ポーランド/コサック文化の重畳

 ウクライナ人は、“モンゴル(タタール)の軛”から解放された1480年を境に、蒙古帝国の文化・制度全てを一掃した。そして、九世紀から十一世紀にかけ形成された原点“キーウ・ルーシの民族文化”を基調とする道を選択した。十三世紀のモンゴル人になったロシア人とは真逆の選択である。

 六世紀頃に東欧で発生したスラブ語族を起源とするキエフ・ルーシが、スウェーデン文化との接触で初めてその文明社会への入口に立ったのは、九世紀であった。日本では言えば平安京の平安時代である。国家としてのウクライナやロシアは、日本国に遅れること一千年で国家をもつ民族へと始動した。日本に当て嵌めれば、九世紀のウクライナは、後漢鏡を入手してその模造品を製造し始めた弥生時代中期頃に当る。

 なお、スウェーデン(ヴァイキング)は、ビザンツのコンスタンチノープルと貿易をするに、「スウェーデン→バルト海→ドニエプル川(キーウ)→黒海の西海岸→コンスタンチノープル」のルートをとっていた。

 このキエフ・ルーシが国家の体裁を徐々に整えていくのが十~十二世紀で、ビザンツ帝国のギリシャ正教を導入したことにその文明化が始まる。キーウに残るソフィア聖堂は、その歴史の証人であろう。ここでは、1230年代に始まる蒙古帝国(キプチャク汗国)の劫掠と苛斂誅求の支配二百五十年間の歴史については、早送りして省略しよう。

 ウクライナ史とロシア史に対する私の最大の関心事は、キプチャク汗国が衰微し支配力を喪失した1480年に、独立した両国が真逆の道を歩み出した歴史の不思議さである。バーク史学では、このような歴史を“神の見えない手”によるとする。アダム・スミスの『諸国民の富』にある“神の見えない手”は、このバーク語の借用。

 ウクライナが、ロシアの後塵を拝する惨めな情況に永きにわたり陥ったのは、ポスト蒙古時代に入ってなお、ウクライナはポーランド/リトアニア/コサックなど多種多様な文化を重畳させるばかりで、キーウ・ルーシの原点を基軸とする「ウクライナ」という自前の国家を建国できなかった/しなかったことに起因する。つまり、1480年から五百四十年間、政治的自立への執念の弱さが、負の慣性力を発生させたのである。とりわけ、次の二つの制度を欠いたことは、自前の国家を持てない主因となった。

 第一。王制を有さなかったこと。王制が牽引する近代化と国力向上は十九世紀までは決定的で、王制なしにそれをなした米国は奇跡の例外でしかない。

 第二。独立のウクライナ正教を有さず、ロシア正教のモスクワ総本山に、キエフ最高司教の叙任権を委ねたこと(1686年)。他国に宗教分野での自民族の民衆支配をさせることは、愛国心を致命的に弱体化させる。この重大問題に、前大統領ポロシェンコがようやく気付き、モスクワ支配からの民族の独立精神を涵養し高めるべく、2018年、ウクライナ正教を独立させた。コンスタンチノープルの総主教庁がウクライナ正教をロシア正教(モスクワ)から独立したと正式に承認したのは2019年。

 が、1686年から三百三十三年もの永きにわたり、ウクライナ民衆へのロシアによる宗教支配はウクライナの対露屈服を習慣化させた。これこそがウクライナの対ロ独立精神を絶え間なく腐食し毀損し続けて、反ウクライナの元凶となった。

 今般のロシア侵略が、ウクライナのギリシャ正教徒が、ロシア正教の教会からウクライナ正教の教会へと大量宗派変更する切っ掛けとなったのは、ウクライナの未来にとって明るい曙光に他ならない。この意味で、今般のロシア侵略は、ウクライナが栄光の歴史へと飛躍するための通過試練なのだ。

 要は、ロシア侵略に対する今般の果敢にして勇猛なウクライナの戦いは、何もかもウクライナの未来にとって明るい材料ばかりを提供している。対ロ戦争で勝利した後のウクライナは、英国/フランスに次ぐヨーロッパの第三の中級国家へと飛躍するだろう。クリミヤ半島を奪還し、軍港セバストポールを再獲得して、ロシア海軍艦艇が一隻もない黒海にすることは、“対ロ包囲の要衝”黒海づくりにおけるウクライナの貢献だから、ウクライナはロシア侵略後の戦後における平和構築の世界新秩序の指導国の一つになるだろう。

 

(補注) 以上に関連する参考書

ロシア史/ロシア対外行動論のベスト・テンを揚げれば、次のが一例。

1、杉山正明『モンゴル帝国と長いその後』、講談社。特に、188~92頁は必読。

2、ハルパリン『ロシアとモンゴル 中世ロシアへのモンゴルの衝撃』、図書新聞。

3、栗生沢猛夫『タタール(=「モンゴル帝国」)の軛』、東京大学出版会。

4、高野雅之『ロシア思想史 メシアニズム(ロシア救世主思想)の系譜』、早大出版部。

5、中川八洋『蘇るロシア帝国』、学習研究社。

6、マルクス『十八世紀の秘密外交史』、三一書房。

7、G.Vernadsky(ベルナツキー)『The Mongols and Russia』。

8、コンクエスト『悲しみの収穫』、恵雅堂出版。

9、スナイダー『ブラッド・ランド 上下』、筑摩書房。*ヒトラーは、アナーキズムを吸飲したレーニンの直系弟子で、スターリンとは兄弟。つまり、ポーランドは1939年9月、“二人のスターリン”に東西から侵略された。

10、『北条時宗』、吉川弘文館。

(補)ここで、25万人邦人婦女子を殺戮した、1945年8月~46年4月のロシア兵の満洲蛮行の歴史研究の良書を紹介したいが、貴重な体験記は多々あるのに、専門書が一冊もない。戦後一貫して共産党の検閲で、大学ではこの研究が絶対禁止され続けた結果である。

マルクス・レーニン(ML)主義は国内体制、対外行動はモンゴル・スターリン(MS)主義

 ソ連邦が崩壊したのは1991年12月25日だった。この日の夕方、鎌と鋤の赤旗がクレムリンの屋根から降ろされ、三色旗に変わった。この光景を見た世界中は、「ソ連の消滅は、世界侵略の消滅だから、世界は平和になる」と錯覚し妄想した。驚くなかれ、米国のブッシュ大統領ですらそう考えた。

 私と曽野明は、翌1992年1月早々、いつもの通り、帝国ホテルで意見を交換し、この180度逆の“ロシア知らずの錯覚・妄想”に目をぱちくり、二人で啞然・憮然。すなわち、世界の99.99%の人々とは逆に、曽野明は、「ソ連=ソヴィエト・ロシアから《ソヴィエト》が無くなったが、ロシアが消えてはいないから、ロシアの対外行動にいささかの変化もない」と言った。

 私は、「マルクス・レーニン主義の《マルクス》の部分が消滅するので、計画経済など、国内の経済体制は劇的に変化し擬似市場経済が生まれるだろう」「しかし、モンゴル・スターリン主義と言うべき《レーニン主義》の部分は、イワン雷帝以来の伝統的なロシア対外行動文化だから、何ら変化しない」「二十年後にソ連は再膨張する。その最初の餌食は、日本つまり北海道になるはずだ」と返答した。

 この「二十年後」は、ロシアの対外膨張五百五十年史をつぶさに洗い出し、退却後に再び再侵略するまでの期間を平均したもので、大変な学術的作業に基づいた数字である。

 要は、共産主義のうち、対外行動の部分は、実はロシア主義であって、それはチンギス・カンの膨張文化とロシア救世主思想をブレンドしたもの。換言すれば、対外行動に関する共産主義とは、ロシア主義のことで、ソ連とは何の関係もない。つまり、ソ連が滅びようと、ロシアが存続する限り、ロシア主義が存続するから、1917年のレーニンの革命以来の、共産主義の対外行動もそのまま存続する。

 これが中川理論。公式化すると、対外行動に関する「レーニン主義=モンゴル・スターリン主義(MS主義)=ロシア主義」となる。この説明を黙って聞いていた曽野明は、「君は親父(吉田茂)を超える」とボソッと呟いた。そして私は、この中川ロシア理論に従った『蘇えるロシア帝国』の原稿を、1992年3月末に脱稿し、出版社・学研に手渡した。

「モスクワ裁判を開廷し、カレリア地峡/リバチー半島をフィンランドに返還せよ」「・・・」

 この中川ロシア理論に従って、私はもう一つ行動した。ソ連邦崩壊をもって、「ロシア脅威は消えた」と燥ぐ米国ブッシュ大統領やコール西ドイツ首相らの世界のスーパー絶対多数に抗して、私を含む米国のロシア専門家十名ほどは、ニュルンベルグ裁判や東京裁判と同じ「モスクワ裁判」(実際の場所はストックホルムが適切で、実際に開廷すれば「ストックホルム裁判」と称される)を開廷し、ロシアが第二次世界大戦で侵略して膨張した領土はカイロ宣言にも反するから、全て返還させよう、の運動である。

 また、満洲やポーランドorドイツ東半分でなした略奪と空前絶後の大規模レイプに対する賠償を、(新ロシアに核兵器一つ一つに値札をつけて西側に提供させる)核兵器をもって贖わせよう、の運動だった。

 が、この「モスクワ裁判」構想は、米国の片隅での一部保守知識人のか細い声以上にはならず泡と消えた。私は愕然とガッカリした。世界の絶対多数99.99%のバカ(ロシア知らず)に対して0.01%の声の虚しさに、私は打ち拉(ひし)がれた。

 なお、上記に述べたロシアが第二次世界大戦で奪った領土の返還とは、主に次の三つを指す。

①フィンランドから1940年に不法割譲させたカレリア地峡や1947年のリバチー半島などを、フィンランドに返還させる。

②日本に南樺太/得撫島以北の千島諸島(クリル諸島)/北方四島を、即時無条件返還させる。

③ドイツにケーニヒスベルグを返還する。

 また、第二次世界大戦における略奪と戦争犯罪(大規模レイプ&大量殺戮)に対する損害賠償とは、満洲とシベリアであらん限りの非道とジェノサイドの被害を受けた日本のケースでは、最小限、北樺太の割譲とその海底天然ガス田を日本側に譲渡して支払うことなどを指す。

 ポーランドは、人口3000万人のうち150万人をドイツに、カチンの森など450万人をソ連に殺戮された。ドイツは領土割譲などでその賠償を支払ったが、ロシアは未だ一ドルも支払っていない。ロシアがWWⅡの被害国ポーランドに対し何をもって賠償支払いをさせるか、急ぎ研究を開始しよう。

ロシアは戦争敗北に当り“プーチンを自殺させ、それで講和とする”。が、騙されるな!

 ロシアとは、チンギス・カンの“未完の全世界帝国”づくりを、神の子宮から生まれた“神の申し子”ロシア民族こそが完遂するのだという、カルト宗教的使命感に燃える気狂い民族である。プーチンが仮に自殺して、今般のウクライナ戦争がウクライナの大勝利で終了しても、それで“目出度し、目出度し”して、終わらせてはならない。

 1991年末、ソ連が崩壊して新ロシアが誕生し、この新ロシアは、旧ソ連が締結した全ての条約・協定・商契約を引き継ぐことになった。この時、東欧を解放したから、第二次世界大戦における、その他の領土侵略/略奪/戦争犯罪に対する賠償請求は不問にしようとの声が米国とドイツから起き、それが世界の大勢となった。私を含めた米国やフランスの僅かな数のロシア専門家は、「そんなことをすれば、世界平和は危うい。平和は、二十年間の束の間で閉じる」と騒いだが、蟷螂の斧だった。

 今般、ロシアのウ侵略を、プーチンの自殺だけで良しとする講和など、断固として排除しなくてはならない。ロシア民族そのものを絶滅しない限り、第二/第三のプーチン(=スターリン)が直ぐに現われる。ロシアの侵略領土全ての返還と核兵器ゼロ化と天然ガス・石油の油田差し押さえは、最小限の平和維持装置である。「モスクワ裁判」は、たとえ、被告ロシア側の出頭が無くとも、断固開催せねばならない。

 そして、プーチンが自殺しても、ロシアに対し、対ウクライナ賠償「二百兆円、三年以内支払い」を断固として強制せねばならない。ロシアから、ウクライナにとっての脅威となる「戦術核兵器、化学兵器、生物兵器」の武装解除を、ロシア黒海艦隊ゼロ化とともに、実現しなければならない。これからは、ロシア「烏」侵略戦争の戦後構想の真剣な研究を、ウクライナの戦争勝利のための大規模武器援助とともに、鋭意、進めていかねばならない。

(附記1) 火葬車や住民拉致・拷問射殺は、KGB第二総局(FSB)。陸軍ではない。

 日本に「ロシア専門家」は、私を除いて一人もいない。この事実は、「KGBに関する最小限の知識をもつ日本人学者はゼロ名」に端的に証明されている。ロシア軍を隅々まで監視し核兵器全てを所轄しているKGBを知らずしてロシアを語ることはできない。軍監視・核兵器管理はKGB第三総局。

 例えば、プーチンもメドベージェフもKGB第二総局(FSB、国民弾圧の秘密警察)出身だが、日本の新聞テレビは挙って彼ら二名をKGB第一総局(SVR)出身者だと、トンデモ間違いを既に二十年以上報道し続けている。これを糺す「ロシア専門家」が、日本に一名もいないからだ。

 今般も、ブチャでの虐殺の多くがKGB第二総局の仕業なのに、これを「侵攻したロシア陸軍(地上軍)兵士がなした」と、テレビに顔を出す「ロシア専門家」詐称のアホ馬鹿大学教授は、したり顔で真赤なつくり話をする。「陸軍兵士は茶系の迷彩服、KGB第二総局の職員は濃い緑色に黒色を混ぜた服」を着ている。ネットの写真でも両者は峻別できる。また、陸軍兵士が一般人を路上で殺す場合、ライフル銃(カラシニコフ74or47)を用いるが、KGB第二総局職員はピストルを用いて後頭部を撃つ。

 即ち、道路で射殺され放置されているのは陸軍兵士の仕業。膝まずかされて後頭部を撃たれたり、拷問を受けて殺されたり、墓穴の中に投げ込まれている死体は、全てKGB第二総局職員の仕業。陸軍の兵士は、敵の死体の場合、放置して隠蔽作業を決してしない。

 ブチャの大量惨殺死体を報じた時事通信4月6日付けタイトル「虐殺実行者は残忍な年配部隊。ブチャ住民が証言」の記事は、「年配の兵士たちは良い装備を持ち、ロシア軍の標準的な軍服と異なる、黒と濃い緑色の服を着ていた」と、第二総局殺人(サボタージュ)局の部隊が投入されていたのを明らかにした。

 同様に、「マリウポリから十万人以上のウクライナ人を拉致し、5500マイル離れた極東シベリアに連行した」と報じるindependent co.ukが、記事と一緒に添付した写真の一つに、黒色系の服や帽子を着た二人がウクライナ女性を強制連行する光景があった。侵略ロシア陸軍部隊は、レイプや略奪を日常とするが、拉致連行など万が一にも行わない。

 また、日本の新聞テレビの多くは、マリウポリで十三台の移動式火葬トレーラーが稼働していると報道したが、「この車輛はKGB第二総局殺人局の車輛。ロシア陸軍のものでない」とは報道しなかった。民間人の膨大な死者は戦争犯罪に当たるので、KGB第二総局がその証拠隠滅の作業として死体焼却を行っている。が、私を除きロシア専門家が一人もいない日本では、この初歩的な説明すらできない。

(附記2) これから“国防第一の日本”が、まずなすべきことは何か

 共産主義とは「ロシア主義」のことだから、現在の日本共産党員250万人全員は、ロシアが日本に派遣した「侵略ロシア人」。彼らを一般通念上の日本人とみるのは全くの錯覚・妄想。「日本に不法入国中の、危険な異邦人」と看做してこそ、客観的認識。共産党を英米独のように非合法化し「共産主義者公務員即時免職法」を制定するのは、日本の国防第一にとって不可欠な、最小限の対策。

 序に、「国防軍」を明記する正しい憲法改正、在日朝鮮人&同化拒否アイヌに対する日本国籍の剥奪、在留支那人全員の国外追放、朝鮮人・支那人・アイヌが所有する国土を全て国有化する法律の制定、等も忘れてはならない。むろん、プーチンと27回も抱き合った“史上空前の対ロ売国奴”安倍晋三を刑法外患罪で死刑に処すべきことは、急務。

(2022年4月18日記)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。