筑波大学名誉教授 中 川 八 洋
安倍晋三首相は、国際感覚が“メーカーの海外営業マン”。政治家のもつべき国際感覚も外交能力も皆無で、衰退していく日本国の寂しい現況を淋しく代表する。
現に、ロシアのクリミア侵略は、安倍が、日本国の総理として、世界を主導する好機の到来である。しかし、安倍晋三は、このチャンスをものにできないばかりか、日本の国防を危殆に瀕しさせようとしている。
対ロシア問題は、一九四五年八月の満洲・樺太侵略をはじめ、ロシアの侵略の被害甚大な日本こそが主導するものであって、安倍がオバマ大統領に「対ロ制裁が甘すぎる」と叱咤して、ぐいぐいと米国をして“対ロ制裁のリーダー”だけでなく“対ロ軍事包囲のリーダー”に仕立て上げる、そのようなチャンスではないか。
英国にしろ、フランスにしろ、米国同様、ロシアに侵略されてはいない。英仏は、クリミア戦争でロシアと戦争はしたが、その固有の領土をロシアに収奪されてはいない。
ドイツと言えば、ビスマルクのように外交でロシア包囲に成功した政治家を除けば、ロシアとすぐ懇ろになる民族で信用はできない。ブレスト・リトフスク条約(一九一八年三月)や独ソ不可侵条約(一九三九年八月)を思い起こせば、ドイツの対ロ政策は分裂的で、世界の安定にとっての反面教師。
小村寿太郎と吉田茂──世界に誇れる、対ロ外交の模範的な外交官
対ロ外交の天才といえば、誰しもウィンストン・チャーチルを思い浮かべる。これに匹敵する政治家は、ロナルド・レーガン米国大統領を除けば、確かに他にはいない。しかし、対ロ外交の秀才クラスなら、小村寿太郎や吉田茂など、日本史上にはいくたも散見できる。今こそ、日本人は、小村寿太郎や吉田茂の子孫であることの矜持を取り戻し、対ロ政策を抜本的に正常化する時がきたのである。
ロシアは、強硬な反ロ政策のみにしか妥協しない。とりわけ、強力な軍事力が迫ると、自ら妥協する。たとえば、日本国の北方領土なら、それは外交交渉で奪還するものではない。日本が北海道を軍事的要塞化して、南樺太の奪還をできる軍事態勢(posture)を完成すれば、ロシアは突然、無条件で北方領土を返還してくる。
これを対ロ外交政策における、“無交渉の交渉”という。このことは、一九八九年十一月の「東欧」解放(=東欧諸国の米欧への返還)を見れば、一目瞭然ではないか。それは、外交交渉で返還をロシアに同意させた訳ではない。
ロシアは、一九八九年にはいると勝手に、一九四五年のヤルタ協定の履行といい得る、東欧の返還をみずから演出した。レーガンの核トマホークによる核包囲に恐怖したからである。このように、ロシアは、軍事的恐怖をしたとき、すぐさま自ら占領地を返還する癖がある。ロシアのこの癖は、一四八〇年のロシア建国以来の民族文化で、今日も変わっていない。
新ロシア帝国の新皇帝プーチンが主導しての、今般のクリミア半島へのロシアの侵略は、オバマ米国大統領が対ロ核軍縮交渉をしたり、日本の安倍晋三が極東シベリアの開発に協力したり、ロシアに甘く出たために当然起こるべくして起きた侵略であった。ロシア民族にとっては、“ロシアに対する友好の外交態度は、「ロシアの属国になります、ロシアの言いなりになります」と同義”だから、オバマと安倍は、これを受諾するとのメッセージを送ったことになる。すなわち、クリミア半島の強奪・侵略は、オバマと安倍に責任の半分はある。
オバマよ、核戦力を三倍にせよ、黒海に第六艦隊の全艦を出撃させよ
オバマ大統領は、米国大統領の中では、“バカ”の代名詞になったカーター大統領に優るとも劣らぬ、反・軍事の非・米国的な大統領である。カーターが反・原発含みの核不拡散策の無原則適用と「人権」の無原則輸出で、世界に無秩序化の傾向を生み出し、それがソ連の(「ザ・ネクスト」として北海道侵略含みの)アフガニスタン侵略(一九七九年十二月二十七日)となったのは記憶をしている人はまだ多々いるはずだ。
このアフガニスタン侵略で、米国には新しい珍語が現れ、ニューヨーク・タイムズほか新聞などを大きく賑わした。「Caterization」という言葉で、直訳すれば「カーター化」である。一九八〇~二年頃に用いられた当時の意味は「暗愚の大統領になること」であった。アフガン侵攻の直前、一九七八~八〇年二月の二年間、私はウィーンでカーター大統領の核不拡散に対しただ一ヶ国孤立して全面激突する日本政府首席代表だった。
オバマは、まさしく「Caterized カーター化した」大統領で、この期に及んで、G8からの追放とか、ロシア政府高官の資産凍結とか、高官へのビザ発給の停止とか、蚊が刺した程度のおざなりの制裁でお茶を濁している。ロシアは、米国からの金融制裁までは折込済みだから、オバマのおざなり制裁は、“プーチンの犬”となった安倍晋三に多少の冷や水をかける効果があったぐらいで、ロシアには無効である。
ロシアは、軍事力のみにしか、反応しない。特に、核戦力には過剰に恐怖する民族。だが、外交下手のオバマは、こんなことも知らない。代わりにオバマは、健康保険の国民皆保険制度とか同性愛の結婚合法化とか、内政の左傾化ばかりの推進に関心をもつ、まさしく「第二のカーター」。それ以外ではない。
オバマがなすべきは、二つ。まずは直ちに対ロ核軍縮交渉の全面破棄宣言を発出し、核戦力の三倍強化の計画を米国民に訴えることだ。次に、海軍力の増強を米国民に訴えるとともに、第六艦隊と一空母打撃群(空母機動部隊)を黒海で遊弋させて、ウクライナを守るという断固たる意志をロシアに見せるべきである。
砲艦外交を、過去のものとなった古典的なやり方として排斥すべきではない。海軍とは、クラウゼヴィッツの言う「外交の延長上にあって、外交の手段でもある」本質は永遠に変わってはいない。
なお、イタリアに母港のある米国の第六艦隊とは、旗艦が約二万トンの揚陸指揮艦「マウント・ホイットニー」。この揚陸指揮艦には、固定翼の艦載機が搭載できない。直ちに、ノーフォーク(バージニア州)に配属されている五空母打撃群のうち一つを廻して、第六艦隊に加え、大型原子力空母を黒海のクリミア沖に常駐・遊弋させる必要がある。
それにしても、レーガン大統領が「六百隻体制」(実数五百八十隻)に強化した米海軍は、今や「二百八十隻」。とりわけオバマ大統領の海軍縮小の反軍思想は、新ロシア帝国を台頭させた最凶の主因となった。最低でも「米海軍四百隻体制」への再強化は喫緊の課題。画餅のようになった第二艦隊を実戦部隊へと復活することを急がねばならない。米国は、「原子力空母十五隻体制」を再建すべきだ。
安倍晋三は、直ちに米国に行き、「“ストロング・アメリカ”の再生は、世界の平和だ!」「海軍力こそは、ストロング・アメリカの要石だ」と、声を大にして演説し、日米共同の空母機動部隊の創設など日米携えた米海軍の再強化を加速させるべきだろう。このような日本の具体的行動こそ、集団的自衛権の真なる核心である。
北方領土で安倍晋三・森喜朗の対ロ叩頭が、ロシアのクリミア侵略決断を鼓舞──北方領土侵略とクリミア・黒海侵略は、ロシアにとって同じサイクル
日本人の国際音痴の病気は加速的に年々悪化している。それは日本人が、国内政治や経済問題に特化した、はなはだしい鎖国状態の視野狭窄を年々ひどくしているから発生している。要は、日本民族は、今や過剰な「福祉国家」政策と民族系論客の“反米お祭りごっこ”で、とうとう低級な六流民族に転落した。
とりわけ、ロシアについて全くの無知蒙昧な日本人ばかりとなった現況は、日本の国家存続が危ぶまれる事態。日本の政治家で日本の行く末を案じている者はゼロになってしまったが、これとピタリ符号する。
ロシアは、樺太・国後・択捉・得撫島への侵略とクリミア半島・黒海への侵略を不可分のサイクル化で行ってきたが、こんな初歩的な歴史すら、日本人で知る者はいない。日本のロシア専門家の九九%がロシア工作員である現況と、一般日本人のロシア音痴とは密接に関係しているが、この重大問題はいずれの機会に論じるとする。
さて、歴史のイロハだが、次の通り。
1、「プチャーチンの日本来航(一八五三年八月二十一日、長崎)→樺太の主権の半分をロシアに譲渡/得撫島のロシア領化を容認(下田条約締結、一八五五年二月)」は、ロシアの対トルコ侵攻(一八五三年秋)と同時。これが英仏とロシアとのクリミア戦争(一九五四年四月~六年三月)へ発展。
クリミア戦争で英仏に対してロシアが劣勢になったために、一八五四年夏には得撫島のロシア兵は一兵残らず逃散。下田で条約交渉をした川路が得撫島放棄をする理由はなく、川路聖謨の極度な対ロ宥和(appeasement)のひどさがわかる。ミュンヘンでヒットラーのズデーテン割譲を認めた英国チェンバレン首相と川路(江戸幕府の勘定奉行)は同類で、「侵略者の奴隷外交官」である。
2、「日本の対ロ樺太放棄の樺太・千島交換条約交渉(一八七四年三月~翌七五年五月締結)」で、樺太の平和的侵略・強奪に成功したが故に、ロシアは次なる目標としてトルコに宣戦した。一八七七年四月であった。この戦争に大勝したロシアは、ベッサラビア地方と黒海の東南海岸部を獲得した。
尚、近年、「樺太・千島交換条約」を「ぺテルブルク条約」と称する学者がいるが、それはすべてロシア工作員である。この名称変更の悪意は、①七万六千平方㎞の樺太を日本から奪取し、その代わりに五千平方㎞の(得撫島以北の)不毛の島々を名目的に与えたロシアの対日帝国主義が露骨にわかるのを防ぐためが第一の理由、②樺太・千島交換という条約名だと、「千島」が日ロ間では国後と択捉を含まないことを明瞭にする。だから、この事実を日本人にわからせないようにするのが第二の理由。日本人は、決して「ペテルブルク条約」と称してはならない。
3、メドベージェフは首相として二〇一二年七月三日、択捉島に上陸した。また、それ以前の二〇一〇年十一月一日、大統領として国後島に上陸した。これは北方領土を日本には返還しないというメッセージであると同時に、二〇一四年二月末に実際に開始したクリミア半島への侵略を、ロシア軍とロシア国民にほのめかすその準備行動でもあった。
上記の三つの歴史は、トルコ領をロシアに強奪させた一半の責任は日本にあることを示す。日本が自らの固有の領土である樺太と得撫島を放棄したことが、黒海周辺のトルコ領におけるロシアの侵略と“黒海のロシア内海化”を助長したのである。北方領土で日本は一歩も譲ってはならない。日本は、ロシアの黒海艦隊が潰滅・消滅するまで、ウクライナとは運命共同体であることを片時も忘れてはならない。
「脱・原発」ではなく、「脱・ロシア天然ガス」へ舵を切れ!──樺太などロシアからの天然ガス輸入に、国家叛逆の外患罪を適用せよ
二〇一一年三月の「福島第一原発」の軽微な事故に始まる、日本における「脱原発」という非科学の集団ヒステリーは今も終息しない。それを背後で操っているのが、共産党だけでなく、外国であるロシアや中共だという事実につき真剣に考える愛国者は日本には一人もいないようだ。
この不必要な「脱原発」で、日本の天然ガスや石油輸入に占めるロシアからのシェアは激増し、今や日本の総輸入量の「一割」を占めるまでになった。ロシアは、エネルギーを外交支配・無血侵略の道具としか考えておらず、この「一割」はすでに危険水域を越えている。
日本は原発すべてを稼動させ、ロシアからの石油と天然ガスの輸入量をゼロとする国家安全保障を優先する“国防第一の正常な国家”への第一歩を踏み出す必要がある。
この意味で、ロシアへの天然ガス依存を強めて、ロシアの対日侵略を助長している事実において、「脱・原発」を叫ぶ新聞やテレビあるいは個人に対して、死刑を含む刑法第八二条の外患罪を適用できるよう法律を制定する必要がある。
また、クリミア半島侵略は、当然、北海道への侵略が間近いことを示す。「間近い」という意味は二つ。第一は、「日本人の明日は、ロシア人の二十年後」であり、仮に北海道への侵略が「二十年後」であっても、時間感覚が長いロシア人にとっては「明日、そうする」と決意しているのと同じである。第二に、「二十年後」などあっという間に到来する。一九八九~九一年に冷戦が終焉したとはしゃいだ軽佻浮薄な日本人よ、今般のロシアのクリミア侵略・強奪を想定していたか。
私は、現在の事態を二十年前の一九九一年十二月末に確固として想定し、翌九二年、二〇一二年に出版する予定のものを二十年間前倒しで出版した。『蘇るロシア帝国』(学研)である。
当時、日本人の多くは、「新ロシアは平和的な国家に変貌した」と、私のこの本をありえないことの想定だと嘲笑し無視した。が、二十年後のロシアの現実は、寸分違わず、『蘇るロシア帝国』の通りである。
ロシアの対外行動は、過去五百年間変わらない。だから、数学の方程式を解く正確さで予測が可能。私と同じ予測ができなかった者は、頭が悪くIQが水準にいかない上に、ロシア史について余りに無知すぎるからである。自らの無知を恥じて欲しい。
日本が早急に自国になすべきことは、北海道の要塞化である。「防衛計画の大綱」を全面見直しして、戦車千五百両ほどを石狩岳の山中に地下一五〇㍍以上の深さで備蓄するとともに、この戦者部隊の兵員十万人を収容する地下一五〇㍍の地下壕を建設するのを急がねばならない。兵員十万人の根拠は、「一ヶ師団1万1千人、戦車250両」で六ヶ師団からなる一ヶ戦車軍団の編成をすると、軍団本部要員、師団本部要員、偵察部隊要員、歩兵戦闘車部隊要員などを合わせたもの。
全くの予算の垂れ流しである無駄な公共事業や福島原発事故関連復興予算を削れば、この程度の予算はすぐ調達できる。国家が存立して初めて公共事業も福島復興もできるのである。本末を転倒してはならない。
(二〇一四年三月二十五日記)