“真赤な共産党員”大川真(中央大学教授)は、皇位継承「専門書」ゼロ/知見ゼロの、六流学者未満で過激デマゴーグ──朝日新聞は「嘘つき大川真は埋もれていた専門家」だと誇大宣伝。これ、天皇制廃止を狙う共産党の革命プロパガンダの典型

Pocket

筑波大学名誉教授  中 川 八 洋

『朝日新聞』7月16日付は、嘘吐き大学教授で“皇位継承学のズブの素人”大川真というトンデモ共産党員の突拍子もない奇論狂言を、見出し「皇位男系継承2600年の伝統に異論」で、大々的に報道していた。日本を暗黒の共産体制国家に改造したい大川真には、学者が持つべき最小限のIQ&知力が全くない上に、良心もなければ、その人格に倫理性もない。当然、大川真は、口から出任せの暴言・妄言以外、真当なことを話すこともできないし書くこともできない。

 twitterヘッダーで大川真は、「日本思想史、政治思想史、皇位継承の思想史的研究」の研究者だと大見えを切った詐称をしている。しかし、この三分野に分類できる論文や著作は、一点もない。彼の出版物は、あえて言えば歴史学のジャンルとは言える。しかし、それらは、「日本思想史、政治思想史、皇位継承の思想史的研究」には決して括れない。学者以前のペテン師・大川真は、思想史と歴史学との区別がつかない。そもそも大川真は、政治思想の知識が全くゼロ。当然、政治思想史を一㍉も語れない。中央大学は、詐言師・大川真を直ちに分限解雇してこそ大学の義務履行。

 上記twitterヘッダーの自己紹介で大川はまた、「反戦、反核、反ヘイト、反貧困、リベラリズム(共産主義思想)を基調とする」とも宣言。これ、共産党の革命運動。が、頭の中にはトマトケチャップが詰まって、脳細胞が一グラムもない大川真にとり、共産革命運動が“思想史”らしい。大川真は、パスカル風の箴言「馬鹿と気狂いは死んでも治らない」を実証する“歩く標本”のようだ。

朝日新聞の読者を誑かすべく、真赤な嘘歴史の狂論奇説を吐き捲る大川真

 大川真は、上記朝日新聞のインタヴューに答えて、「男系男子の皇位継承は、絶対的な原則ではない。皇位が限られた範囲の一族で継承されてきた結果(にすぎない)」と、超デタラメを嘯く。が、「皇位継承は男系男子が原則絶対」「例外は、次代の男系男子天皇のための“中継ぎ”男系女子天皇に限る」は、皇室が二千年間、126代の天皇が繋いで守り抜いてきた絶対慣習で法conventions。

 このルールに違背するケースが二千年間も皆無という事実は、偶然では決して起こりえない。が、脳内トマトケチャップというより、赤く錆びた金属が脳内に詰まった“歴史喪失者”大川真には、祖先崇拝の強度な信仰から産まれた、皇室の絶対意思「祖先の慣習に一㍉も違反してはいけない」が理解できない。

 第45代の聖武天皇以降、皇后には皇族外が増え、しかもこの外戚に政治権力や軍事力があるのに、皇后の外戚に皇位が決して移動しなかった(=「万世一系」)のは、政治権力者も、皇室の男系男子という慣習を尊重したからである。すなわち、皇位の男系男子は、皇室だけでなく、藤原道長も徳川将軍も、皇室に負けじと守り続けたのである。

 もう一つ、小学四年生より劣悪な大川真の白痴的な狂気を紹介しておこう。それが次。

「明治時代に西洋生物学が流入し、近代生物学の用語『男系』『女系』が使われるようになった。この語彙『男系』『女系』は江戸時代までの日本には無かった。ということは、『男系男子』は、欧州から流入した西洋思想と家父長的な武家の『家』制度の複合で生まれたことになる。即ち、『男系男子』は、明治時代に創られた皇位継承法である」。

 重度の「アホウとバカと気狂い」が混血しても、大川真ほどのウルトラ迷言を産むことは不可能。朝日新聞との八百長インタヴューを通じて大川真は、「どんなアホウ/バカ/気狂いでも、自分のように中央大学教授に直ぐなれる」と自慢しているとも解釈できそうだ。

 上記の大川引用文について。神武天皇以降の116代の男系男子天皇10代の男系女子天皇によって126代の今上陛下がご存在される。この125回あった皇位継承に、生物学用語「男系」「女系」など必要ではあるまい。弥生時代中期からの祖先から続く慣習を遵守すれば済む話だからだ。が、共産党員・大川真は、「近代生物学用語が皇位継承を定める。祖先の慣習の踏襲なんか全く無関係だ」と、逆立ち転倒を法螺吹いて恍惚。大川真の頭では、無知と狂気が、無限に爆発中。

日本の古典&古代法制史の大学者・井上毅は、仏法学とバイエルン憲法学に通暁

 さて井上毅。特別にIQが高い井上毅は、「古事記、日本書紀、続日本紀」&「律令(古代法制史)」を渉猟し、皇位継承の一般規則「男系男子」明文化に成功した。また、コーク卿の「法の支配」に通じる「旧慣の尊重」を旨とする井上毅は、皇室典範から西洋思想を完全に排斥した。さらに井上毅は、血統主義の皇位継承に、武家の「家」制度が混入する宮家間養子事件が二つ起きたことに激しく怒り、それを元に戻させ、現在の皇室典範第九条「養子の禁止」を定めた。

 つまり、大川真は、何か何まで全て逆立ち嘘を吐く凶悪エセ教授。井上毅がフランス法学とバイエルン憲法学に通じていたことすら、大川真は無知蒙昧。井上毅は西洋の学問と西洋王制史に熟知していたから、皇室典範から西洋思想を完全に排除した。

 井上毅を継ぐ、戦後日本における唯一人の皇位継承学者である私も、同じ。幕末に始まる西洋政治思想の流入から今に至る日本の近現代は百五十年が経つが、この百五十年の日本で、私は西洋哲学の書物を最大数渉猟した記録保持者である。一方、これと対極が大川真。大川の西洋思想知識は超貧困で塵レベル。私の知識量の五万分の一もない。どうやら五百万分の一くらいか。

 また、私は(東大国文科教授では及ばぬ)『古事記』の専門家。日本書紀に始まる六国史は全て目を通している。だから、日本固有の皇位継承法に関する、私が既に出版した十冊の著書すべてから、西洋思想は関係しないと確信し、それを完全シャットアウト。

 一方、大川真には、西洋政治思想に関る単行本や論文が一点もない。また、井上毅の政治思想を窺うなら必読すべき『井上毅伝』全十二巻すら、小学三年生レベルの大川真は(読めないから)読んでいない。かくも“思想史”がチンプンカンプンで、何の事かさっぱり解らないウルトラ馬鹿だから、大川真は逆に「思想史」「思想史」と騒ぎ立てる。大川真にとって、三文字「思想史」は、お笑い芸人が繰り返す“キャッチフレーズ”。大川真の発言は、次のように狂いに狂っている。その上、意味不明。

(今般の皇室典範改正案の議論で)思想史の知見が生かされず、皇位継承の在り方が時代に応じて変化してきたことが余り知られていない」。

 初代・神武天皇から126代・今上陛下に至る皇位継承法は、弥生時代の水稲耕作から得た知識で、「男系男子」が原則で、中継ぎの場合に限り「男系女子」と定まっている。大嘗祭の儀式は「ににぎのみこと」の創唱のようだから、皇位継承法の一般規則化も「ににぎのみこと」の考案ではないか。

 当然、皇位継承法の一般規則が、時代に応じて変化したことは全くなく、二千年間、不変であった。が、“赤いお馬鹿”大川真の脳重量はゼロgだから、この「変化しなかった」歴史事実を転倒し、「変化してきた」に改竄。

 なお、「ににぎのみこと」は実在し、福岡県糸島市のJR筑肥線「波多江」駅から北へ二、三分の位置に館があった。『古事記』はその位置を「笠沙」だと明記しているからだ。

 また、天孫降臨コースは、『古事記』記述に従えば、糸島市の「有田平原→波多江」。天孫降臨する「ににぎのみこと」一行は、右手に「くじふる山」(419㍍)を見ているが、この山名は今も二千年前のままで変わっていない。拙著『神武天皇実在論』、13~23頁。

 また、飛びぬけたドアホウ大川真の「思想史の知見ゼロ」は極端で、誰でも真似できるものではない。ところが、「思想史の知見ゼロ男」大川は、「思想史の知見が生かされず」と法螺を吹く。大川真は、持ち金ゼロ円の者に「株投資して大金持ちになりなさい」と儲け話を持ち掛ける詐欺師より悪質。

大川真には思想史の論文・単行本ゼロ。皇位継承の単行本もゼロ。明白なエセ学者

 大川真は、学問業績が僅かしかなく、殆んどないレベル。単行本はたった一冊。他は雑文(エセー)の粗雑な論文が数本。皇位継承学関係の単行本は一冊もない。大川真は、当該分野の専門家ではない。abcは大学一年生の夏休みレポートの水準。これでは本にはならない。

出版物が証明する「大川真は六流以下のドアホウ学者」

学問ジャンル

『荒井白石:五尺の小身、すべてこれ胆』、ミネルヴァ書房、2025年。

歴史学(思想史でない)

「日本における西洋諸国の女性君主理解──江戸知識人のロマノフ王朝女帝観を中心に」『天皇と皇室の近現代史』、慶応大学出版会。

歴史学(思想史でない)

「江戸時代の歴史思想における元明・元正天皇論」

歴史学(思想史でない)

「新井白石の南北朝論」

歴史学(思想史でない)

「漢籍の読まれ方──石門心学の分析を通じて」

歴史学(思想史でない)

(皇位継承学だと強弁する論文が次。が、粗悪すぎ、単行本になっていない)

────

a「明治皇室典範成立における国学・蘭学の思想的役割の解明」

歴史学(思想史でない)

b「旧皇室典範の制定過程における西洋法と律令が及ぼした影響」

歴史学(思想史でない)

c「旧皇室典範成立前後における女性・女系天皇論の思想史的研究」

歴史学(思想史でない)

 大川真は学者ではなく、共産革命運動家。これは、メディアのインタヴューを学問業績だと詐称する、詐欺師を超える騙しテクニックに明らか。例えば、CNNのネット配信記事「Japan is running out of royals.So why won’t it let women become emperor?」(2026年7月14日)で、大川真は数行のコメントをしただけなのに、この配信記事を自分の学問業績だとリストする。

 これ、通常の学者なら決してしない学的犯罪。このリストupは、「このCNN記事すべてを大川真が書いた」との虚偽記載になるからだ。どうも大川真は、大学人が万が一にもしない学的な大犯罪が平気の平左。このCNN記事のうち大川真の実際の発言は、CNN記事全体の百分の一以下で、次の二文のみ。

「大川真氏は、《皇室典範に女性天皇禁止の規定はあるものの、憲法第二条は女性皇族の即位を禁じておらず、女性を天皇から排除することが日本の伝統と看做されるわけではない》と述べた」「大川真氏はまた、《女性を天皇になる能力を有さない人物としてあらかじめ排除する考え方は、明かに女性蔑視と理解されるべきだ》と述べた」。

『日本書紀』の讖緯説「2600年」が、1930年代の皇国史観の根幹だって(大爆笑) 

 共産党員・大川真の妄論狂説は底なし。朝日新聞での次の大川コメントも抱腹絶倒する他ない。

「皇位が2600年に亘り続いてきたとの考え方は、先の大東亜戦争で国民を戦争に駆り立てた 皇国史観の根幹である」。

「神武天皇の即位は西暦紀元前660年だから、よって今、皇紀では2686年」との考えは、『日本書紀』の神武天皇即位年の記述から産まれている。私は、神武天皇即位は、「紀元10年頃」だと推定(拙著『神武天皇実在論』34頁)。那珂通世はその著『日本上古年代考』で、「西暦紀元元年頃」と推定。私と那珂通世の推定は、その方法論が別々すぎるのに、実に酷似する。

 なお、私の推定「紀元10年頃」は、『播磨風土記』記述の第五代・孝昭天皇が107年に「160人の奴隷を後漢に献上した」との後漢書の記述、発掘された糸島市の前漢鏡の考古学的な考察、福岡県糸島市にお生まれの“神武天皇の東征”、巨大な国産前漢鏡が不可欠な神武即位が、日本書紀では前漢の建国(紀元前202年)以前となっている奇天烈さ等々、緻密な整合作業の結果。

 那珂通世は、神武天皇の即位が推定される歴史よりも六百年も遡り過ぎているのは、「讖緯思想」が原因だと発見した。「書紀は、推古天皇9年の西暦601年から1260年遡った紀元前660年を神武即位年とした」(『上世年紀考』)との推定が、それ。那珂通世は、本当に偉大な古代史学者だ。

 一方、大川真の記述は破茶目茶。2026年の今を皇紀2686年とするのは、720年刊の『日本書紀』に基づき、大東亜戦争とは全く関係がない。それなのに大川真は、大東亜戦争「1937年7月~1945年8月」は、それより千二百年前の、720年刊『日本書紀』が駆り立てたと言う。『日本書紀』には、千二百年後の日本国の軍事行動を決める霊験あらたかな魔力があると、大川真は言いたいらしい。

 このようにひたすら狂った大川真の妄想は、彼の「皇国史観」観でも顕著。平泉澄や紀平正美など「皇国史観」の狂信者たちは皆、スターリンを崇拝するGRUロスケの共産主義者。平泉澄は、昭和天皇を銃殺し天皇制廃止を実現せんとした1945年8月14日の宮城クーデタ首謀者の一人。

 すなわち、「皇国史観」は大東亜戦争に日本国民を駆り立てる麻薬的な共産革命イデオロギーだったが、その目的は日本国を丸ごとスターリンに献上すること。同様に、1940年の「皇紀2600年騒ぎ」も、大東亜戦争に日本国民を駆り立てる麻薬的な共産革命イデオロギーに基づいており、その目的は日本国を丸ごとスターリンに献上し、天皇制度を跡形もなく廃絶することであった。

 つまり、天皇制廃止が心底の信条である大川真こそ、「皇国史観」「皇紀2600年のお祭り騒ぎ」の正統な後継者である。しかし、「歴史を知らない/政治思想さっぱり」の“無知蒙昧の権化”大川真は、「現在の共産党こそが、皇国史観や皇紀2600年のお祭り騒ぎの継承者」である事実を自覚できない。大川真は、箴言「馬鹿は死んでも治らない」を忠実に実践する“スーパーお馬鹿”の模範。

歴史事実「万世一系」「男系男子」「神武天皇」は、共産党が紙上処刑する革命標的

 共産党員・大川真は、過激な天皇制廃止論者。しかし、皇位継承問題で嘘の垂れ流しが党本部から命じられている手前、天皇制廃止の直接アピールは日頃、差し控えている。皇位継承論は、「天皇制度の存続を願う」を前提とするモチーフ。仮にも、天皇制廃止を前面に出せば、皇位継承問題を語る資格を失う。

 が、大川真は、「俺は天皇制廃止ですよ」と正体を露わにしないと誤解されるとばかり、定期的にそれを公言する。例えば、「xmind差別反対」氏が、「…天皇制廃止というべき。天皇制はそもそも差別の体系です」とtwitするや、早速、大川真は、「現在の象徴天皇制を今後存続させていくべきかということも本来は議論の論点の一つ」と、天皇制廃止をアピール(7月16日twit)

 さて、大川真は、米国「独立宣言記念日」の7月4日、共産党流の「万世一系」つぶしの、嘘八百デマゴギーをtwit。しかも、大川流デタラメ「万世一系」の解説以前を、「専門研究者として誠意をもって書いたつもりです」と自画自賛する始末。大川真は専門分野ももたないお粗末エセ教授。それが「専門研究者」とは、苦笑するほかない。

 先ず、以下、語彙「万世一系」の造語者とその拡散ルートについて、概略を説明しておこう。大川は、その“7・4エセー”「万世一系について」で、言葉「万世一系」は、岩倉具視が造語したとする。これ、半分は間違いとは言えないが全体としては不正確。なぜなら、語彙「万世一系」は、京都在住の著名な儒学者&歴史家・巌垣松苗(1774~1850)が出版したベストセラー『国史略』(1826年)が濫觴。

 漢文だから、読み下しをしておく。「神武天皇初めて中国(=我が国)に都し(=統治機構を創られ)、天下を一統(=統一)したまう。歴世天皇、(他姓が混交しない血統が唯一つの)正統(しょうとう)一系萬世に亘り、而不革(あらたまらず)」。

 巌垣松苗は、京都御所内で皇族や公家の子弟の教育に当たるよう、「従五位下」「大舎人助」「音博士」に任ぜられた。御所内の巌垣教室に幼少期の岩倉具視(1825~83年)が通ったのは間違いなかろう。岩倉が五歳で門下生になったとすれば1830年。その歴史教科書は、当然、『国史略』。

 これが新語「万世一系」が拡散した第一ルート。「巌垣松苗『国史略』→岩倉具視『王政復古議』(1867年)→維新政府の外交文書(明治4年の『同盟各国への国書』など)」。もうひとつが井上毅ルート。

 武士の子弟は、三歳から手習いをする。そして利発な子は五歳で『論語』を丸暗記する。1970年代に私は東大教授の長尾龍一(法哲学)に「論語の丸暗記は何歳でしたか」と聞いたら、「五歳」と答えた。上杉鷹山は十一歳で四書五経の丸暗記を終了した。井上毅(1844~95)も、七~八歳の頃に、『国史略』を丸暗記していただろう。

『国史略』の特徴は、書家でもあった巌垣の自著だから、見事に美しい楷書。幕末から明治初頭にかけて、武士の親は習字の手本として『国史略』を、こぞって子供に買い与えた。即ち、語彙「万世一系」は、「巌垣松苗『国史略』→井上毅→明治憲法第一条《大日本帝国は万世一系の天皇、これを統治す》」で、日本人全てが知る語彙となった。

(備考)ネットでも巌垣松苗の掛け軸などが骨董として売られている。『国史略』は明治時代に印刷されたものが、「日本の古本屋」などから購入できる。全五巻なのに5500円とかなり安い。

山火事のごとくに燃え続ける、「万世一系」に関する大川真の大嘘“垂れ流し”の目的

 が、口から出任せが得意な“天下一のエセ教授”大川真は、巌垣松苗の「万世一系」を、次のごとく大嘘で改竄する。嘘A「万世一系とは、神話的起源をもつ皇祖神(天照大神)(神武天皇以降の)人皇としての天皇の系譜を接続し・・・」、と。だが、『国史略』が記述している通り、「万世一系」は、神武天皇以降の天皇を指す。それ以前の日向三代や天照大神は含まない。 

 赤いペテン師の中大教授・大川真が、『国史略』を読まないのは、どうも、この創り話=嘘を宣伝したい他意からかも知れない。次、大川真の「万世一系」に関するもう一つの嘘B「君主と臣下が共に義を尽くしてきたからこそ易姓革命が起こらず、(万世一系に)皇統が継続した」も解剖しておくか。

 この「君主だ、臣下だ、義だ」は、江戸時代の武士である藩主と藩士の関係を、武家ではない天皇に転化するキワモノ嘘歴史。二千年間の日本国の歴史で、皇位継承への本格的な臣下の介入・簒奪は、“史上空前の凶悪共産主義者”安倍晋三が志位和夫とグルで起草した、2017年6月成立の退位特例法が初。それより以前、日本国は、皇位継承は天皇の大権だとして、それは皇室の家法に遵うべきだとした。この考えは、神武天皇から平安時代初期までは完全に守られてきた。

 皇位継承の“天皇の大権”を揺るがしたのが、平安時代における藤原氏の専横、あるいは承久ノ変における北条武家政権の介入。が、いずれも旧に復し、「皇位継承は、皇室の家法に遵う」は、鳥瞰すれば、基本的には平安時代中期以降でも尊重されていた。

 しかし、ロベスピエールとジャコバン党の1791年のフランス革命憲法を丸写しした、“残虐な共産主義者”安倍晋三が立法した2017・6退位特例法こそは、「皇位継承権は人民にあって、天皇・皇族にはない」「過去二千年間の、皇位継承に関する慣習重視の慣行=“皇室の家法”主義は、今後は一般規則とは認めない」を定めた、天下一の悪法だった。天皇制廃止を目指していないなら、2017・6退位特例法は万が一にも制定されていない。

 ということは、大川真は、「万世一系」を論じる振りをして、“天皇の大権”たる皇位継承への「臣下の介入」や「人民の簒奪」を正当化する煽動を行っているのである。この「臣下の介入」「人民の簒奪」正当化の煽動では非・歴史という嘘歴史のデッチアゲが欠かせないが、それをカムフラージュするために、端的な歴史事実「万世一系」を振り回しているのだ。大川真は、天性の詐言師なのだ。

歴史事実「万世一系」を事実・科学“排除”の「イデオロギー」とする大川真の狙いは?

 大川真の嘘は留まるところを知らず、延々と湧き出してくる。嘘C「万世一系という観念が、日本の歴史において、宗教、文化、政治、国民意識に深く作用してきたという意味で、思想史的に重要なイデオロギーであった」は、その極め付きか。

 まず、この一文にはトンデモ虚偽語「観念」がある。「万世一系」は、日本の皇室が二千年間、「一王朝であった」という、単なる歴史事実の表現。それ以上のものではない。隣国の支那でも、宋の時代、日本の天皇制度を「一姓伝継」と、《易姓がない》と認識している。要するに、「万世一系」は事実の単純な表現に過ぎない。

 この歴史事実については、生物学的事実と言い換えてもよい。歴史事実や生物学的事実は、「観念」とは決して言わない。次元を異にするからだ。つまり、大川真は、嘘ラベル「観念」を「万世一系」に貼り付け、「万世一系は、歴史事実でない」との虚構を編み出している。

 だが、事実に対しては、変革や抹殺が難しい。そこで、「万世一系」を事実表現ではなく、「観念」だと嘘ラベルを貼って、「万世一系」を日本人の脳裏から消し去らんとしている。大川真が「万世一系」を、「観念」と同類の言葉「イデオロギー」とするのも、この革命目的からの言葉殺しlogocide。

「イデオロギーだから、言葉『万世一系』を一掃的に否定できる」「万世一系という言葉を一掃的に消滅させれば、万世一系の天皇制度も消えるはず」は、実は、言葉殺しから制度殺しするレーニンの共産革命の手法。大川真は、レーニンの共産革命手法を「万世一系」で実践しているのだ。

 1826年に巌垣松苗によって造語されたと言ってよい「万世一系」は、1826年以前の日本に何ら作用しないことなど、大川真は百も承知。彼の迷言「日本の歴史において、万世一系は、宗教、文化、政治、国民意識に深く作用してきた」は、歴史事実or生物学事実をイデオロギーだと嘯くため、狂暴な共産党員・大川真の、真赤な嘘歴史“捏造作業”。

 大川真の漫才語「思想史」も、これに同じ。歴史事実を歴史学で捉えずに、麻薬を吸飲した時の朦朧たる抽象思考に押し込めて狂った解釈をなさしめる洗脳語が、大川真が繰り返す魔語「思想史」。大川の奇天烈極める、“思想史でない”「思想史」の乱発は、麻薬を吸引させ正常を剥奪する共産革命家の常套的な革命方法なのだ。

「万世一系」(結果)と「男系男子」(手段)を同一とする大川の詭弁は、同時放逐が狙い

 大川のエセーには、現実には誰も主張していない幽霊言説を攻撃する、奇天烈な記述がある。それが、幽霊攻撃D「万世一系とは、男系男子継承ではない」と、幽霊攻撃E「万世一系を考える際には《古代から変わらない血統原理》として理解してはならない」。

 DやEは、正常な日本人は皆そう考えるから、誰一人、そんなことを言わない。「あの人、女性だから、男性だと考えてはいけない」など、誰も口に出さないだろう。とすれば、大川真の狙いは、誰も結びつけていない「万世一系」と「男系男子」を紐で結んで、「万世一系」を溺死させるべく海に投げ込んだ時、「男系男子」も一緒に無理心中させる魂胆から、このDEを記述したようだ。

「万世一系」は結果で「男系男子」は手段だから両者は異なる、などと論理的に、気狂いの共産党員には思考できない。大川の本心は「D・・・継承と同義である」「E…理解しよう」だろう。が、それを、大川は、共産党員の病気である、転倒させて表現したようだ。

「万世一系」「男系男子」と一蓮托生で、共産党が抹殺したいのが「神武天皇」

 大川真は、F「神武天皇の実在性が確認できないからといって、神武天皇が歴史的意味を持たないわけではない」G「天皇家の尊貴性は、天皇が天照大神の神孫(?、「神孫の曽孫」が正しい)であり、その神話的皇祖から神武天皇を経て、人皇の系譜が始まるという構造によって支えられてきた」と述べる。どうやら、大川真は、《皇室の尊貴性をぶっ壊すには、神話の天照大神と歴代天皇との結節点になっている神武天皇を徹頭徹尾に爆殺しておかねばならない》と言いたいようだ。

 だが、これは大川真が主張せずとも、ニコライ二世皇帝一家銃殺(1918年)に歓喜したコミュニスト津田左右吉によって、「神武天皇不在論/欠史九代論」が大正時代に早々と展開され、戦後、これに共産党系の古代史家と考古学者が一斉に「大賛成!」のキャンペーンを張り、とうとう「神武天皇不在論/欠史九代論」が学界の支配的な見解になった。 

 これに抗して転覆できたのは、戦後すぐ日本の古代史学界のボスだった坂本太郎(東大教授)だけだったが、坂本は争いが大嫌いで、津田叩きも神武天皇実在論の執筆もしなかった。坂本が「やはり、1950年頃、津田を叩いておくべきだった」と言い出したのは、1985年で84歳の時。決断するのに、三十五年かかるとは、グズの典型。

 坂本太郎については拙著『神武天皇実在論』第三部第一章で纏めている。この『神武天皇実在論』は、坂本太郎の後悔を継いで、私が坂本太郎の代理になりきって執筆したもの。なお、古代史学者の系譜としては、私は坂本太郎の筋にはなく、那珂通世を師匠と仰いでいる。

大川真が教授の中央大学文学部と、彼が卒業した東北大学文学部は廃校処分‼

 ここらで擱筆すべきであろうから、何か一つ結論を述べなくてはなるまい。この結論、考えるとどうも一つしかない。学問が全くできない、ただひたすら天皇制廃止の詭弁や洗脳語づくりに徹しているエセ学者・大川真を教授職から追放することが急務だろう。それだけでなく、彼を教師に雇用する中央大学文學部を一気に廃校にすることも重要で、これらの措置を直ちに講じるべきだ。序に、大川真を育てた犯罪養成所の東北大学文学部も廃校にした方が良い。

(附記)本稿では敬称を省いています。関係される諸氏には、なにとぞご海容のほどお願い申し上げます。 

                                          (2026年7月19日記)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です