筑波大学名誉教授 中 川 八 洋
オルダス・ハクスリー『すばらしい新世界 brave new world』(注1、邦訳1974年、原書1932年)は、ジョージ・オーウェル『1984年』(注2、邦訳1972年、原書1947年)とともに、1970年代、保守系の中高生や大学生の間で、爆発的に読まれた。全体主義体制に対するこれほど痛快・痛烈な非難を文学作品の形で成功した古典的名著が、(1926年に始まる、1930年代の出版物が赤一色だった戦前・戦中では無理だとしても)敗戦の1945年8月から三十年間も翻訳されなかった事実は、何を物語るのか。
スターリンの命令に嬉々として従った“アジア共産化戦争”大東亜戦争八年間の洗脳によって、戦後日本では、知識層も出版界も共産主義思想(“畸形の共産主義”皇国史観を含む)や全体主義思想の枠内でしか思考できない状態が生まれ、この状況は出版界を心理的に圧迫し続けた。少し解放感が漂ったのは、1970年に入った直後だった。また、共産主義や全体主義に汚染されていない正常な出版社がほんの一部であれ〇〇党の検閲・弾圧からやっと掻い潜れるようになったのも1970年に入ってからだった。とはいえ、戦後日本の出版界に訪れた、この束の間の自由は、1983年が最後だったようだ。1984年からの再締め付け的な検閲体制を強化した〇〇党の独裁的支配が広く深く浸透して、中堅の数社を除き、その後の日本における出版の自由はあっという間に消え去った。
『すばらしい新世界』は、進歩した文明的全体主義体制とその独裁者「総統」の下で「幸福」が国家から強制的に与えられる状態を、未開の非文明国からこの全体主義国家に紛れ込んだ自由人が、人間の自由/幸福/人間性/思考の独立性/真理/宗教などの視点から追及する物語。「善と悪の関係性」に言及する箇所はドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を彷彿とさせるし、ユートピア社会をこの世に求める事が“自由ゼロ/人間性ゼロの暗黒のディストピア”に至ると喝破した天才ベルジャーエフと同一の信条がこの著のモチーフとなっている。
もっと率直にいえば、『1984年』が“スターリンの暗黒の体制”をオーウェル流に描いたのに似て、ハクスリー『すばらしい新世界』は、マルクスの『共産党宣言』を標的に、それが描く未来のユートピア“共産社会”を、諷刺のマントを着せてはいるが、ばっさりと外科手術的な解剖を試みたもの。だから、登場人物の一人に「バーナード・マルクス」の名をつけている。
蛇足だが、日本では1970年代前半、バーク『フランス革命の省察』もハイエク『自由の条件』『法と立法と自由』もまだ翻訳されていなかった。ために、『1984年』『すばらしい新世界』は、ハイエク『隷従への道』(1954年、東京創元社)や『ベルジャーエフ著作集』(全八巻、1960~1年、白水社)とともに、保守系人士の座右の書となった。だが、『1984年』『すばらしい新世界』の邦訳出版は十五年遅すぎた。『ベルジャーエフ著作集』出版とほぼ同時ならば、保守勢力に相当な影響力(=社共と猖獗する共産主義思想に対する攻撃力)を大いに発揮しただろうからである。
““戦争狂”池上彰と“貧困促進屋”池上彰は同一体 ──日本の経済破綻と超貧困化を狙う“池上彰の犯罪”の先に来るもの” の続きを読む