筑波大学名誉教授 中 川 八 洋
日本には、エリート愛国者が一人もいない。日露戦争の勝利の直後、1906年頃を境に忽然と消え、今に至っている。エリート愛国者は、保守主義イデオロギーに立脚するだけではない。日常の行動で、貫かれるべき二つの習慣が具備されていなければならない。
エリート愛国者が備えるべき第一習慣は、新聞テレビに対して超然と睥睨する“新聞テレビからの自己隔絶”。第二は、大衆に対する健全な蔑視・嫌悪感情。これなくしては、エリートの脳と人格が“大衆の暗愚病/ユスリ・タカリ病”に犯され、国政に不可欠なエリート性が腐食的に消滅する。
歴史の事例。まず第二から。「大衆感覚・大衆行動は、国家存立の基盤たる“道徳ある自由”を溶解し、大衆迎合や大衆操作政治が常態化して、国家は無法と無道徳に侵食され亡びに到る」と、Demos(民衆)を危険視する偉大な保守主義者に、米国の初代大統領ジョージ・ワシントンや米国“建国の父”アレグザンダー・ハミルトンがいる。米国憲法が、大衆の政治参加(デモクラシー)を強く制限しているのは、国家の政治への大衆感覚・感情の侵蝕的浸入と汚染を最小限に抑制するためである。オルテガの『大衆の叛逆』は、この延長上の啓蒙書。
実際に、1930年代のナチ・ドイツ&“赤色陸軍支配の日本”とは、この大衆感覚・大衆感情・大衆行動が暴発する中で、ドイツの「大衆」(mass)は“人間絶滅狂”ヒトラーに夢遊病者のごとく陶酔し、日本の「大衆」は“戦争狂の大道歌舞伎役者”松岡洋右/近衛文麿に酔い痴れ踊り狂った。いずれの「バカ騒ぎ大衆」の代償は、自分たちの戦場死/戦災死と自国の滅亡だった。天才・ハミルトンの慧眼と洞察力は千里眼。
“「立太子礼の秋へ延期」が、悠仁親王「ご即位」妨害排撃の最短路──武漢ウィルス過剰報道に洗脳され、世襲義務忘却の日本人” の続きを読む