筑波大学名誉教授 中 川 八 洋
私は、日本を憎悪する偽装保守の研究者で、偽装保守の代表として、福田和也(ドゥルーズ系アナーキスト)、西尾幹二(ニーチェ・ヒトラー系“廃墟”アナーキスト)、安倍晋三(スターリン・河上肇直系の“正統”共産主義者)、櫻井よし子(日共秘密党員)、八木秀次(日共秘密党員)、日本会議、産経新聞などを、これまで研究の対象に選んだ。(備考)本項の附記にこれら偽装保守を分析した私の著作の一部を紹介。
偽装保守は、凶悪な反日・極左が本性。なのに、上記五名を見ればわかるように、偽装保守は、《自分はさも保守である》かの“愛国”演技に長け、特に一般読者や有権者を誑かす騙し言葉の駆使において天性の才を発揮する。
このように、多くの偽装保守を永年、分析してきた、この道の専門家である私でも、高市早苗のような偽装しない二重思想の人物は初めてで、こんなタイプも存在するのかと、少し驚いている。国防や外交では高市は愛国心が前面で踊る本物の保守。一方、経済・財政になると、高市はスターリン系計画経済が丸出しの強度の共産主義者(=極左)に変貌する。高市早苗は、世界的ベストセラー小説『ジキルとハイド』のモデルであるかのように、国防や外交ではジキル(保守、正常)、内政の経済・財政ではハイド(極左、狂気)。
本稿では、内政の一つである、高市の皇位継承を含む天皇制度“観”を、外科手術的に解剖する。結論を先に述べれば、高市の心底に潜む本心とは、共産党の志位和夫以上に激したスターリン32年テーゼの天皇制廃止論者。そして高市は今、全く不必要な“皇室典範を木っ端微塵に爆殺し《皇位継承を無法化する皇室典範“大改悪”》を決行する直前。高市の脳の半ば近くを占めるウルトラ極左思想が今まさに大爆発しようとしている。
(附記)拙著『福田和也と魔の思想』『天皇テロル西尾幹二はスターリン狂』『女性皇族「囚人」“狂”櫻井よし子論』『旧皇族の復籍か、天皇制“廃絶”か──菅義偉・八木秀次・櫻井よし子を国外追放しよう』などを読めば、偽装保守を暴く学術的な解剖方法を知ることができよう。
女性天皇/女系天皇を目指して皇室典範を“ぶっ壊す”を宣言した“赤い朝敵”高市早苗(2月27日)
2月27日の衆院予算委員会は、新年度予算を審議する初日。ために、この審議の冒頭では、自民党政調会長との八百長の質疑で、総理がこの予算の触りを緊張無しに国民に訴えるのが慣例。予算審議の開始ゴングで一種の儀式。
当然、事前に周到に打ち合わせたこの八百長質疑では、予算が通過した後に始まる予算関連法律やそれ以外の法案については、言及しないのが常識。なのに、小林鷹之・政調会長は、唐突かつ異例にも、皇室典範の改正を持ち出し、「男系は維持しますよね」と高市に尋ねた。しかも、これ、「男系男子を維持しますよね」ではない。男系は男系男子ではなく、男系の女性天皇はOK。
これに対し、高市は、大声で早口に次のABを続けて答弁。私は、TV中継を見ながら、「BはAの全面否定。つまりAとBは180度も矛盾する」と驚き、高市の脳内をメスで切開せねばと痛感した。
A;「『菅義偉2021・12レポート』に従い、私は男系男子を尊重する」。
B;「過去に女性天皇は存在したのであり、女性天皇を否定することは不敬に当たる(=女性天皇が誕生できるように典範から男系男子の第一条を削除します)」。
要するに、高市は、小林と事前打ち合わせ通り、「悠仁親王殿下を排して、愛子内親王殿下を次期天皇にしたい」「愛子内親王には《天皇にはなりたくない》との自由は、断じて認めない」と、国会で宣言した。高市はまた、「私は天皇より偉いから、次期天皇は私が決定する。今上天皇よ、私の決定に従いなさいよ」「私が決める通りにならない今の皇室典範なんか、滅茶苦茶に改竄してボロボロにしてやる」と、国会で宣言した。“狂気一色のウルトラ極左”ハイド早苗が、ついにその本性を露わにしたのである。2月27日は、“ハイド早苗のデヴュー日”となった。
しかも、高市は、時には相当に狡猾な側面を露わにする。発言Aの方は煙と消える仕掛けにしていたからだ。なぜなら、高市は、『2021・12菅義偉レポート』に男系男子という文字は一つもないことを十全に知っているのに、知らない振りをした。高市は、次の機会で、「私の真意は、《『2021・12菅義偉レポート』に従う》の部分」「そこに男系男子がないのであれば、私も男系男子にこだわりません」と、言い訳し、発言Aを煙と消す算段。
高市が、小林に「総理は、男系の維持ですよね」と言わせ、「男系男子の維持ですよね」とは質問させなかった理由は、これ。高市は、「典範を男系女子に大改悪します」を、言外で国民に周知させることを目的に、衆院予算委でコバホークと八百長質疑をしたのである。
「女性天皇の否定を決めた明治天皇は不敬だ!」と絶叫した高市早苗とは、“共産党系の気狂い”
ところで、国会審議を活用した高市‐小林コンビの、“八百長”政治宣伝「愛子内親王殿下を次期天皇にし、悠仁天皇を排斥する」ために高市がでっち上げた恫喝屁理屈「女性天皇を否定することは不敬に当たる」は、共産党の志位和夫もびっくりの“暴力団的な暴言”。
「不敬」は女性天皇を創る高市早苗の方ではないか。「不敬の権化」高市早苗は“人喰いヒグマ”百匹に相当する女性皇族“殺し”が信条。高市は、ニコライ二世殺しの血塗られたレーニンや、ハイレ・セラシエ皇帝殺しの“エチオピアのポル=ポト”メンギスツと同類かも知れない。皇室の不文律「女性天皇の禁止」は、女性皇族が御不幸の人生を歩まれることを忍びないとの、女性の人間性尊重主義から定められた。
が、歴史に無知・無学な成り上がりゲス高市早苗は、女性天皇は男性天皇との皇位争いで勝った勝者であり、この勝者・女性皇族の対男性皇族“勝利”を讃えず、皇位から引き摺り降ろす制度が「女性皇族の皇位禁止の規定だ」と息巻く。ハイド早苗という“赤い狂人”高市の脳内では、「愛子内親王=高市早苗、悠仁親王=石破茂」なのだ。即ち、トラウマとなっている二回目の自民党総裁選をもって、女性天皇の地位を皇位継承をめぐる男性皇族と女性皇族の競争に準える気狂いが、精神病院を脱走中の高市早苗なのだ。
皇室が皇位継承法として“女性皇族を天皇にしてはならない”を不文律としたのは、称徳天皇が崩御された770年である。このことは、誰でも知っていよう。しかし、その理由となると根本的な謬説が通説となっている。称徳天皇が道鏡事件を起こされたが、このような事件が二度と起きないようにすべきとして女性皇族の天皇位が禁止された、と。が、正しい歴史は、そうではない。正しい歴史は、廟議で次の事を定めたからだ。
「称徳天皇の御不幸な人生は、聖武天皇が皇太子に任じた734年(16歳)に始まった。女性天皇は(女系の子孫がこのように生まれないように)ご懐妊の禁止は絶対だから、皇子・皇女を御産みになることが許されない。このような天皇位に寡婦でもない女性皇族を即かせたのは、反女性/反人間の極みで人倫の道に反する」、と。
要するに、称徳天皇は、749年に聖武天皇より譲位され孝謙天皇になられたが(31歳)、この譲位の予定において、16歳の時、生涯処女であることを天皇より命じられた。そして、いったん皇位に即いた以上、ご成婚もご懐妊も許されない。聖武天皇は、伊勢神宮の斎宮に模して、仏に仕える“仏教の斎宮”として自分の皇女「阿倍 あべ」を選ばれたのだ。が、聖武天皇は、女性天皇は中継ぎという皇位継承ルールは遵守し、ポスト孝謙天皇の皇太子に道祖王を遺詔した。
女性天皇は中継ぎなので、出産と子育てが終えられ寡婦になられた女性皇族がなられるのが慣例。孝謙天皇以前の六代五名はそうである。
皇極天皇は、舒明天皇の皇后で、天智天皇/間人皇女/天武天皇をお産みになられた。持統天皇は天武天皇の皇后で草壁皇子をお産みになられた。推古天皇は、敏達天皇の皇后で、32歳の時に寡婦になられ、日本最初の女性天皇に登極された。38歳であった。
女性天皇の中、誰一人も男性皇族と皇位を争ったものはいない。が、高市は、「飲みィのやりィのやり捲り」というアバズレ女で成り上がり者。女性皇族を憎悪し、あらん限りの嘘歴史をデッチアゲる。
称徳天皇の陵は150年前に消滅した前方後円墳。これは、奈良“廟堂”が心から謝罪した証拠
称徳天皇の崩御(770年)に際し、その道鏡事件を責める臣下は一人もいなかった。むしろ逆で、廟堂は一致して称徳天皇に詫びた。まず、結婚・出産のできない皇太子・天皇の位に即かせた聖武天皇に「それはなりませぬ」と諫言しなかったこと、及び淳仁天皇の廃帝後の重祚(764年)を止めなかったことは臣下の罪でした、と詫びたのである。
この臣下の罪の御赦免を乞うべき、称徳天皇の大喪は盛大で、聖武天皇のそれを大きく凌駕する規模になった。また、一女性皇族としてもう一度この世にお生まれ遊ばされて、今度はご結婚され、お子様に恵まれ、幸せな生涯でありますようにと、その陵を当時では考えられない規模の前方後円墳にした。
聖徳太子の仏教政策によって、天皇・皇族の陵は仏教式の小さなものとなり、前方後円憤は620年頃をもって完全に消えた。すなわち、称徳天皇の高野陵は、150年ぶりの前方後円墳なので、それを築造する技術者はおらず、あのような盛土があちこちで崩れたまま堀に水を入れている。248年、第十代崇神天皇が土師氏に命じて築造した纏向の箸墓(256年頃に完成)は、一千八百年が経つ今も盛土の崩れが全くないが、高野陵はこれとは余りに対照的。盛り土は、六十cmの厚み毎に、粘土質の土と砂地の土とを交互に重ねないと大雨の時に土崩れが起きると、私は推定している。
では、なぜ称徳天皇の陵のみ、仏教式ではなく、縄文思想の前方後円墳にしたのか。日本の古代史学界の大学教授はIQがことのほか低い赤い劣等生ばかり。前方後円墳という陵の「後円は妊婦のお腹で、前方は産道」だが、この程度のイロハ知識すら持たない。崇神天皇が、自分が大変お世話になった大伯母「百襲姫」(第七代孝霊天皇の皇女)の陵をこの形にした理由は、「伯母様、もう一度この世にお生れ下さい」との願いを込めたからだ。前方後円墳の築造は土師氏だが、その形状の発案は崇神天皇であろう。
縄文人は“いまはの際”で、「草葉の陰からお母さんは見ているからね」などと言い残したように、死んだ祖先は自分の近くでひっそりと生きていると考えた。大晦日に煤祓いをするのは、死んだ祖先が正月に返ってくるので綺麗にしておこうの縄文人の思想だし、正月のおせち料理はこの死んだ祖先と共食する縄文人の儀式から発展してきた。
さて、高野陵を参詣する時、私の頭に過ることの一つは、前方後円墳が廃れて百五十年が経つのに、奈良朝廷の高位高官たちは、前方後円墳の意味をまだ知っていたのかという感嘆。次に、彼らの、称徳天皇に心底から詫びる謝罪の心が極度に真剣だったこと。造営できる技術者がゼロであるのに、何としてでも造るのだという意気込みは、称徳天皇に「不忠に過ぎました」の慚愧の念が並みでなかったことを伝えてくれる。
これらからわかることは、道鏡事件が発生したから、このような事件を二度と起きないように、「女性皇族の天皇就位を禁止する」皇位継承法を定めたのではないこと。あくまでも「女性皇族を不幸のどん底に突き落とすような女性天皇制度は、反・人間的すぎ、女性皇族の自由と幸福への侵害だ」と断じて、女性天皇を禁止した。
だが、高市早苗は、15歳から31歳まで、「飲みィのやりィのやり捲り」という《ボディ(肉欲)&セックス》に明け暮れたアバズレ女。称徳天皇(女性天皇)の悲しみと苦しみなどわかるはずもない。私は、大和西大寺駅から徒歩で十分ほどの高野陵に2005年から五年毎に参詣している。「愛子内親王殿下が不幸の地獄に呻吟される女性天皇にならないで済みますよう、是非とも神通を発揮して頂きたい。お願いします」と、称徳天皇に愛子内親王のご加護を祈ってきた。
次代の男系男子天皇のため、自己犠牲を莞爾とした明正天皇(109代)と後桜町天皇(117代)
西暦紀元元年前後に即位された神武天皇以来、今上陛下で126代の、日本国の皇統は、二千年間以上、連綿と続いている。それは、自然にそうなったのではなく、天皇・皇族が一丸となって、皇統を守り続けるに、あらん限りの知恵と自己犠牲を重ねた結果である。
江戸時代に、禁止されていたはずの女性天皇が、お二方おられる。明正天皇は、父帝・後水尾天皇が、徳川幕府との確執で譲位され、六歳の時に受禅。二十歳になられた1643年、弟宮の紹仁親王(のちの後光明天皇)に譲位されたが、その後は五十四年間、女性天皇は御懐妊してはならないルールを堅く守られ、仙洞御所でひっそりと余生を過ごされた。
22歳で皇位を継いだ後桜町天皇は、儲君の英仁親王(四歳、のちの後桃園天皇)が成長されるまでの十八年間、中継ぎの任を果たした。漢学と歌道に長じるインテリ女性皇族として後桃園天皇や光格天皇の教育にもあたられた。
このお二方の女性天皇のご生涯と事績に思いを致すと、私の頭は自然と垂れる。二千年間続く日本の天皇制度は、このように、皇族の方々の貴い自己犠牲があって可能になったのである。その高貴な労苦と計り知れない知恵の積み重ねは、我ら下々の一般国民では想像することはできない。
女性皇族の人間的自由を守るため明治天皇と井上毅は女性天皇を禁止。それを差別と罵る高市
しかし、人喰いヒグマのような野獣が本性なのか、スターリン的なテロリストなのか、高市早苗にかかると、女性天皇問題は、意味不明な「過去に女性天皇は存在したのであり、女性天皇を否定することは不敬に当たる!」との、雄叫び一つ。これは、短絡思考のハイド早苗が「女性天皇が誕生できるように、典範から男系男子の第一条を削除します」を宣言する高市流“表現”だが、そこには「女性天皇の制度を創る私の皇室典範“大改悪”を非難するのは、私への不敬に当たる!」との、「私は天皇より偉いのよ」という傲慢と狂気も漂っている。高市には謙虚や敬虔という特性が一欠けらもない。
明治皇室典範の第一条「男系男子」は、第122代の明治天皇に至る、第49代の光仁天皇以降の、全ての天皇と皇族の総意を明文化したもの。現・皇室典範の第一条「男系男子」も、この踏襲。戦後直ぐの皇室典範を全面破壊する臨時法制調査会で、男系男子を替えようとする動きがあったが、男系男子の変更は認めないとのGHQが介入し、男系男子は死守された。
しかし、ハイド早苗は凶悪なスターリン崇拝者で、志位和夫の共産党の一味。だから、明治天皇&井上毅が、光仁天皇以降の天皇・皇族の総意をまとめた皇室典範が気に入らない。そこで、狡猾な高市は、女性天皇を否定した明治皇室典範も現・皇室典範も「不敬罪だ!」という素っ頓狂な雄叫びを挙げた。高市も共産党も朝日新聞も、称徳天皇のような女性天皇を想定しているとするなら、愛子内親王殿下の生涯は、灼熱の責め苦にのた打ち回る地獄に生きることになる。
称徳天皇は、孝謙天皇の最後の頃より重祚されるまでの間、その行動には正常は全くなく、精神医学的な何らかの病気を発症されておられたようだ。このように天皇職とはとてつもないストレスのかかる苛烈な職業。これを知っている悪魔・高市早苗は、愛子内親王殿下が業火の地獄の日々で正常を喪失し廃人に追いこまれるだろうと予測したうえで、女性天皇の位に即けようとしている。
女性天皇論者は皆、人間のお面を被った人喰いヒグマと同じ野獣に近く、少なくとも人間ではない。このことは、共産党の管轄下にあるプレジデント・オンラインで女性天皇“待望”論をぶっている共産党員や得体の知れない極左評論家の言説を読めば、一瞬で氷解する。とすれば、女性天皇を秘かに進める櫻井よし子や八木秀次はむろんの事、高市早苗も菅義偉のクローンである小林鷹之も、人間性をひとかけらも有さない獰猛な野獣とみなしてよかろう。女性天皇論者を人喰いヒグマと同種だとすれば、殺処分に付しても法的正義の顕現かも知れない。
小林鷹之は共産党の党籍を持つ“恐ろしい偽装保守”。彼の女房は共産党員弁護士の木田秋津
日本には真正保守は一人もいなくなった。真正保守なら、共産党員・共産主義者を直ぐ見抜く。高市早苗だけは「六割が保守で、四割がスターリン系共産主義者」だから、一般大衆が保守だと誤解することには、多少の考慮をしてあげる必要があるが、偽装保守を保守だと錯覚する者は脳内が劣化して幼児化している欠陥人間だから、同情はしてならない。
“偽装保守の極左”安倍晋三/西尾幹二/櫻井よし子/八木秀次などを保守だと勘違いするのは、日本人のウルトラ劣化の証左の一つ。この四名は、ニーチェ系アナーキストの西尾を除けば、他は皆、時たま保守の仮面を被って演技をする日共系のコミュニスト。1968年までの日本人なら、偽装保守に騙されないから、偽装保守がほとんどいなかった。1990年以降、偽装保守がこの年を境に雑草のごとく繁茂するようになった。一億日本人が“おバカ幼児”になって、偽装保守を見破れなくなったからである。
高市が自民党総裁に選出され、新しい自民党執行部が編成された2025年10月、副総裁に返り咲いた麻生太郎は、皇室典範問題の与野党取りまとめを、新・政調会長の小林鷹之に頼んだ。が、その後のコバホークの動きは尋常ではない。政調会長の他の仕事は放りだして、カラクリ「旧皇族の養子」が時限爆弾に仕込まれた“女系天皇づくりの秘策”『2021・12菅義偉レポート』通りに、皇室典範を大改悪することに精を出しているからだ。現に、「皇室典範を“大改悪”します」と、その前宣伝に努める小林鷹之のTV顔出し頻度は、常軌を逸して多すぎる。
小林鷹之が保守なら、いの一番に「旧皇族の復籍」を訴えているし、次に女系天皇づくりの『2021・12菅義偉レポート』の破棄を主張している。が、コバホークは、保守なら決して欠くことのない、「旧皇族の復籍」も「2021・12菅義偉レポートの破棄」も、訴えたことがない。ならば、真っ当な日本人なら、小林鷹之は本当に保守なのか、と疑うはず。
また、小林鷹之の女房が、共産党員弁護士の木田秋津なのは、ネットに相当に流れている。なのに、一般の自民党支持者は、「木田秋津」問題と、小林鷹之の異常な皇室典範改正キャンペーンとが結びつかない。自民党支持者とは、飛びぬけた馬鹿アホの大集団だからだ。
共産党はカルト宗教団体だから、保守の日本人が共産党員の女房と夫婦関係を持つことは不可能。それは、神社の神官がイスラム教徒と結婚生活をするのと同じで、必ず破綻する。一方、小林鷹之と木田秋津は仲が良く、毎朝、朝食を食べながら「新聞アカハタ」を読んでいる。両名とも、同じカルト宗教団体の信者=共産党員だからだ。
無名の小林鷹之が総裁選に突然デヴューしたのが、2024年8月。彼の周りを二十四名の若手自民党議員が囲んでいたが、一人として名の知られた者はおらず、こんなデヴューが起こること自体、実に異様。背後で共産党や創価学会など巨大団体が応援しない限り、あり得ない光景であった。この時、小林鷹之に訝しさを感じなかった日本人は、どうかしている。
共産党の密使として自民党に潜入し、天皇制廃止に執念を燃やす小林鷹之は、女系天皇を創ってそれを体現しようとしている。だから、党籍のある共産党員・菅義偉の後継者として、“女系天皇づくりの秘密兵器”『2021・12菅義偉レポート』に従った、皇室典範全面改悪に向けて、今、暴走機関車のごとくに爆走しているのである。
女系天皇づくりのカラクリ詭弁「旧皇族から養子」を尊重する高市早苗は、共産党の天皇廃止“狂”
高市は、2月27日、次のように、もう一つ重大な答弁をしている。
C:「政府としても私としても、『2021・12菅義偉レポート』を尊重致しております」。
高市は、女系天皇に至らしめるカラクリ「旧皇族からの養子」を標榜する、代々木の日共党本部が書いた『2021・12菅義偉レポート』を奉戴している。即ち、皇統に関する問題では、高市早苗はゴリゴリ共産党員そのもので、志位和夫や田村智子と同じ“過激”天皇制廃止が信条なのだ。
麻生太郎よ、皇室問題から高市早苗と小林鷹之を斬れ!「旧皇族の復籍」の原点に立ち戻れ!
麻生太郎よ、この論考を必ず読んで欲しい。また、私のブログ愛読者は、この論考を麻生太郎事務所にfaxしてほしい。百通ほどが届けば、目を通してくれるだろう。
麻生太郎は、2023年までは、本心から「旧皇族の復籍」を主張していた、ただ一人の自民党国会議員であった。高市早苗も、日本会議の一部を占める「旧皇族の復籍」派の歓心を買うべく、「男系男子」を口にしていたが、これは本心とは逆さまの真っ赤な嘘。高市はほとんど嘘を吐かないが、「男系男子」は大嘘で、高市の本心は「女性天皇→女系天皇→天皇制廃止」の共産党員の優等生。
麻生太郎よ、仮にも、皇統を護持せんとするなら、2023年までの持論であった「旧皇族の復籍」しか方策はなく、「旧皇族の復籍」を断行するほかないことを思い出せ。しかも、「旧皇族の復籍」は難しくなく極めて簡単。次を閣議決定すれば済むからだ。皇室会議の了承を経ることのみ必要かも知れないが、国会とは無関係に手続きは完了する。
「1947年10月の十一宮家の皇籍離脱は、昭和天皇が、宮内次官・加藤進に騙されての錯誤による、意に反するご決定なので認められない。十一宮家の地位は、1947年9月以前に復さなければならない」。
加藤進が単独で宮中ならびに天皇・皇族を「GHQの意向だ!」と騙していく過程の分析は、拙著『旧皇族の復籍か、天皇制“廃絶”か』第Ⅱ部第六章を精読されたい。もっと詳しくは、拙著『徳仁〈新天皇〉陛下は、最後の天皇』第二章第二節を読まれたい。このいずれかの論文も読んでいない者は、非国民の極み。皇統の安定的な継承が途絶していくのを指を咥えて傍観する輩とは、すでに日本国民ではない。
(2026年3月13日記)
(附記)本稿では敬称を省きました。関係各位にはご海容のほど、切にお願い申し上げます。